一分咲き
僕は近衛、小説家だ。特に有名というわけでもないが、心優しい読者のおかげで活動できている。
住んでいる場所は自然豊かで、庭に立派な桜の木が一本。それが見える部屋が執筆をする部屋だ。桜が綺麗に咲き誇る春が一番仕事が捗る気がするし、一番穏やかな気持ちで筆を走らせることができる。
「さて…と、少し休憩するか。」
僕は紅茶を入れ直し、テラスへと向かう。見上げてば桜が空一面に広がる僕だけの特等席…のはずなのだが。
「…君は誰だい?」
いつもの場所に知らない青年。歳は僕と同じくらいか?
「誰だって?おいおい、忘れちゃったのかい?いつもここで一緒に休んでいただろ。」
青年の視線の先には桜の木。しかし、誰かと桜を見ながらお茶をした覚えはない。
「違う違う。桜を見ながらじゃなくて、俺が桜なの。」
彼はどうも疲れているらしい。
しかし彼はこの家でのこと、それもほかの人では知り得ないことを語りだした。執筆部屋でのことは特に詳しく。
「な、信じてくれた?せっかく話せるようになったのに、そんな態度は冷たいなぁ。」
まだ信じ難いが、話した内容は事実だ。それに彼を知らないはずだが、何故だか初対面な気がしない。
「…それで、なんの御用だい?」
信じるかどうかは別として、何か用があって来たのだろう。まずはそれを聞かねば。
「最近いろいろ悩んでるだろ?ちょっとでも力になりたくてさ!」
そう言うと彼は僕の元へ近づいてきた。よく知る桜の香りをさせながら。
これが彼との出会いだった。