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二 姉妹

 時は昭和、世は乱世と言える大東亜戦争の真っただ中。

 日本軍の真珠湾攻撃を機に開戦した大東亜戦争は緒戦、日本側の快進撃が続いていた。戦艦『大和』はこの戦争と同時に帝国海軍の戦艦として君臨した。しかしミッドウェー海戦を境に戦況は逆転。ガタルカナル島の撤退、太平洋各地の日本軍の玉砕により、日本は徐々に連合国軍に追い詰められ、戦況は決して芳しくなかった。

 戦況は悪化し、彼女の仲間たちが消えていく中。

 まだ世界に名を覇せた連合艦隊が健在だった頃。

 戦争は激しさを増し、散っていく仲間たちが増える中、それでも彼女たちは懸命に生きていた。

 そして、大和も―――

 「ねぇ、お姉ちゃん」

 入道雲が伸びる蒼い空の下、すこし幼い少女の声が下りる。日本が生み出した世界最大の規模を誇る大和型戦艦の象徴とも云える四十六センチ主砲の上で、一人の少女が暖かい日の下で寝そべっている。豊満な二つの膨らみが目立つ、少女というよりは凛々しい顔立ちを持った美少女。寝転んで自慢のポニーテールを流した大和が、掛けられた声を聞いて瞼を開き、その漆黒に揺れる瞳を見せた。

 「なんだ……武蔵か…」

 自分の瞳を覗きこむ妹の表情を見た大和は、むくりと上半身を起き上がらせて言う。

 「何か用か」

 「もうっ。 実の妹にその言い方はないんじゃない?」

 「いや、これが私の常なのだが……」

 大和の目の前でぷーっと頬を膨らます少女。くりっとした丸い瞳は純粋そのもので、頭は二つの丸い髪縛りでちょこんと丸め、背中の下まで綺麗な黒髪を流していた。服装は帝国海軍の第二種軍装そのものなのだが、その下は上の軍服に合わせた短いスカートを履いていて、白い太ももが艶やかだった。

 「……お姉ちゃん、また鼻の下伸びてる」

 「おっと、いかん。ジュルリ……」

 「もう。 実の妹にまで発情するなんて、それこそ本当の変態だよ? お姉ちゃん」

 「実の妹に変態呼ばわりされるとは……、これでも私は帝国海軍随一の大戦艦、世界一の超弩級戦艦『大和』だぞ」

 威張るように、ただでさえ大きな胸をえっへんと、更に強調するように張った。

 そんな大和(の胸)を、ジト~ッとした恨めしい瞳で見詰める武蔵。

 「自画自賛……全国の大和さんに謝ったほうがいいよ」

 「酷い言われ様だな……」

 さすがに大和も落ち込むように、少しシュンとなる。

 武蔵はそんな落ち込んでいる姉を見て、クスリと吹いてしまう。

 「あはは、嘘嘘。 冗談だよ、お姉ちゃん」

 「いや……本気にしか聞こえなかったのだが?」

 くすくすと楽しそうに笑う武蔵と、仕方ないという風に嘆息を吐く大和。

 それはどこから見ても、仲の良い姉妹の風景であった。


 日本の造船技術の粋を結集させ、大艦巨砲主義の最高潮の上に誕生した史上最大の戦艦、大和型戦艦―――戦艦『大和』。そして、姉妹艦の『武蔵』。

 二人は帝国海軍が託す最大の切り札であり、そして国宝だった。

 昭和十八(一九四三)年二月十二日に戦艦『大和』から連合艦隊旗艦の座が移され、『武蔵』は連合艦隊旗艦の座を姉妹艦である『大和』から引き継いだ。

 そんな世界一を誇る大和型姉妹の艦魂は、姉の大和はかつては連合艦隊旗艦を経験し、今では妹の武蔵にその座を譲っているが、以前から変わらず周囲から「長官」として認識されている風格を持つ。男にも勝るクールな雰囲気の持ち主だが、反面、可愛いものに目がない。可愛いものなら男でも女でもかまわないという危ない主義。

