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チョコとデブとから騒ぎ

作者: 燎 空綺羅
掲載日:2026/02/14

 雪景色だった。


 ただでさえ仕事終わりが遅いのに、この中帰るんだ。やだなぁ。


 雪に憧れたかつての俺は、まだ胸の内にはいれども、さ。それは昼間の休日に限っての話だよね?


 でも、お弁当は飽きたし。


 幸い、日曜日に買い置きした食材があるし。


 自炊に飽きた頃には、またお弁当が美味しくなるサイクルだ。


 食へのこだわり。これが無きゃ、人は痩せられるんだろうなぁ。


 そして、憂鬱にも二月が進んで行き、俺は自分宛には現れない甘いお菓子を思い、無性に悲しくなってくる。


 二月十三日、仕事終わり。


「鷹志ー。お前は絶対、明日は紙袋持って来いよ?俺は付き添いパスだから。」


 同僚の新田瑠衣くんが、仲のいい鈴鹿鷹志くんに言った。


「ばぁか。紙袋破けたろ、去年。リュックデカいの探してくる。」


 戦々恐々。


 明日は、バレンタインだ。


 鈴鹿くん、見た目が良いからなぁ……そんな悩みを、前日からしてるのか。


 俺のデスクを通り過ぎた女子社員達は、口々に盛り上がっていた。


「お手製だとなんか怖いじゃない?髪の毛入れる人とかいるんだって。わたしGODIVAにしたー。」


「えっ!わたし作っちゃったよ、やばいの?」


 アイドルファンみたいな話だなぁ。


 俺は、子供の頃から未だに、チョコレートが大好きだ。お母さんチョコだって大喜びで。


 母さん亡くなってから、長いけどね。


 幸い努力叶ってゲーム会社で3Dモデリングしてるけど、この会社は不発だし。


 14日来ちゃうのかぁー。


 俺には明日は、縁遠くて。とってもブルーな一日だろう。


 例えば義理でチョコが貰えたとしても、リアルの女性に何を言えばいいのか?


