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ギフト・ハーヴ  作者: Co
3/3

3話:雪女



 路地裏をこっそりと覗き込む想真(そうま)。しつこいことに、黒服強面たちはまだ走り回っていた。


 通りの先に美人局小学生を見つけた想真は首を引っ込める。ビルの上からとはいえ、遠くからだと見つかるかもしれない。


 想真はビルの屋上に避難していた。


 日頃から揉め事に首を突っ込みがちである想真は逃げ回るのが得意だ。とはいえ、体格の良い成人男性数名から逃げ切る自身があるかというと、軽いとはいえ両手に荷物を抱えた状態では難しい。そこで、あらかじめ逃げ場所として目星を付けてあったこの隠れ場所に避難したのだった。


 壁に取り付けられた梯子はかなり高い位置にあるが、放置されている粗大ゴミを足場にして飛びつけるようになっている。登るときは荷物の握りを腕に通しておいた。


 黒服が諦めるまでここで時間を潰すことにした想真は紙袋に漫画本があるのを思い出す。保存用ではないものなら、開けて読んでしまっても構わないはずだ。一冊読み終わる頃には黒服達もいなくなっているだろう。


 屋上は鶏の糞などで汚れてはいるが、高所であり空が広いことでさっぱりとした感じだ。日差しさえなければ爽快だろう。大きな通りに面していないので看板もない。ひとつ隣のビルとは高低差もなく、その分を合わせて広々とした印象もある。ビル間の距離も1メートル未満で簡単に跳び移れそうなほどだ。


 ただ学生服でこんなところにいるのを目撃されたくはないので、のびのびとしているわけにはいかなかった。なるべく死角になる位置へ移動し、ほんの僅かな日陰に座り込む。

 

 咲祈に漫画を読んでも良いかとメールを送ると即座に返信が返ってきた。これを読め、と指示付きで。どやらオススメらしい。


 想真はビニールを剥がすと、オススメの漫画にしばし没頭した。




 ■■□




「むう……」


 漫画を読み終えた。続き物なので先が気になって仕方がない。このコミックスは確か月刊誌のものだ。単行本は年に一~二冊しか出ないはず。


「これは咲祈に月刊誌のほうも借りるべきか……」


 咲祈の部屋には漫画雑誌も大量に列んでいる。確か、この漫画が掲載されている月刊誌もあったはずだ。届けに行くついでにそのまま借りていくとしよう。元々そのつもりで薦めたんだろうし。


 本を紙袋にしまいながら、ふと、またもや視界の隅に誰かが居たような気がして、隣のビルに目を移す。


 隣のビルの屋上に人がいた。


 いつのまに、そこにいたのだろうか。


 白いビルと白い雲を背景に、真っ白な髪。真っ白い服。真っ白な肌。


 年格好が中高生の女の子が、光にとけ込むように、そこにいた。


 日光に照らされた少女。


「雪女……?」


 まったく逆のイメージだった。


 扉の音は聞こえなかった。漫画に夢中で気が付かなかったのだろうか。それとも自分と同じように梯子で登ってきたのか。あるいは幽霊か。


 幽霊なんて見たことがない想真だったが、仮にそうだとして、はたしてこんなにハッキリと存在感があるものだろうかと、雪女を観察していた。


 ささやかに吹いている風が、短い髪とケープのような上着、七分丈のズボンの裾を揺らしている。その下にはちゃんと足が(当たり前だが)生えており、素足に穿いているサンダルだけが、身につけている物の中で唯一白くない。逆に言えば、それ以外は髪も肌も服も、全て噂通りの真っ白さである。頭髪も老人のそれとは違い、中高生だとすれば年相応な若々しい髪の、色だけが真っ白に染まっているようなものだ。


 雪女は下を向いている。ふらりふらりと、少しずつ動いている。


 白い姿とそのふらふらとした歩みは、確かに幽霊のように見えなくもない。これで宙に浮いてさえいれば幽霊でもありなのだろうが……


「というか……何やってるんだ?」


 何か捜し物だろうか。


 下ばかり見ているので、想真の存在には気が付きそうもない。


(声を掛けてみる……か?)


