第11話 上には上がいるらしい
「まだ少し無駄な力が入っているから、こんな風に」
「どわっ!?」
冴子さんとリアナに鬼の特訓をさせられ始めてから1週間。
毎日ほぼずっと道場の中にいる俺は、たぶんどこかの大会に出れば優勝できるんじゃないか?ってぐらいまで実力が付いたような気がする。
自惚れんじゃねぇよ、クソニート。と言いたいところだろう。しかし、これは事実なのだ。
部活で頑張る皆は大会を目指して努力をし続けているのは知っている。しかし、所詮、命を掛けずにやっている練習なのだ。
俺にはそれが分かる。なぜなら、冴子さんの特訓は気を少しでも抜いてしまえば俺の命を狩りとってくるのだから。
実践が何よりの経験値。この言葉は本当にあるのだ。
「これで三戸君は871回死んでいるね」
「…し、死ぬ……ホントに死ぬ…」
「さぁ次に行くよ」
「ちょ、ちょっと休憩させてくだ。のわっ!?あ、あぶねぇ!」
俺の顔に向かってあり得ないぐらい速いパンチが飛んでくる。
たぶん数カ月前の俺ならこれに当たって運が良ければ気絶、運が悪ければ死んでいただろう。
しかし、ここ数カ月冴子さんの殺気の籠ったパンチを受け続けられているため、殴る瞬間に出てしまう殺気を感じ取れるようになったため、避ける。
「へぇ。避けられるようになったんだ」
「殺す気ですか!」
「それじゃもう一段レベルを上げようか」
「ひぃ!?」
「リアナ様、そろそろ本気でお願いします」
「ええ。京也、行くよ」
「ちょっ!ま、まて!リアナ!!!」
何、帯を締め直して気合入れてんだよ!
「ふぅぅ~…」と深く息を吐くと、リアナの周りの空気が変わる。
冴子さんほど殺気は感じない。しかし、彼女独特の…なんて言えばいいんだろう?何をしてもすべて返されてしまうような雰囲気を持っている。
つか、これだけこいつが強いなら俺いらなくない…?
「そっちから来ないのなら私から」
「ちょ!ま、どわっ!」
「甘い。重心が上に上がれば下への攻撃が対応できないわよ」
「んなこと言ったって」
次々と繰り出される攻撃を何とか防ぎながらリアナの攻撃を受け続ける。
ここまで圧倒的な実力差がある中で俺ができる事は出来る限り、致命傷になりえる攻撃を防ぎながら反撃のチャンスを待つのみ。
上から下からとリズムよく繰り出してくる攻撃を防ぐのは非常に厳しいけど、冴子さんほどじゃない。
やっぱり冴子さんと実践をやっているとリアナの攻撃には隙が見えてくる。まぁそこを付けるほどの実力が無いんだけど。
「頭を動かすのは良い事。だけど、少しでも油断をすると」
ついにリアナのパンチが俺の顔の横に飛んでくる。
ここから考えられる攻撃は…引く際に後頭部への攻撃。
俺は頭を下げて、リアナの攻撃を避ける。
「ちっ。でも頭を下げれば足が届く!」
リアナは右腕を引きながら、ピョンと跳ねる。
そして、腕を引く反動で身体を捻り、俺の顔に向かって強烈な蹴りが入る。
「ぐへぁっ!?」
完全に入った…。
痛みの前にそんな意識が頭の中に駆け巡る。
そして、すぐに俺の頭の電池が切れるようにプツンッと目の前が真っ暗になった。
「っつつつ…、頭がまだぐらぐらする…」
リアナの蹴りが完全に入ったのにこうして執事業をしている俺も頑丈になったモノだ…。
頭をグルグルと回していると少し痛みを感じる。
「大丈夫?」
夕食の食器を下げているとリアナが心配そうに見てくる。
「大丈夫かどうかは知らないけど…シンシアさんにマッサージしてもらっとく」
「そう。悪いことをしたわね」
「いんや、あれは俺が油断してたからだろ。相変わらず良い攻撃だったよ」
「まぁね。でも京也も日に日に強くなっていってビックリだわ」
