三途の川
三途の川の春だった。
岸に生える桜の群棲は、今が全てだと訴えかけるようにその花びらを咲き誇らせている。ぼくは岸上の「登上現世駅」の川側の入り口で彼女が「地獄門」から出てくるのを待っていた。
地獄門は入り口に大きな赤い鳥居がそびえ立っており、川から上れるように階段が伸びている。人が行きつく最後の関門だ。船が着くたび船頭に連れられ「地獄門」と大きく書かれた門紙に飛び込んでいるのが、彼女を待っているだけで何回も見れた。
ひょっとしたら彼らは、ここが地獄の入り口だと知って驚いているかもしれない。
それほど綺麗な眺めが、この岸辺には広がっている。
現世では、三途の川は恐ろしいイメージがあるらしい。でも、そんなのは嘘だ。桜に染まった綺麗なこの景色がそんなに恐ろしく人間には、見えるのだろうか。
それも今から初仕事で分かることだろう。
そうこうしているうちに紅髪の彼女が出てくるのが見えた。
「さぁ、行きますよ。ほら」
彼女がぼくを誘うように右手を伸ばしてこちらに声をかけた。
手を伸ばす反対の手には、彼女特製の紅色の大鎌を肩に乗せている。
桜色の風が吹き付け、彼女の耳の少し上のところで左右に碧玉を二つ付けた髪留めで束ねている紅い髪が犬の尻尾のように揺れた。彼女は、自信に満ちた顔しており、これから向かう初仕事に余裕があるのが感じる。
首につけている勾玉が十八付いた首飾りは、去年試験受かった時に閻魔様からもらったものだ。女性の象徴は、鬼子らしく成長しており、それを天の羽衣と薄空色の着物で包んでいる。腰には、銅を使った大きな胴台を帯留めとして使用して、背中で萌葱色の帯で形よく絞めている。
それはとても綺麗で、普段見慣れている彼女でも見とれてしまうほどだった。
その様子に彼女は気が付いたのか、口角あげて呆れたような照れているような顔をした。
そして、もう一度。
「さぁ、行きますよ。色ボケ君」
もう一度手を伸ばしてきた彼女の右手をぼくは掴んで照れて逆の手で頭の後ろの方をカリカリと掻いた。