 しかし彼女は常に姉妹や仲間を想う、そして勇ましく頼もしい性格の持ち主でもある。

 だから、長官を引退した今でも彼女たちから「長官」と言われて慕われているのだ。

 妹―――武蔵は大和とは似てないと周囲に言われている。幼い仕草から、同性である彼女たちの人気者であり、皆のマスコット的、あるいは癒しのような存在だ。姉より常識派で、反面子供のような残酷さも兼ね揃えているが、姉想いの優しい少女でもある。

 「……で。 姉の昼寝を邪魔して、どういう用件だ?」

 「お姉ちゃんはお昼でも寝ていられるけど、私はお姉ちゃんと違って忙しい身なんだよ。 あー、職を持つ人は忙しい忙しい」

 「なんだそのまるで私が無職みたいな言い方は。 確かに私は武蔵に司令長官の座を譲ったが、だからといって私も暇ではないぞ」

 「こんなところで昼寝してるくせに?」

 「ぐ……、戦士にも時には休息が必要だ」

 「ぶーっ」

 「ふてくされるな。 なんだ、私に愛でられたいのか?」

 ニヤリと笑って大和は言う。

 大和は可愛いものなら性別だって区別しないのだ。それは姉妹の垣根さえ超えてしまうほどでもあることは、武蔵が大和のもとにやってきたことによって既に証明済みである。

 「そうだねー」

 「なっ?!」

 武蔵の予想外の反応に、大和は目を丸くした。

 「ここのところ忙しかったからねぇ。 昨日だって徹夜して、全然寝てないんだよ。 あは、司令長官って大変なんだね。 でもお姉ちゃんもずっと司令長官やってたんだもんね。 私、お姉ちゃんを見習いたいよ……」

 「武蔵……」

 「だから、久しぶりに大好きなお姉ちゃんに……別に可愛がられてもいいかなというか……私が、甘えたいなぁ……なんて、ね? えへへ……」

 そう言って、武蔵は照れくさそうに天使の微笑みを浮かべながら、頬を朱色に染めて頭をぽりぽりと掻いた。

 そんな妹を見て、大和は目元が熱くなるのを感じた。

 そして、同時に頬がみるみる朱色に染まっていく。

 「…良し」

 大和はフッと微笑むと、コクリと頷いた。

 「お姉ちゃん……?」

 「思う存分この姉に甘えてくれ、我が妹よっ! 私のたった一人の妹よ……ッ!!」

 「わっぷッ?!」

 ムギュッと大和に抱き締められた武蔵は、姉の豊満な胸の中に顔を埋める羽目になった。

 「うう、お姉ちゃん苦しいよ〜」

 「ああ、可愛いなぁ我が妹よ」

 武蔵をギュッと抱き締めた大和はさらに頬をすりすりと優しくすり寄せた。武蔵は「もう〜っ」と言うも、その頬を赤らめた表情は幸せそうだった。

 散々大和に愛でられた武蔵は、一つのお願いを姉に申し出た。

 「……ねぇ、お姉ちゃん」

 「ん? なんだ、妹よ」

 「ひとつ、お願いがあるんだ」

 「おお、聞いてやる」

 自分の二つの双丘から上目づかいで見詰めてきた武蔵に、また鼻の下を伸ばした大和はまた愛でたい衝動に駆られるが、妹の願いを聞き届けるためにぐっとこれを抑えた。

 しかし大和が武蔵を愛でたい衝動を耐えた末に聞いた妹の願い事は、大和を震撼させるのに十分なものだった。

 「……歌、唄って」

 「………」

 その瞬間、笑顔のまま、大和は石のようにピシリと固まった。そして長い沈黙の後、動かなくなった姉を不思議に思って首を傾げ、覗き込んできた武蔵の「お姉ちゃん……?」という呼びかけで、我に帰る大和だったが、その次はダラダラと大量の汗を滝のように流していった。そして、自分をどうにか落ち着かせようと努めた大和は、ようやく口端を引きつらせながらも、妹に問いかけた。