 下駄箱にチョコを入れてくれるのを待ち侘びる学生時代ではあるまいしさ。


 鈴鹿くんはすごくモテるのに、女性関係怖がったことないな。


 鈴鹿くん、食べきれないチョコくれないかなぁ……。


 羨ましげな俺の眼差しに気づいた鈴鹿くんが、ギクリと怯んだ。


「おい!肥満児先輩こっち見てんぞ!ガキンチョみてえに……少しは言ってやれよ、新田!」


「あぁ、はいはいっと。ったく、厳しいんだから……」


 社内での俺の通称は肥満児。デブの体型と、俺の幼心から、らしい。


 俺は軽度のいじめ被害にあっていたが、俺からしたら、会社など、きちんと仕事を回して、お金を貰えたらそれで良かった。


 ぞうきん絞り汁をわざわざコーヒーに絞って来るヤツとか、気にしない。


 今は3Dモデリングの仕事で、ずっと良い方だ。もっと前は、パン屋で食パンを袋にピッタリ詰めるスピード作業、時給700円だった。


 最近は、技術と収入のおかげで、自宅での趣味が出来た。


 新田くんが、俺のデスクに来た。


「サーセン、鳩島先輩。鷹志はスパルタ過ぎ、色んな人いていいと思うす。明日はちゃんと護衛するすよ。」


「え。新田くん、いいのに。鈴鹿くんといたら、チョコもらえるでしょ?」


「それが、そうでもないんすよ。鷹志の引き立て役、あるいは、呼び出し役に使われるだけで。それよか、鳩島先輩はナイーブな日でしょ。非リア同士、お供するすよ。」


 新田くんは、誰とでも上手くやれる子だ。立場的には俺が上だから、お給料を上げてあげたいけれど、私情では経理に通用しないよな。


「新田くんて人を毛嫌いしなくて、珍しいよね。俺が嫌じゃないの?」


「んー。俺アメリカ留学した時、坊やがいる家にホームステイ、てこれ、失礼すよね?」


「話して大丈夫だよ?」


 新田くんは笑った。


「鳩島先輩のそういうところとか。その子に重なって、懐かしいようなかわいいような、感じっすね。あれ、先輩にかわいいは、さすがに……ごめんなさいっす!!」


 全然気にしない俺は一体。早くに母さんを亡くし、甘え足りなかった人生からか。愛でてぇ。


「デブとかブサイクはやだけど、かわいいは良い言葉じゃないの?ありがとー。とはいえ、俺が新田くんのお邪魔にならない?呼ばれたら、俺に構わず行きなよ?」


 新田くんは笑った。


「はぁい。でも俺、俺一人に義理チョコ渡すヤツ嫌す。義理チョコくらいパイセンと二人でもらった方が、心地よいでしょ。」


 優しいけど、鈍感な子だァ。


「キミが本命だったら、どうするの。どんなに小さいチョコでも、キミ一人に渡すのは意味があるんじゃないかな。突き返さないであげてね?」


「やっさしーーーーおわッ!」


 新田くんが辺りを見て、つられて僕も気づいた。


「みんな帰りやがった!」


 しまった。軽度いじめに巻き込んだな。


 俺は飲みかけのコーヒーを捨て、急いで帰り支度をした。


「ごめんね、普段から俺が一番最後。戸締りしとくから、新田くん先に帰ってていいよ。」


 新田くんは苦い顔だ。


「社会人になってまでいじめなんて、恥ずかしくないんすかね。誰かを犠牲にした土台で明日誰と誰がくっついたって、犠牲になってた鳩島先輩がいない〈家庭〉では、行き場を無くした攻撃性がお互いに向くだけじゃねぇの。」


