八分咲き
「ただいま。」
散歩を終え、家に着いた。だが春樹からの返事がない。
たしか掃除をしていると言っていたが、終わった後出掛けたのか?いや、靴はあったから出掛けてはいないだろう。家の中にはいない、となると裏庭か?
「やっぱりここにいた…って寝てるのか。」
張り切って掃除でもして疲れたのか、僕が帰ってきたことにも気付かないほど熟睡しているようだ。
僕も春樹と向き合うようにして椅子に腰掛ける。ここは風通しがいいし、今日は天気も良く心地がいい。休憩していて眠くなってしまうのも頷ける。
優しい日差し、温かい春の風、その中をゆっくりと踊る淡い桜色の髪。僕はその光景から目を離せないでいる。
春樹から返事がなかったとき、本当は不安だった。あの夢がいつまでも引っかかっていて、ある日突然、春樹が僕の目の前からいなくなるんじゃないか。理由も話さず、僕の声に耳も貸さず。そうなったとき、僕は耐えられるのか?
「いや、たぶん無理だな。」
春樹をみつけたとき、心の底から安心した。春樹の寝顔を見た途端、不安は何処かへ消えてしまった。
本当に僕の心はどうしてしまったんだろうな。君のことになると、僕はこんなにも臆病で我儘になってしまう。
「いつまでも…君と一緒にいられたらいいな。それが叶うなら、僕は君をずっと大切にするだろう。」
きっと聞こえていない。聞こえていないからこそ言えたんだけど。もしも今のが聞かれていたら、恥ずかしさでまたしばらく顔を見れないだろうな。
春樹が起きる前にコーヒーでも入れよう。そう思い、僕は席を立った。
「…今のは反則だよ、近衛。」