 「妹よ……歌とは、どういう意味かな……」

 「お姉ちゃん、歌上手じゃん。 私、聴きたいな」

 「……ちょっと待て。 何故―――」

 顔を青くした次は、今度は顔を紅潮させる大和。

 「何故……私の歌のことを知っている」

 顔を赤くする姉の顔を見て、武蔵は可笑しくてクスクスと微笑んだ。

 「お姉ちゃん、私を誰だと思ってるの? お姉ちゃんの妹だよ? それくらい知ってるよ」

 「なん…だと……」

 いつの間にか、顔を真っ赤にした大和の身体から、武蔵は解放されていた。武蔵はしばらく、姉の変貌した姿を楽しむようにじっくりと観察していった。

 「(お姉ちゃん、可愛いなぁ)」

 顔を赤くして押し黙る大和を見詰めながら、武蔵はそんな感想をニコニコとした笑顔の内側で密かに抱いていた。

 そして再び動かなくなった大和に対して、武蔵はそのまま首を傾げて、子供が強請ねだるようにして言った。

 「ダメ?」

 「く…ッ」

 現在の帝国海軍の中で、武蔵以外で知っている者は余りに少ないが、大和は歌が上手い。

 大和自身はそれを恥ずかしがっているため、人前では決して歌わない。むしろその事実さえ秘密にしていた。何事もクールで完璧超人として他人に尊敬されている大和の意外な一面である。しかし妹である武蔵は知っていた。ある時、大和が一人唄っているところを、姉が楽しそうに唄っているところを、姉のもう一つの顔を。そしてその歌に聴き入っていた自分を、武蔵は覚えている。

 丸い目を潤ませる武蔵に、遂に折れた大和は、がっくりと肩を落とした。

 「……わかった」

 「お姉ちゃん?」

 「……唄ってやる。私が」

 「本当ッ!?」

 武蔵はパァッと太陽のように表情を輝かせた。キラキラと輝く、そのくりっとした丸い瞳に、大和は頬を赤くする。大和は一度咳ばらいしてから、「本当だ」と返した。

 「よし、こうなったらやってやろうじゃないか。 喜べ、武蔵!」

 「わーいッ!」

 最早大和は開き直ることにしていた。目の前で純粋に喜んでいる妹を見てしまっては、やらないわけにもいかなかった。

 「よし、喜んでるな。 ではなにを唄おう。 やはり軍艦行進曲か! それとも海ゆかば、いや、君が代か? 月火水木金金、同期の櫻も捨てがたし!」

 「もう…! お姉ちゃんの唄うものならなんでも良いんだけど……でも、私はあの時聴いた歌が良いな~」

 「……あの時聴いた歌?」

 「うん。ほら、あの……さくらさくら~」

 武蔵は記憶を掘り起こして唄い出す。大和はすぐにピンと来て、頷いた。

 「ああ、そうか。 それを聴いたのだな……」

 「うん。 あれ、私大好き」

 「そうか。 ではそれにしようか」

 「うん!」

 大和は立ち上がる。チラと妹のほうを見ると、武蔵はわくわくと待ち望んでいる。大和は照れくさそうに、そして息を吸うと、透きとおるような歌を紡ぎ始めた。

 

 さくら さくら

 野山も里も

 見わたす限り

 かすみか雲か

 朝日ににおう

 さくら さくら

 花ざかり



 武蔵は歌う姉の姿を見て、そして気付いた。

 胸に手を当て、歌を唄う大和の背景に、舞い散る桜の光景がはっきりと、武蔵には見えた。

 武蔵は目を閉じて、姉の歌声を聴いた。

 姉はすこし照れくさそうにしていても、凛と通った声が、歌を紡ぎ、妹の心を優しく癒してくれていた。

 司令長官としての忙しい仕事も、その根本となる戦争も、嫌なこともすべて忘れさせてくれるかのような歌声。

 その時間、その瞬間が何より、武蔵にとっては幸せなときだった。

 

 「ど、どうだ…」

 「うんっ! とても良かったよ、お姉ちゃん」

 「そ、そうか。 それは良かった……」

 緊張が解けたように、ホッと一息つく大和。

 武蔵はまだニコニコとしていて、そしてなにか閃いたかのようにパンと手を叩いた。

 「そうだ! お姉ちゃんの歌声をもっと多くの人に聴いてもらおうよっ!」

 「……な、に…?」

 大和の顔がサーッと青くなる。

 妹ならまだしも、他人に自分のこんな一面がバレてしまうのは、耐えられない羞恥だ。

 今なお長官」と呼ばれて親しまれている自分に、こんな一面は尊厳に関わる。

 自分のクールなイメージ(自称)が、乙女チックに染まってしまう…!