 俺は粗方戸締りしながら、気になってたワードに尋ねた。


「三上さんと、滝沢先輩、去年社内結婚してから、なんか、大人しくなったよねぇ。」


 俺に当たりがキツかった二人が、鎮まったぶん、今はやりやすいのだけど。


 新田くんが笑った。


「いま滝沢夫妻は、自宅でも社内メールでも激闘中すからね!あれらが、鳩島先輩という土台から自立出来なかった成れ果てすよ。」


「じゃあ、鈴鹿くんて、賢い子だねぇ。」


「ん?アイツがすか?」


「鈴鹿くんモテるけど、会社に本命作らないでしょ。新田くんと仲良しだし、そういう社会情勢を把握した上で、この職場の人は選ばないのかもね。」


 新田くんは、自分のことのように喜んだ。


「そう!そうすよ!!アイツはね、スパルタだから、鳩島先輩がやり返さないのが嫌だって言って、態度は悪りぃけど!周りが見えてる男なんすよ!!」


 そっかァ。鈴鹿くんも中立だったんだね。確かに、めんどくさくてやられっぱなしなのは、俺の怠惰だからなぁ。


 俺たちは、戸締りを終えてビルを出た。


「新田くん、自宅遠いよね。真っ直ぐ帰るの?」


「俺、帰る前に立ち飲み屋で、ビールと焼き鳥で夕飯済ましてくすよ。帰りの電車長ぇから腹減っちゃうし、ビールは資格ある居酒屋が一番す!」


 わかるぅ〜。俺は通称肥満児でも実年齢はオッサン、オッサンビール大好きなのよ。この立派な腹だってね、どれだけのプリン体の成果であろうか。


「俺ね、ビールと焼き鳥は無限にお金かかるから、付き合えないけど。なんなら、うちに寄る?新田くんには世話になってるから、ご飯くらい作るよ?」


「え?……んー……」


 新田くんは考えてから、質問した。


「パイセン、日曜買い出し?」


「うん。」


「だったらダメッす!行かないす!今日金曜すよ、二人分作ったら食材切れちゃうす!土曜日の明日だったら、余り物のお誘いは喜んで乗りますけど!」


 あー。世話見られちゃった。


「冷凍もあるから大丈夫なのに」


「ダメダメ!パイセンがバス乗るまで見張るっす、駅前もこんなだし!」


 駅前はチョコレートだらけだ。


 過保護な後輩に帰るまで世話される俺。


 残念ながらBLには見えん、オッサンのデブを世話する子供好きのお兄さん・新田くんである。


「怪しいオッサンについてかないで、真っ直ぐ帰るんすよ?」


「ついてったりしないよぉ。だいたい、怪しいオッサンとは、オッサン同士だよ?居酒屋で意気投合するくらいじゃないの?」


「この世には怖い人がいるんす。」


「だれ?」


「デブ専!!」


「ひょわぁ〜!!こ……こあい!!」


 俺んちに行くバス停で、俺は新田くんから再三注意を受けた。


 そこに、着ぐるみのハートチョコさんが割り込む。


「チョコレートの試作品いかがですかぁ〜?」


 俺と新田くんは顔を合わせ、すかさず新田くんが対応。


「それ、ベルギー産?フランス産?」


「残念、イタリア産です〜。でもフランスを真似て充分美味しく作ってますんで。考案パティシエはフランス人ですし。オレンジピールとカシスミルク、ピスタチオ。試作品なんで無料です。」


 あれ?


 こんなに美味しそうな試作品、本来なら大勢群がって、俺まで回ってきたり、しないのに。


「オレンジピールとカシスミルクとピスタチオ、一個ずつくれる?仲間があと一人いるから、頼むっす。」


「はぁい。」


 その後、試作品の人は人混みに紛れてく。


 変なの。


 誰にも、あの人が見えてないみたいに、近づかないや。


 俺は、新田くんと別れてバスに揺られ、デブに嬉しい一番後ろの席についた。


 座幅!ゆとり!お腹がでっかいデブは足を綺麗に閉じるのが、とても大変なの。辛辣な眼差しを受けないのは、この席かタクシーぐらい。


 最寄りバス停から降りて、歩いて三分。


 アパートの我が部屋でひとまずゆったり。コートをハンガーにかけて、スーツをハンガーに。ユルいパジャマに着替えてから、通勤バッグの中身を開けた。


 あの、試作品のチョコレートだ。


 俺の好きなオレンジピールを貰えた。


 実は、大好物でも我慢しなきゃならなくて。食べるけどさ。


 社内いじめで過敏性腸症候群になった俺は、一度病院をタライ回しに精神科まで回されて、あれ以来、お腹をくださない献立で日々を回していた。


 うどんから開始してしばらく経ち、白菜クリームソースペンネや、お肉使うなら鶏ササミ。油はお腹で暴れるから、フライパンに敷くのはバター。これは俺が乳製品と相性がいいから、なんだって。


 大好きなニンニク増し増しペペロンチーノは封印した!


 さて、試作品のチョコレートをPCデスクに置いて、早くご飯作らないと。


 夜間の趣味、音楽作りの勉強が遅れちゃうよ。


 結局、卵が消費期限だったから、卵をメインに、鶏ササミひき肉にバジルを振ってパラパラに炒めて、卵はボールに割り入れて、卵三個につきグラニュー糖大さじ一、の割り合い。


 明日の朝ごはん分も作っちゃうよ。


 炒めたひき肉をボールに入れて、再びバジルが際立つまで振って混ぜる。フライパンは禁断の二度使い!