 噂の雪女に興味がないでもなかったが、今日は既に一度面倒に巻き込まれているのだ。いつもの想真なら選択肢を用意するまでもなく脊髄反射的に声を掛けてしまうところなのだが、直前の失敗が響いており、また、噂の謎の少女である、ということで珍しく声を掛けるか否かを悩んでしまった。


 この一瞬が、想真の運命を変えるポイントだった。


(そういや、美人局の小学生はニアミスだったんだな)


 ついさっきまでこのあたりを探し回っていたであろう美人局小学生。運悪く遭遇することもなく雪女はビルを登って屋上へ来ていることになる。


(なら、もう黒服達もいないだろう……一声掛けて、特に困り事もないようなら、さくっと帰るとするか)


 立ちあがろうとした想真が見たのは、


 雪女が相変わらず下を見たまま、ふらふらと歩き、


 ビルの柵に手を掛け、


 足をかけたところ、だった。


「……ぉいっ?!」


 雪女はそのまま柵を乗り越えた。柵を越えれば、足場は猫の通り道ほどしか無い。下を向いたままの雪女。今は屋上の床ではなく、十数メートル下のアスファルトが見えているだろう。


(飛び降り自殺!)


 そう思ったが早いか、想真は飛び出した。高さに臆することもなく、柵に足をかけビルの隙間を飛び越え、隣のビルへ。そのまま雪女にむかって全力で走る。


 雪女は既に柵から手を放していた。


(間に合えっ!)


 膝を柵の間に、少女を両腕で抱え込むようにしっかりと捕まえると――


 ――バキィィィン!


(またか?!)


 先ほど小学生に触れられた時と同じ音が聞こえた。それと同時に、視界が歪む。


 一瞬、七色のような、無色透明のような、表現しようのない色で視界が覆われたように感じたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


「頼むから暴れるなよ! 早まったことをする……なあああっ?!」


 足場が突然消えたかのようだった。屋上の床も、腹に感じていたビルの柵も忽然と消えてしまったように感じる。


 というか、実際に消えていた。


 柵も屋上もビルもアスファルトも街も、何もかも消え去っていて。




 そして、想真の視界に映ったのは樹木を真上から見たような一面の緑だった。




 ■■□




 目を開けると葉っぱが降ってきた。折れてしまった枝がまだ樹皮一枚で繋がっているのか、ぶらぶらと揺れている。


 どうやら、あたしの後頭部は見知らぬ男の胸に乗っかっているようだった。


 慌てて起き上がると、髪の毛に付いていた葉っぱやら枝やらがぱらぱらと落ちる。木に突っ込んだせいか全身がちくちくした。


 足をすこし打ったようだが、特別痛むということもないみたいだ。擦り傷はすこしあるかもしれない。


 男は気を失っているようだ。男が下敷きになったためか、大した怪我はない。


 一体、どうしてあんなところで襲ってきたのだろうか。突き落とそうとしたわけではないようだが、どちらかと言えばしがみついてきたような……


 そこまで考えて、男から距離をとる。暴漢という単語が一瞬頭を占めた。


「うーむ」


 見た目からでは悪人かどうか判別できない。どちらかと言えばかわいい寝顔に見えなくもない。とりあえず悪人面にはみえないのだが。


(男は狼って言うからなー……)


 意識のないこの男は、あの世界で似たような世代の男達が着ていたのと同じく上下がそれぞれ白と黒の服装だ。聞いた話では確か、学舎の制服だったはず。年輩の男達も似たような格好をしていたが、恐らく教師も同じような制服なのだろう。それにしては見渡す限り制服だらけの町並みだったが、学業がすごい盛んな世界なのかも知れない。


 巨大な建造物には大量の看板が取り付けられ、そこに書かれた無数の文字を、どうやら道行く全ての人が読めるらしかった。かなりの識字率だ。


 男の髪は黒。比較的多数派の色だろう。どうやら髪の色は人種や身分、能力などとは直接関係が無いらしい。国によってまた違いもあるのだろうが、ファッションとして髪を染める者も多いようだった。


 この男は異世界の住人だ。


「ああああー……どうしよっかなー」


 わたしは頭を抱えた。


 まったく連れてくる気のない異世界の住人を、偶然連れてきてしまうなんて初めてのことだった。そもそもどんな状況であれ、可能性としてこんなことは絶対に有り得ないと思っていた。


 だから、どう対処して良いのかもまったく考えたことがない。


 とりあえず見たところ派手な外傷は見あたらないが、頭を強く打っていたりしないともかぎらない。起きられても面倒なのだが、このままにしておくわけにもいかない。今の内に彼の世界へ戻してしまうのも手っ取り早くて楽なのだが、けが人を放置するというのも気が引ける。まずは手当てをしなければいけないが、しかしよく考えたら、あんな人気のないところで後ろからいきなり飛びついてきた暴漢に、そこまでしてやる義理もないような……





 散々悩んだ末、あたしは男に対して自分に宿る力を解放した。



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