 「うん! それがいい! と、いうことでぇ~」

 「ま、待て……ッ!」

 大和が止める前に、次の瞬間には武蔵は主砲の上から飛び出していた。

 「お姉ちゃんの歌を聴いてもらうためにも、みんなを誘ってくるねっ!」

 「ま、ま、待てぇぇぇぇっっっ!!」

 悲鳴に近い声で叫んだ大和は、素早い足で行ってしまう妹の後を慌てて追った。自分の尊厳とイメージを死守するため、大和は走りゆく妹を必死に追いかけたのだった。


 

 今の『大和』のマストには既に大将旗は掲げられていない。それは既に妹に譲り、今は妹の身にその旗が翻っているから。

 戦艦『武蔵』のマストにはためく大将旗。それは連合艦隊旗艦の証を示している。

 日本帝国海軍の世界を相手に戦う連合艦隊の旗艦としての風格が『大和』に劣らず表れているはずの『武蔵』だったが、実の正体は、絶賛姉に追いかけられ中の少女であった。

 「くそ……武蔵め、どこへ行った……」

 『武蔵』に降り立った大和だったが、妹の姿はどこにもない。本体である艦に戻ったと思った大和だったが、見当違いだったのだろうか。

 「いや、間違いない。 私の可愛ラブリー電探がびんびんに反応しているからな……」

 等とわけのわからない自信を持ちながら、大和は『武蔵』の艦内での捜索を始めた。

 艦首から艦尾まで二三〇メートルの全長を誇り、城の如く聳え立つ艦橋も合わせると、艦内の広さは新米の乗員が迷子になる程に広い。そんな世界最大級の戦艦の艦内で人探しとは無謀と言う他ないのは、自分自身がその世界最大の戦艦として大和が一番よく理解しているはずだが、是が非でも武蔵を捜し出す必要があった。

 「どこだ。 出てこい、武蔵ぃぃッッ!!」

 あらゆる所を探し回る大和だったが、目的の妹の姿はどこにも見当たらない。

 「……くそ、何だこの無駄な広さは。 我ながら恐ろしいが……何故こんな馬鹿でかい構造にしてるんだ……何を考えているのか理解できないな、人間と言うのは……世界最大がどうとか知らんが、何でもでかければ良いと言うものではないぞ……私は大きい方も好きだけどな……将来性が見える小さい方も大好きだがな…ッ!」

 激しく自分の存在をも乏しめるようなことを全弁開放する大和だったが、それに指摘する者は誰一人いなかった。

 「……ここまで言っても、武蔵がツッコミに現れないとは。 やはり自力で捜し出すしかあるまい……」

 と、気を取り直して行こうとした大和の視界に、一人の少女が横切ったのを大和は見逃さなかった。ふらふらと通りかかっている彼女を見つけると、大和は口端をにやりと吊り上げた。

 「……見つけたぞ」

 そう言うと、大和は何も知らずに一人通路を歩いている彼女のそばに向かって一瞬で転移した。

 「おい、山城」

 「……………」

 大和の声にゆっくりと振り返ったのは、いつも眠たそうな顔をしている山城だった。彼女は帝国海軍の戦艦の中でも老嬢と言える程の現役を続けている戦艦『山城』の艦魂なのだが、いつも重たそうな瞼を抱えて過ごしている。いつも眠ってしまいそうな表情をしているので、流れるような美しい黒髪と華奢に整った小さな顔が勿体ない。

 だが、彼女は武蔵と最も仲が良い艦魂としても知られている。艦魂の間に歳の差と言うのは親交の上で大した障害でもないのだが、それにしても二人の仲の良さは親友も同然だった。

