第4話 はじめての?
お嬢様が俺の家に来てから約2時間が経ったと思う。
テレビはずっと逃走中のリアナお嬢様の事を報道している。
そして、これだけ探していても見つからないのは犯罪に巻き込まれたのでは?という憶測を話す者まで出始めていた。
総理大臣はマスコミに囲まれ、国際問題になるのではないか?と言われている。
「私、そろそろ帰るわ。これ以上日本の方々に迷惑を掛けることはできないもの」
じーっと、テレビを見ていたお嬢様が俺に言う。
その眼はすべてを覚悟している目であり、さっきまで見せていた16歳らしい女の子の目では無い。
ミノリア王国の王位継承者第2位のリアナお嬢様の顔つきに変わる。
「そっか。んじゃ最後に店の中から欲しいモノを持ってけ」
「いいわよ。そんなの」
「まぁまぁ。ここを出たら一生、こんな庶民が食べるような駄菓子は食べられないんだ。持ってて損は無いと思うぞ」
「…ありがとう」
お嬢様は立ち上がり、店の中から最初に食べたイライラしてんじゃねぇよ、を取ってくる。
そして、ポケットの中から財布を取り出してお金を払おうとしてくる。
「いいよ、それは俺からのプレゼント。一緒に居て楽しかったから」
「それは私の方よ。今までの人とは違う反応で普通の人として見てくれたもの」
「まぁ見た目は普通じゃ…お、おい…なんだその今にも殴りそうな感じは…、違うぞ?テレビで映っているようなって意味だぞ!」
「……そういうことにしておいてあげるわ」
「いや、実際そういう意味なんだけど。ほら、携帯でさっさと呼びなよ。バッテリー入れてさ」
「そういうのは気付いてるのね」
「そりゃまぁ普通に考えればね」
お茶を啜りながら携帯にバッテリーを入れ、電話を掛けるお嬢様を見る。
少しの時間だったけど、これだけ人と話したのは久しぶりだ。
楽しい時間だった。
「ええ。そうよ、助けてもらったの。……ええ、その件は謝りますわ。ええ、とにかく場所は携帯の発信機で。ええ、それじゃ」
電話の向こうからは何かしらの声が聞こえていたがどんな会話をしていたのかは分からない。
しかし、これであと数十分程度でお別れになるだろう。
「何分ぐらいで?」
「10分」
「あそ。んじゃこっちはこっちで準備しますか…よっと」
祖母が愛用していたテレビを破壊するのは心苦しいが、これもお嬢様のためでもあり、自分のためでもある。
テレビの画面を叩き割り、見れないようにする。
「な、何をしているの!?」
「俺がテレビを見れる状況なら必ずさっきやってた番組を見ている。それなのに知らせなかったって事になると俺の立場が非常に悪くなる。それに君もさっきの電話で俺が匿ってるってことになってるんでしょ?それなら君の事を知っていて何もしないのはおかしい」
「…なるほど。でも、キルシェは貴方が私を知っている事は知ってるわよ」
「この日本に何人金髪がいると思うのさ。それに君のような小さい子はこの店をよく利用する。ちょ!怒らないで!?」
「……まぁいいでしょう」
「それに今の君の服装は俺があのイケメンに見せられた雑誌に載ってた服装とは大違いだし、雰囲気も違う。だとすれば、ただの迷子だと思うのもしょうがないことだと思うけどね」
「…しょうがないことね」
「そっ、しょうがないこと。とりあえずさ、君を迎えにくる護衛さん達が来るまではゆっくりしていきなよ」
内心、バックバクだけどここで表情を見せてしまえば男が廃る!的な気持ちでごろんと寝転ぶ。
お嬢様もそんな俺を見て、小さなため息を吐きながらも俺の横にゴロンと寝転んだ。
「私、こうやって床に寝転んだの初めて」
「まぁ海外じゃ靴履いてるもんな」
「いい感じ。ここの部屋は優しい空気が流れてる」
「そりゃよかった」
「本当にありがとう。貴方に出会って良かったわ、このご恩は絶対に忘れない」
「良いよ、別にそういうリップサービスは」
「リップサービスじゃないわ。本当に感謝してるもの」
「なら良かった。俺も君に出会えてよかったよ、こうやってこんなに人と話すのも久しぶりだしね。楽しかった」
「貴方名前は?」
「三戸京也。三って書いて、戸籍の戸に、京都の京、京也の也はこんな字」
空中に自分の名前を書いていく。
リアナはその空中に書いた俺の名前をなぞるように辿っていく。
「簡単に覚えられそうな名前で良かったわ」
「それはよかった」
「それにしても、床に寝転ぶのって本当に気持ちいい…」
リアナはごろごろと転がると大の字になる。
そして、大きく深呼吸をして気持ちよさそうに今の時間を過ごす。
しかし、時間って言うのは有限だ。
家の中にインターホンの音が響く。
「………」
「………」
「…よし、出ようか」
「ええ。今までありがとう、京也」
「いや、俺も楽しかったよ。リアナ」