 と、ここで分厚い四枚切りの食パンを二枚、トースターにかけて。


 フライパンにバターを敷いて、卵を焼いていく。テフロン加工が剥がれる前しか、オムレツにはならないからね。


 オムレツとトーストが出来上がると、一つの横長の皿に両方右左分けて乗せ、テーブルに置いて、冷蔵庫からマーガリンとハインツのケチャップを出して、夕飯だ。


 俺はデブになるべくしてデブになったのだろう。美味しいものを食べてる時は、いじめのストレスなんかは空っぽで、脳内から幸せセンサーがいっぱいだ。


 明日は、新田くんが来るかもしれないから、食材を確認しながら作ったけど、大丈夫そうだな。



 discordで友達のナハトくんが、俺に教えながら、呆れた。


「あのさぁ。先にピアノ教室でも行って、楽譜覚えなよ?」


 俺はボイチェンを使って答えた。


「職場の中間職だから、早上がり出来ないよぉ〜。メロディは振ってきてて、3Dモデリングは出来てる。あとはメロディラインの再現だけ!そしたら動画!!」


 しかし、俺の目に映る楽曲ソフトは、何らかの暗号だ。ゲームがバグった時の画面、みたいな。


 ナハトくんが、ため息だ。


「天が二物を与えないって言葉があるじゃん?はぁとちゃんは、既に3Dモデリングと、イラストがあって、更にメロディまで振って来る訳。こういうことでしょ?」


 ナハトくんは俺が録音した歌声から、メロディラインをサラッと入力!


「こ!これだー!!」


「相対音感がある人に制作依頼したら?」


「同人でやりたいんだよね。仲間に欲しいなぁ。」


「同人は潰えたじゃん。今の職場選んで、本は描けなくなったじゃん。」


 なんど、ついえたとしても。


「何度潰えたとしても」


 いつか、なせる。はなは、ひらく。


「いつか成せる。花は開くよ。……て、あれ?」


 小さな女の子が、本当にフィギュアサイズの女の子が、PCデスクの上を歩いてきた。


 うんしょ、うんしょ……あ、なに、これ?


 女の子が倒れたのは、キーボード。誤入力にナハトくんが確認した。


「どうした、はぁとちゃん」


「女の子が!小さい女の子が、いる!!」


「はぁ?幼女?アパートのドアから?」


「デスクの上に!!フィギュア大の女の子が」


 パツーン!


 部屋の電気が全部落ちた。


「……ナハトくん?ナハトくん!?」


 頭が状況におっつかない。


 わかるのは、部屋に蔓延するカカオの香り、くらい?


 ほいっと!


 デスクライトだけが灯った。


 デスクの上には、あの女の子だ。


 俺は恐る恐る、尋ねた。


「電気を消したのは、キミ?」


『うん。』


「キミは……怖い、妖精なの?」


『そんなことないよ。わたしはチョコレートの妖精、チョコレートの歴史を知るもの。だから、貴方に呼応して出てきたんだよ。』


 何度潰えたとしても。


 いつか成せる。花は開く。


「ホントだ。俺の夢、カカオやチョコレートみたい。」


 妖精は笑った。笑うとかわいいな。


『わたしたち、インカ帝国では薬用飲料として、皇帝御用達ブランドだったんだ。でもね。』


「コロンブス以降のピサロ達によって、カカオは暗黒時代に入った、でしょ?」


『でも、わたしたちは諦めなかった。やがて、スペインやフランスで、カカオとミルクの配分によってショコラ文化が返り咲いたんだ。』


 微笑ましく見守った。


「スペイン皇女マリー・テレーズに感謝だねぇ。ショコラ大使だ。」


 妖精は、勇ましく告げた。


『そうだよ!だから、諦めちゃダメだ!!夢の先を信じるんだ!!聞いてたよ、本のことも!正社員が忙しくたって、毎日一ページ描けば必ず本が出せる!!』


 俺は、チョコレートの妖精に、すぐに打ち解けてしまった。


「ありがとー。そうだね、液タブだってあるし。……でも、味方ならなんで電気消したりしたの、キミ?」


『オランジュだよ!』


 ん?


