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召喚から数時間後。
四人の異世界人は、それぞれ専用の部屋を与えられた。けれど、気が休まるはずもない。
「……一回、集まって話そうぜ」
レオの提案で、彼らはJ-3101を含めた四人で、一室に顔を合わせた。
丸テーブルを囲んで座るが、誰も何から話せばいいか分からず、数秒の沈黙が流れる。
「ええと……この世界のこと、マジで全然分からないね……」
ルナが、ようやく口火を切った。
「だな。魔王だとか世界の危機だとか言われても、どこまで信じていいのか分かんねぇし。何ができるか、何をすべきか、手がかりもねぇ」
リュウが頷く。
「情報が足りなさすぎるな。……じゃ、まずはそれぞれが元の世界で何してたか話すか。使える知識とか、何かのヒントになるかもしれねぇ」
「いいね!」とルナが小さく笑って頷いた。
「私は高校で、勉強を頑張ってた。えっと……特に、海外の文学作品を原文で読むのが好きで。だから英語とか、ほかの言語もがんばってたんだ。……たぶん、この世界の言葉も、そのうち慣れれば読めると思う」
「おお、頼りになりそうだな」
レオが感心したように言うと、ルナは照れたように笑ってから続けた。
「勉強に慣れてるから、魔法とかも習ってみたいなって……。やっぱり、少しでも役に立ちたいし」
「じゃ、次は俺か」
レオが胸を軽く叩いて言った。
「俺は……勉強はからっきしで、テストも赤点ばっか。でも、その分部活でがんばってた! バスケ部だったから、体力と反応には自信あるぜ!」
彼は軽くガッツポーズをとってみせる。
「戦闘で使えるかは……分かんねぇけど、運動神経はいい方だと思う。……とりあえず、頭使うのは任せた! 俺は動くぜー!」
ルナが「元気なのはいいことだね」と笑い、リュウが「まあ、素直でよろしい」と肩をすくめる。
「……ああ、次は俺だな」
リュウは深く息をついた。
「俺はちっせぇ会社のサラリーマンだ。営業だよ。朝から晩まで、頭下げて、電話かけて、書類作って……って、そんな生活を十年以上続けてた」
「うわ……」
レオが絶句し、ルナが「あの、ほんとに……お疲れさまです」と心からの労いの声をかける。
リュウは苦笑した。
「ま、俺はお前さんらみたいに新しいことを学ぶのはちょいとキツいかもしれねぇ。けどな……“ガキに守られる大人”ほど情けねぇもんはねぇからよ。とりあえず、できることはやってみるさ」
その言葉に、ルナとレオは自然と背筋を伸ばす。
そして――三人が、同時に、J-3101を見た。
「……さて。ここからが本題だな」
「お前さんの話、聞かせてもらおうか」
J-3101はぽけーっと口を開けて話を聞いていたが、三人の視線に気づいて「はっ」として自分の頬をぺちんと叩いた。
「あっ、ごめんなさい。話す番ですね。わたしは……」
表情は相変わらず無垢で、声も明るい。けれどその内容は、またしても常軌を逸していた。
「わたしは、家畜です。人間の成人男性くらいまで促成させた、割とレアな個体です」
「……ちょっと待って」
ルナがぴしゃりと止めた。
「はい? なんでしょう?」
「いま、“促成”って言った? それって……“せきたてて早く成就するようにする”って意味だよね? つまり……育てる速度を無理に上げるってことだよね?」
「おっ、つまり……」
レオが眉をひそめながら言った。
「コイツ、見た目通りの年齢じゃねぇってことか?」
「ええ、その通りです! 詳しいですね、皆さん」
「……いや、昔、社会の授業かなんかで……」
ルナが眉を寄せながら言うと、J-3101は楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ、勉強の成果ですね。素晴らしいです。……あなたの言う通り、わたしは生まれてから、2――」
「2歳?!」
レオの声が裏返った。
「――ヶ月。なので、まだ0歳です!」
「0歳……」
ルナの脳内で、何かが崩れ落ちた。
リュウは思わず額を押さえる。
「つまり、お前は……人間の形して、成人男性の外見してて……中身は、生後2ヶ月の“家畜用人工生命体”……だと?」
「はい! でも、頭脳と感情制御は初期設定である程度大人に調整されていますので、会話に支障はありません!」
にこーっ。
その笑顔が、恐ろしいほど無垢で――恐ろしいほど“狂って”いた。
ルナがぎこちなく笑みを貼りつけたまま、ポツリと呟いた。
「……この子、やっぱり、異世界で一番ヤバいのでは……?」
誰も否定できなかった。