第10話 リアナ先生の合気道講座
「さぁいつでもどうぞ」
「ほんとに良いんだな?」
「どうぞ」
自分の御主人様を全力で殴ろうとする執事っていうのは世界に何人ぐらいいるだろうか?
凄く珍しいかもしれない。
現在、俺はリアナの合気道教室に入団している。
ここのところ、すでに1週間近く入団しているのだが、ようやく実戦へと移行できた。
今までは人間というモノの弱点から重心の大切さなどを教わった。ほんとうに辛かった…。
ふぅ~、と身体に溜まった無駄な空気を吐く。
相手を攻撃する際には無駄な動き=反撃のチャンスだ。
如何に無駄のない動きをするかが、この勝負に勝つことになる。って言ってもまぁ俺の拳がリアナに届いてしまい、大切な顔に傷でも付ければ殺されるだろう。
俺は少しだけ躊躇しながら、それでも普通の女の子なら恐怖を感じてしまうほどの勢いで殴りにかかる。
しかし、俺の拳はリアナに届くことはない。
「どわっ!?」
世界が何故か真っ逆さまになる。
そして、気が付いた時には思いっきり背中から落ちてしまった。
「ってぇ!!」
「少し躊躇したら怪我することになるわよ」
「んなこと言ったって本気で殴れるわけないだろ」
「相手が女だからって手加減してたらいつか死ぬわよ?」
「いや、別にそんな女は殴れないとかそういうタイプじゃないけど、仮にも自分の御主人だろ?」
「あ、そう。私は特別扱いなの。なら、冴子に」
「次は全力で行かせてもらうから、それだけは勘弁して!」
冴子さんは本当に容赦がないから、こっちの身が持たない。
「京也は相手を攻撃する時に力を入れ過ぎてるのよ。だから、こうして方向を変えれば逆に私の力になる」
「のわっ!?」
「冴子にも言われていると思うけど、常に1つ先の動作を考える事が必要なの。例えば、ここで私が京也に殴りかかったとして」
「なんだ?弱くない?」
「私のパンチ力なんて京也なら簡単に掴む事ができるけど。そんなことは予想済みだから、押さえられた手を中心に、こうっ!」
「どわっ!?」
「動かすと、相手が倒れる」
俺がリアナの軽いパンチを掴む。
リアナはその掴んだ手に自分の手を伸ばし、一気に引っ張る。
すると、俺の身体の重心が急に前に移ってしまい、リアナは腕を下に引くと俺はグルンッと転がってしまった。
「この前も教えたけど人間っていうのは頭が重いから、重心をずらしてしまえばすぐに崩れちゃうの。特に足の位置を確認すれば簡単に倒せる。足が横に並んでいるなら前後、縦なら左右」
「ってて…。それは頭でわかってんだけどなぁ」
「なら、さっき私のパンチは払うべきね。弱いパンチだからって油断してたらいつかヤラれる。ちなみにさっきのパンチは油断させて京也みたいにさせる動作でもあるけど、こうやってスナップを利かせて顎に当てれば頭を揺らすこともできる」
リアナはそう言いながら、さっきと同じ動作をする。
しかし、さっきと違うのは腕が伸び切る直前に急にスピードが上がる。
最後の方はあまり見えなかったが、おそらく手首を使ってスナップさせているんだろう。よくわからないけど。
「私がやるといまいち迫力に欠けるけど、冴子がやると凄いわよ」
「…死んじゃうんじゃね?」
「さぁ?私はよく気絶させられてたわね」
「あの人容赦ねぇな…」
一国の王女になり得る存在相手に気絶させるって…。
冴子さんらしいというか、なんというか…今までよくあの人に殺されなかったなと思い知らされる。
「リアナ様、三戸くん、調子はどう?」
俺がリアナにポンポン投げられていると、スーツ姿の冴子さんが来る。
ニコニコとしているのを見ると相当機嫌が良いらしい。
「調子もどうも投げられまくりです」
「まぁリアナ様は私が教えたもの。リアナ様、久しぶりに一緒に動こうか?」
「ええ、是非お願い。京也だと逆に身体がなまっちゃう」
「失礼な!俺が本気出したらお前なんてピーピー泣いちゃうぜ」
「そんなことを言う前に目から流れる汗を拭いたらどうなの?」
リアナはクスクスと笑いながら帯を締め直す。
冴子さんはスーツの上着を脱ぎ、軽く準備運動をする。
あのスーツを着たままするのか…。
2人の準備体操が終わると、お互い一定の距離を取り見合う。
「お願いします」
「こちらこそ、お願いします」
お互い、頭を下げるとリアナは俺を相手にする時とは比べ物にならないほどの緊張感を醸し出す。
一方、冴子さんは常に自然体で「いつでもどうぞ」と言いたげにニコニコしている。
2人の間に1分少々の沈黙が流れ、初めに動いたのはリアナだ。
正直言おう。
俺が認識できたのはここまで。
リアナが動いてからは、気が付けばリアナが床に倒されている。
冴子さん自身は何も動いていない。いや、実際には動いているんだろうけど、俺には見えない。
道場の中には、リアナの気合の声とリアナの倒れる音だけが響く。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「うん、このぐらいにしようか。お疲れ様でした、リアナ様」
「あ、ありがとうございました…」
結局、冴子さんはほぼ動いていないような感じであり、汗一つかいていない。
一方、リアナは大粒の汗が床に落ちるほど汗をかいており、体力の限界と言ったような顔をしている。
俺はそんなリアナにタオルと飲み物を差しだしながら、つい言葉にしてしまった。
「冴子さん…本当に人間ですか?」と。
もちろん、この後、冴子さんにミッチリ半殺し並みに特訓させられたのは言うまでもない。
合気道はよく知りません。
適当に付けました。
(なので、その辺のコメントは勘弁してもらえるとありがたいです。)