「うふふ、やっぱり今日はいい日だわ。貴方と出会えてよかった。」
玄関に向かいながら歩いているとリアナが俺のファーストキスを奪う。
思わず出来事に頭がパニック状態になりだすが、何とか冷静になるように言い聞かす。
「俺、ファーストキスだったんだぞ」
「あら、私もそうよ」
「外人って挨拶でキスするんじゃないのか?」
「本当にしてるわけじゃない。だから私のファーストキスは京也よ」
「そういうのは大きくなってからにしなさい」
「うふふ、慌てて可愛い」
クスクスと横で笑うお嬢様は、おそらく日本で最後に見せるリアナ本来の顔だろう。
そんなことを思うと怒るに怒れず…しかし、少し弄ばれた感があるので頭を優しく叩く。
そして、反抗してこないようにすぐに玄関のドアを開いた。
「………」
目の前には今から数時間前に店に来た大柄の男たちとイケメンの男。そして、大柄の男たちの隙間からは日本では重宝されているメイド服を着た女性がいるのが分かる。
大柄の男たちはサングラスをしているため、表情は分からないが雰囲気で怒っている感じはある。
イケメンの男も笑顔でこちらを見ているが目が笑っていない。
ふむ…完全に俺が匿ったことはバレているみたいだ。
「御苦労さま。このお方は私の命の恩人です。キルシャ、そのような目は止めなさい」
「リアナお嬢様、お言葉ですがこの者は私が質問をした際にお嬢様の事もお話になっています」
「今の服装と貴方が見せた写真とでは違うのでしょう?それなら気付かないのも仕方がないわ」
「しかし」
「日本に何人、私のような金髪がいると思っているの?今は子供にする親御さんもいるのよ」
「っ…」
「三戸京也さま、助けてくださってありがとうございました。このご恩は私、リアナ・ミノリアは決して忘れませんわ。それでは、また」
お嬢様らしく軽く頭を下げ、大柄な男たちに囲まれて歩いていく。
こうしてみると本当にお嬢様だと改めて思い知らされる。
俺の目の前にいるキルシャと呼ばれるイケメンの男は、さっき見せていた笑顔ではなく、明らかに嫌悪するような顔つきで睨みつけてくる。
ふん、庶民のくせに…。とでも言いたげな目だ。
「ミルフィ!お嬢様を救ってくださったこの方にそれなりのお礼を」
イケメンの男は散々睨みつけた後に後ろにいるメイド服を着た女性に命令すると、リアナの後を追っていく。
そして、ミルフィという綺麗なメイドさんが俺の近くに寄ってくる。
「リアナ様を匿っていただきありがとうございました。リアナ様があのように楽しそうな笑顔を見せるのは久しぶりに見ました。 これはそのお礼ですが」
「いいよいいよ。別にそんな大層なことしてないから」
ミルフィと呼ばれるメイドさんは断る俺に対して無理やり手の上に1枚の小切手を置く。
その表情は申し訳ないと言った感じであり、札束を俺の手に置いたイケメンの男とは大違いだ。
俺は彼女の表情に負け、仕方なく小切手の数字を見る。
「いち、じゅう、ひゃく、せん…万…十万…ひゃ、百万…さ、三千万!?!?は、はぁぁぁ???いや、こんな額受け取れねぇよ!」
手の上に乗せられた一枚の紙は三千万円の価値がある紙。
確かにミノリア王国のお嬢様を匿ったとはいえ、これは貰い過ぎである。
俺は慌ててメイドさんに押し返す。
「ほんっとに大丈夫だから要らないから!」
「し、しかし」
「ほんっと要らないし。そんな金もらっても困るだけだって」
「…そう、ですよね……三戸様の言うことは分かります。すみません、このようなご無礼をしてしまい」
「いや、そんな謝らなくても。あなたも嫌々やってるんでしょ?なら、良いよ。どうせあのイケメン野郎がやれって言ったんだろうし」
「……すみません」
メイドさんは深く頭を下げ、俺に謝る。
この人も色々大変なのかもしれないな…。
もし、ここでこれを受け取らなければこの人の責任になるのかもしれない。
「でも、その紙は受け取らせていただきます。そっちの方が良いでしょう?」
「…たびたび、お気使いさせてしまいすみません」
「別に欲しいわけじゃないですからね?一応、確認のために」
「うふふ、分かっています。ありがとうございます」
「いえ。あ、あと伝言頼んでもいいですか?」
「はい」
「あのちびっこのリアナに、さっさと成長しろよ。そして楽しい時間をありがとう。っと伝えてください」
「はい。必ず伝えさせていただきます」
メイドさんは嬉しそうな笑顔と共に頭を下げて、俺の前から立ち去っていく。
あのメイドさんはイケメン野郎と違って、リアナの本来の姿を理解しているのだろう。
俺はリアナの関係する人間が見えなくなるまで見届け、自分の部屋へと入った。
誤字訂正させていただきました。
その際に、多少文章を変更させていただいています。