『わたしはオランジュだよ!あなたは、はぁとちゃん?』


 俺は慌てて身振り手振りし、言葉を探した。


「俺は……ネット上では女の子のはぁと。然してその実態は、バレンタインに怯える太ったオッサンの鳩島巧弥でぇす。むしろ会社でいじめられてるし……」


『大丈夫!害悪から、助けるよ!!』


「いや、仕事無くなっちゃうし……ていうかナハトくんは?」


 オランジュは厳しいまなこ。


『ナハトは害悪だ!メロディラインを再現出来る癖に、客観視している!!』


「えぇ〜?オランジュ、それは偏ってるよぉ。ナハトくんはあくまで音楽ソフトの先生で、」


 言葉半ば、オランジュはPCを起動して、ピアノのメロディラインを作ってみせた。


 入力してないし、どういうこと?


 オランジュは歌い出した。


 ゾッとするほど、理想の声だった。幼くて、無垢で……。


「あ、あのさ、オランジュ!ピアノのメロディライン付きで、歌ってくれない?録音したい!」


 オランジュはニッコリ笑った。


『いいよ!オランジュは、巧弥の味方だよ!』



 PCから、discordの通知が来ている。


 アカウント名は、ナハト。


 アイコンは白い髪の少年で、クールで冷めた態度が売りの配信者だ。


 PCチェアは倒れている。


 男が一人、仰向けに倒れていた。


「あたたたた……あれ。俺……」


 オランジュの思い込みが、ナハトに一撃食らわせたのだ。


 偏ったオランジュからして、害悪、だからだ。



 録音して、完成した音源が素晴らしくて、俺は朝近くまで作業して、朝焼けを見て慌ててベッドで仮眠した。



 今朝の起床アラームは、一段とやかましい。


 俺が朝ごはんのトーストを焼きながら、昨晩のオムレツの残りをレンチンしていると、肩にフワリとオランジュが降りた。


 ……夢じゃなかったんだな。


『巧弥はチョコレートがあるでしょ?』


 そういえば試作品、まだ食べてなかった。


「でも、アレ食べたら、オランジュが消えちゃわない?」


『ううん。オランジュは巧弥の力になるよ。わたしの声も、相対音感も。』


「…………。」


 いけないことだ。


 オランジュの才能目当てでチョコレートを食べるなんて。


 オランジュの、死に等しい。


 いけないことだ。


 俺は試作品のチョコレートの包みを剥いた。


 母さんは言ったじゃあないか。


 禁じたお菓子はいけません。


 俺はチョコレートを貪り食っていた。


「おいひい……オランジュ、忘れないよ……。」


 大人になれない自分が情けない。


 俺は我に返って、窓から道をゆくお菓子たちを見た。


「あ……れ?」


 俺は朝メシを齧りながらずっと、窓の外を見ていて、やがて通勤スーツに着替えて、カバンを持ってバス停へ。


 わ、わあ。


 等身大の、チョコレート達だ……。


 チョコレート菓子たちが、俺の後ろに並んでいく。


 お菓子のバスが到着して、俺たちはホットケーキの上に座った。


 景色は楽しくもあり、怖くもあった。


 俺は、おかしくなったのかな。


 駅前に着いた。


 会社は、どうなってるんだろう?


『巧弥ったら、寄るところがあるでしょう!?』


 オランジュの声に、俺は辺りを見回した。


「……チョコレート買って行こうかな?新田くんと非リア同士で食べる用に。」


 俺はお会計を済ませて、会社のビルに入った。


 チョコレート細工のお菓子たちが、仕事をしている……?


 同僚、なのか?


 もしかして人間が、チョコレートに見えてる?


 あっ、鈴鹿くん。


 鈴鹿くんはきちんと俺にも人間に見える。既にたくさんの紙袋を足元に置いて困ってるみたいだ。


「鈴鹿くん、鈴鹿くん!」


「あ?肥満児先輩?」


「俺、周りがチョコレートに見える。鈴鹿くんだけは人間だった……もしかして試作品チョコ食べた?」


 鈴鹿くんは困惑した。


「え、周りがチョコレート……ラリってる?俺だけ人間??」


「チョコ食べた!?カシスミルクか、ピスタチオのはずだよ!!」


「えっ、デスクに置いてあったイタリア産のピスタチオ?食ったけど。イタリアンドルチェが好きだし……」


 やっぱり!