 「率直に聞こう。 山城よ、妹を見かけなかったか?」 

 「……………」

 「……起きているか?」

 「……………」

 こっくり、こっくりと顔を落とす山城の意識は、完全に覚醒しているのかは非常に疑わしかった。

 山城は武蔵と仲が良いのはそうなのだが、こうして寝ぼけて武蔵の所に訪れるのも珍しいことではない、と言うのは大和も聞いたことがあった。主に武蔵や、山城の寝ぼけ癖に困った扶桑から。

 「……ふむ」

 大和はジッと、目の前で今にも眠ってしまいそうな山城を見据える。大和の瞳が、真剣に細められる。

 「……………」

 重そうな瞼が閉じられそうになるが、山城はゆっくりと首を横に振った。

 「そうか、見かけていないか……」

 眠そうにしながらも、山城はとりあえず受け応えはして見せた。山城は再び、こっくりこっくりと眠たそうに顔を落とす。

 「……山城、少しはその癖治した方が良い。 武蔵や扶桑に、あまり心配は掛けさせたくないだろう?」

 「……………」

 聞こえているかどうかわからない山城を見詰め、大和は小さく溜息を吐いた。

 「引き止めて悪かったな。 ちゃんと帰って寝るんだぞ」

 「……………」

 眠たそうにしている山城は、大和の言葉に頷いているように見えた。

 それを認めて、大和は踵を返す。

 「絶対に武蔵を見つけなければ……既に他の者たちにばらしていなければ良いが」

 ここで無駄に時間を食ってしまった。ここには多くの艦艇が停泊している。早く、他を当たらなければ……!

 そう言い残し、大和は早足でその場から立ち去った。そこに残されたのは、一人立つ山城だけだった。

 と、その途端に。

 「お姉ちゃん、行ったね」

 「……………」

 壁からすり抜けるように現れた武蔵の姿に、山城がゆっくりと振り返る。

 「……………」

 どこから現れてるの?と言う意思を山城の表情から読み取った武蔵は、はにかんで答えた。

 「いや~、私、艦魂じゃない。 自分の艦なら自由に姿をどこにで現せることが出来るわけだから、ちょっと趣向をこらして実践してみました。 仕掛けの種はね、かすか~に転移の光を壁に貼りつけるように浮かばせて、そこからゆっくりと、壁から出てきたように身体を浮かばせて……」

 「……………」

 眠たそうな顔だが、呆れて深い溜息を吐いているように見えるのは気の所為だろうか。

 「お姉ちゃん、私を捜してた……?」

 「……………」

 武蔵の問いかけに、山城はコクリと頷く。

 「……………」

 山城の眠たそうな顔が、よくあの大和から逃げ切れてるな、と語りかけた。

 「ふふふ、日々お姉ちゃん対策は密かに仕込んでいたからね。 余裕余裕」

 「……………」

 この姉妹は不思議で飽きない、と山城は落ちてしまいそうな意識の中で思った。

 で、そこまでして何故大和から逃げているの?と、山城の表情が無言に語りかける。

 「ふふ、実はね。 お姉ちゃんのことで―――」

 「…………?」

 武蔵が遂に、姉の秘密を明かそうとした。

 その時――――


 「そうはさせるかぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 どこからともなく、響き渡った大和の声に、二人(さすがの山城も含めて)はビクッと肩を震わせた。

 そして二人を引き離すように、真上から日本刀の刃が振り下ろされた。二人を遠く離すように、勢い良く二人の間を日本刀が空気を斬り付けた。と、思いきや、日本刀を手に持った大和が綺麗な着地を見せ、降り立った姿を二人の前に見せた。