「そりゃ強くならないと死ぬからね…。リアナの時も冴子さんってあんな感じだったのか?」
「私の時は今よりも緩かったわ。さすがに真剣でやり合うようなことはしていないし、あんな厳しい突きをしてくることもなかったもの」
「やっぱりあれ厳しいのか」
「7割ぐらいの力を出してるんじゃない?それを避けれる京也も大したものだと思うわ」
「あれを受け流して反撃に移れるリアナに言われてもな…」
「私の時でも冴子は本気じゃないわよ。それこそ京也と変わらないんじゃない?あの人にとって私たちは子供のようなモノだし。国に居た頃は冴子に勝てる人は1人しかいなかったもの」
「あの人より上がいるのか…」
「冴子の兄の吉也は別格。若干16歳で王直属の騎士になったぐらいだし。冴子も彼を尊敬しているから」
「性格は?そういう凄い奴って性格がアレなんじゃないの?」
「アレってのがよくわからないけど、凄く良い人。私にも優しいし、冴子にも優しい。というか、冴子があそこまで強くなったのはヨシヤのおかげね。小さい時に2人の特訓を見てた事があるけど、ちょうど京也がやられているような特訓だったはずね」
「性格、アレじゃねぇか…」
どうして冴子さんがあんな危ない命を掛けた訓練をしてくるのか分かったような気がする…。
あの人は自らの経験があるんだ…。
ってことは、このまま冴子さんの特訓をしていればいつか冴子さん級に強くなるってことじゃ…。
「ちなみに冴子も別格よ?センスが違うから。冴子の得意なのは居合いだから、刀を持ったらヨシヤでも勝てないはずよ?」
「どっちも化け物じゃねぇか……あれ?ヨシヤって人が勝てないのなら冴子さんが最強なんじゃ?」
「私もそう思うんだけどね…」
「兄さんが最強と言われる所以は、強さじゃないんだよ。兄さんが最強と言われるのは圧倒的なまでの察知能力だよ」
「冴子さん、居たんですか…」
急に冴子さんの声がしたせいで心臓が飛び出そうになった。
また冴子さんに対する暴言を聴かれたら、今度こそ俺の命が無いかもしれない。
俺の暴言は冴子さんに届いていなかったのか、ヨシヤさんがなぜ最強なのか説明してくれる。
「私たち、騎士は戦うためじゃなくて守る事が重要だから。兄さんは野生動物並みに殺気には敏感だから攻撃される前に護衛者を安全な位置まで移動させられる。だから、騎士としては最強って言われてる。 今まで王を危険にさらした事は一回も無いはずだよ」
「スナイパーライフルとかでもですか?」
「殺気を無くしながら射撃するなんてできないよ。どうしても1撃で殺さないといけないから殺気を消すのがどんな上手い人でも微量は出るはずだよ。兄さんはそれを感じ取る。 あと兄さん自身もスナイパーとしての腕があるからどの位置から射撃できるかってのも考えられる」
つまり、化け物ってことか…。
冴子さんの家系はもしかして皆化け物なのかもしれない。
いや、絶対にそうに違いない。
そう思っていないとやっていけないような気がする。
俺は自分にそう言い聞かせながらリアナに夕食後のコーヒーを入れる。
「あ、そうそう。三戸くん、さっき私を化け物扱いしたこと聞こえてるからね」
冴子さんが部屋から出て行く時に、俺に向かってニコニコ顔でそう言った。
そのおかげで手元が狂い、テーブルを汚してしまう。
「京也、このテーブルの件は気にしないでおくわ。あと…頑張ってね、明日」
リアナの最大限の同情の言葉を受けながら俺はもうコーヒーを入れる事ができないほど身体が震えたのは言うまでもない。
そして、テーブルクロスをコーヒーまみれにして、この後ミルフィさんを筆頭にメイドさん達からこっ酷く怒られたのは言うまでもない。