「あの試作品チョコレート、何か関与してる。俺はオレンジピールを食べた瞬間からこう、もはや周りが何喋っててもわかんないんだ。」


 鈴鹿くんは腕を組んだ。


「……ガチ臭ぇな。周りは女共が順番待ちしながら、肥満児先輩の悪口大会だ。普段なら、ビビって逃げるだろ、アンタ。」


 頭の中で、オランジュが叫んだ。


『害悪だ!!』


 俺は怒りに飲まれて、チョコレート女子社員から紙袋を次々とぶんどった。


「悪口言うなぁッ!!お前のチョコレート、俺が食っちゃうかんなぁッ!!!」


 チョコレート女子社員達は逃げ出した。


 鈴鹿くんが笑った。


「ハハッ!超怖がられてたぜ?肥満児先輩には、丁度いい副作用じゃん!やられたらやり返すくらいじゃねぇとな!」


 俺は頭をかいた。


「いや、でもこのチョコは鈴鹿くんのだよ。なんでこんな……これ、オランジュ……?オランジュの怒りとリンクしたの、俺?」


 鈴鹿くんが聞き返した。


「オランジュって?」


「オレンジピールチョコレートの妖精。その子の才能が欲しくて、俺はチョコを、食べちゃった……死んだと思ってたオランジュは、」


「……おい!!」


 鈴鹿くんが立ち上がり、駆け出した。俺も振り向いた。


 新田くんだ。新田くんが、チョコレートに囲まれている。


「自分のした事を棚に上げて、鳩島先輩だけが悪い訳ないでしょ!?」


 徐々に、チョコレート達の言語を理解し始めた。


 オンナノテキ。


 オンナノテキ。


 背の高いチョコレート菓子が来た。


 キイテミレバ、シゴトシカノウガナイヒマンジガ、ヒトサマノチョコレートヲウバッタッテ?


 ワガシャヲオトシメルナ。


 ニッタクンハ、ユイイツ、ヒマンジトナカガイイ。


 新田くんは相手を見て青くなり、慌てて土下座した。


「荒垣専務、見逃してくださいす!鳩島先輩は、いじめられてるだけなんすよ!なんで、公平に見てくれないんすか!!」


 背の高いチョコレート菓子は、新田くんの頭を踏み荒らした。


「新田くん!!」


 ワタシノクツヲナメロ。


 すかさず飛び出した鈴鹿くんは、新田くんを救助し、吐き捨てた。


「夢を作るゲーム会社に入社した時の喜びは、馬鹿だったな?ここは汚染された吐き溜めだ!良いゲームなんか生まれっこねぇよ!」


 ジヒョウトミナシテ、イイノカネ?


「…………」


 ゲンジツハゲームジャナイ。


 ソウイウミワケガツカナイワカモノバカリ、ニュウシャスルカラ、ウマクイカナイ。


 オトナニナレナイキミタチミタイナヤツバカリダ。


『害悪だ!』


「うん。オランジュ、俺もそう思うよ。荒垣専務は、害悪だ!!」


 俺は鈴鹿くんと新田くんを庇いでた。


「夢見て入社した皆のせいにすんなよ。」


 サガッテロ、シゴトシカノウガナイ


 俺は背が高いチョコレート菓子を、力士みたいに掴み飛ばした。


「鳩島先輩!」


「仕事しか脳が無くたって、自宅で動画を作れる、この技術があれば!アンタみたいな努力を忘れた奴が一生手に入らない、技術は俺の宝物だ!!本当に良いゲームっていうのは、プレイヤーに影響するんだ!その人が満ち足りるゲームは、皆の夢を合わせた結果じゃあないのか!?」


 ナニモシラナイクセニ!カイシャノシキンヅクリニハ、ユメナンカヤクニタタナイ!ゴミムシガ!!


