五分咲き
気が付くとよく知った場所に立っていた。それは僕がいつもお茶を飲みながら、庭の桜を眺め、一息つく場所。
しかし、いつも見ているはずなのに、漠然とした違和感を感じる。いつもと同じはずなのに、どこかピースが欠けているような…あと少しで分かりそうなのに絡みつく気持ちが拭えない。
違和感の正体について考えていると、いつのまにか桜の下に誰かが立っている。僕は彼を知っている。その横顔を、その姿を、そして特徴的な香りも…。
「……っ!」
名前を呼ぼうとしたが言葉が出ず、近づこうにも身体が動かない。さっき感じた違和感はこれかと思ったが、すぐさま違うと気付く。ではなんなのか、それは目の前の存在にあった。いつもあったはずの笑った顔が、飄々とした態度が、一切感じ取れない…今にも消えてしまいそうな表情。あくまで感じただけではあるが、違和感の正体はそれだと不思議な確信があった。
そして、その違和感は現実となる。
「近衛、ごめんな。俺もう行かなくちゃ…。」
何を言っているんだ。行く?どこへ行くんだ?今は僕の家に住んでいて…それにごめんってなんだ?何を謝っているんだ?君が何をしたっていうんだ。僕は何かされた覚えはないし、何かされたとしても気にならない程度なのだろう。
君が何をしても怒らない。だから話してくれよ。勝手にどこかに行かないでくれ。君と出会ってから誰かと一緒に過ごすことが、こんなにも楽しいことなのだと知った。君がいてくれたことで、ただ小説を書くだけの人生に意味を見出せた。僕自身が気付かないうちに僕の中で君の存在は大きなものになっていたんだ。それなのにどうして消えていこうとしているんだ。
頼むからどこにも行かないでくれ。僕の傍にいてくれ…。
「春樹!!」
起き上がると、そこはいつもの寝室だった。酷く汗をかいてしまっている。どうやら、うなされていたらしい。
我ながらなんて夢を見るんだ…。思い返すと恥ずかしさがこみあげてくる。溜息を一つついた時、騒がしい音を立てて階段を駆け上がってくるのを感じた。
「近衛どうしたの!?大丈夫か!?」
春樹が部屋に飛び込んでくる。彼に聞こえるくらい大きな声を出してしまったんだな…。
心配そうにこちらを覗き込む顔、それを見た途端に夢のことを思い出し、恥ずかしさでいっぱいになる。
「なっ、なんでもない!大丈夫だから出て行ってくれ!」」
「本当に大丈夫か?顔が赤いけど。」
「う…うるさい!いいから早く部屋から出てくれ!」
それを聞くとおずおずと部屋を後にする彼。
確かに顔が赤くなっているのが分かる、非常に顔が熱い…。
「あぁそうか。よりにもよって僕は…。」
彼と過ごしてまだ間もない。お互いのこともまだよく知らないのに。
よりにもよって僕は、同性である染井春樹に……恋愛感情を抱いてしまったようだ。