 膝を付き、刀を静かに構えた大和が、猫のような鋭い瞳を二人に向ける。

 「……見つけたぞ、武蔵」

 「お、お姉ちゃん……」

 突然の姉登場に、武蔵も戸惑っていた。まさか巻いたと思っていた姉の登場に、武蔵はただ動揺するばかりだった。

 「ど、どうして…! 気付かれていないはず……ッ!」

 「ふ、愚か者。 この私の前から逃げられると思ったか、我が妹よ。 まだまだ私には到底及ばぬくせにな」

 「く……ッ!」

 じりじりと対峙する二人の姉妹だが、一人蚊帳の外に立たされる者が約一名。

 「……………」

 だが二人の超弩級姉妹の間に仲介に入ろう等とは一切考えず、山城はただその眠たそうな瞳で姉妹の成り行きを見守るだけだった。

 「さぁ、観念しろ。 ここで大人しく投降すれば、今日は朝まで一晩中愛で倒すだけで勘弁してやろう」

 「ふふ、それは私としても悪くないね……でも」

 武蔵の機敏な動きに、大和はいち早く反応する。

 「悪いけど、お姉ちゃんに大人しく捕まるほど馬鹿じゃないよ……ッ!」

 「ふ、それこそ我が妹。 『大和』の妹にふさわしいッ!」

 武蔵が地を足で蹴るように飛び出し、それに真正面から応えるように、大和も刀を構えて突貫するかの如く勢いで駆け出す。

 あまりやりたくはないと思っていたが、少し強引ではあるが武蔵を気絶させて連れ去るという手段もやむなしと、大和はこの時考慮していた。大和が構えた刀の底を、すれ違い様に武蔵の後頭部に軽く当てようかと身を翔けるが――――

 「……ッ!?」

 大和はそんなことをするはずも無く、武蔵の脇を通り過ぎようとした。だが、それを武蔵は許さなかった。武蔵はそのまま正面から向かってきた大和を、捕まえるようにして飛び込んだ。

 身体全体で飛び込んできた武蔵の身体を受け止めることができずに、大和は飛び込んできた武蔵と一緒になって倒れてしまった。その近くに大和の手から離れた日本刀がカシャーンと音を立てて落ちた。

 「えへへ、私、お姉ちゃんのことならなんでもお見通し。 やっぱりお姉ちゃんは優しいね」

 「……………」

 頭の中では強引な手段も考えてはいたが、武蔵が少しでも傷つくことなら、それは絶対実行されることはない。それは、大和にとっては姉としても当然のことだった。

 倒れた大和に抱きつく武蔵。武蔵はさっきの仮面も簡単に外して、いつもの表情に戻っていた。ニコニコと笑いながら、姉の柔らかい身体に抱きつく姿は、妹というよりはまるで子供のようだった。

 「……ふ」

 微かに噴き出した大和は、クールに微笑みながら、そっと武蔵の頭を撫でた。

 「手のかかる仕方のない妹だな、お前は……」

 そう言って妹の頭を撫でる大和はいつものように凛々しい微笑を浮かべ、そして撫でられる武蔵もまた、いつものように姉に甘える妹の嬉しそうな表情で、幸せそうな笑みをいつまでも浮かべていた。

 「さっきも言ったけど、お姉ちゃんのことなら、私はなんでもわかるもん。 だって、私はお姉ちゃんの妹だから」

 「負けたよ、本当に……」

 大和は呆れるように、苦笑して嘆息を吐いた。

 「でもね、お姉ちゃんの秘密はばらさないよ」

 「え……?」

 近くにいる山城に聞こえないように、そっと耳元で囁いた妹の言葉に、大和はきょとんとなる。

 「今日から、これはお姉ちゃんと私の二人の秘密」

 そう言って、武蔵は「ねっ」と、指を口元に当ててにっこりと天使の微笑みを浮かべた。

 大和はそんな妹のどうしようもないほど純粋な笑顔を見て、く…ッと少し可笑しそうに笑って、そっと武蔵の頬を撫でた。

 「また、聴かせてね」

 武蔵の言葉に、大和は苦笑を浮かべるしかない。

 「本当に仕方のない妹だ……」

 妹にはいつまで経っても敵わない。

 大和が唯一敵わない存在、そしてかけがえの無い大切な存在を前に、大和はそれを再確認したのだった。

 そして、それから大和は妹の頼みあらば、歌を唄うことも珍しくなかった。

 それは姉妹二人だけの、秘密の時間でもあった。

大和と武蔵は、とても仲が良い姉妹です。

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