「こんな濁った会社に、人を感動させるゲームは出来ないよ。新田くん、鈴鹿くん」


「うす。」


「あん?」


「ゲーム会社を立ち上げよう。もう、ここに用はないでしょ?不発で我慢しないで、もっと高みで、楽しく作業しない?」


 新田くんは顔を輝かせ、踵を返した。


「資金が必要すね!?任せてくださいす!退職金しっかりもらってくるんで!」


「……事務所は?」


「一番広い部屋の人のうち。料理係は俺。最初は仕方ないよ。」


「ま、一から良いもん作れるなら、いいわ。」


 去り際の僕らに、地味目だけど可愛い女の子が、歩み寄った。


 あれ。


 チョコレート菓子じゃなくて、人間?


「あの……鳩島先輩……」


 女の子は市販で未開封のアーモンドチョコレートを差し出していた。バレンタインのチョコではない、お菓子コーナーのやつだ。


「くれるの?……綾瀬さん?」


 名札から名前を知った。今まで無縁だった子だ。


「バレンタインはわたしには無縁だったから、ちゃんとしたのが渡せなくてごめんなさい……あ、あの。わたしも、創立メンバーになれたらな、なんて……」


 俺はポカンと口を開けて、改めて彼女に握手した。


「よろしくね。綾瀬さん、一緒に良いゲームを作ろう。」


 綾瀬さんは柔らかに笑った。


「はい……!」



 その日は、俺ん家で新田くん、鈴鹿くん、綾瀬さんを招いて、創立記念パーティーになった。


 シェフが俺だけなので、トマト鍋に野菜、赤ワイン、豚肩ロース肉、カマンベールチーズ、更に余り物を投下したり、キリクリームチーズが消費期限近かったから、皆でパンに塗ったり。俺は鍋が煮えるまで、スモークサーモンとマスカルポーネチーズのディップを作ってた。これをプリッツで食べると良いおつまみだ。


「おいしっ!鳩島先輩て洋食なんすね。」


「いいね。」


「鷹志、いいねとは珍しいな!」


「ワインに合うからな。」


「鳩島先輩、いい事言うよね。技術は宝物!わたしもプログラミングのおかげで、自宅でBLゲーム作ってるからァ〜!」


 ワインで酔っ払った綾瀬さん、様子がおかしい。カクテルとか買っといてあげなきゃあね。


「社名を決めたり、営業回りしたり、しばらくはツテを作らないとだけど……」


 新田くんが笑う。


「海外進出も考えましょ!俺あっちにはコネがあるすから!」



 やがて、鳩島が酔っ払って寝落ちると、新田が洗い物をし、鈴鹿が赤ワインを味わっている時だ。


 鳩島から、小さな女の子の妖精が出て来て、背伸びした。


『チョコレートから恋が始まるはずが……また失敗しちゃった。わたしは落ちこぼれだ。』


 鈴鹿は、ワイングラスを回し、応えた。


「いいんじゃね。鳩島先輩は、今日、恋よりも大事なモンを掴んだ。アンタは肥満児をいい男に変えたんだよ。」


『いい男かぁ。もう、チョコレートの妖精なんか役に立てないや。』


 鈴鹿は笑った。


「チョコレートの妖精ね。鳩島には周りがチョコレートに見えてたから、戦えたのかね。」


『ピスタッシュは貴方にメロメロだし。使命を破棄してるよね!』


 鈴鹿鷹志は固まった。


「……ピスタッシュ?あのピスタチオのチョコレートにも、妖精が?」


 小さな女の子が、鈴鹿の肩に現れた。


『ピスタッシュです。えへへ。』


 鈴鹿鷹志はただ一言だけ、ボヤいた。


「Oh my gosh……」



 END

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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