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大広間に光が収まると、召喚陣の中央に現れた四つの影がゆっくりと姿を現した。


一人は制服姿の女子高生――ルナ。驚きと恐怖を滲ませた目で辺りを見回していた。

その隣には、同じく学生服を着た男子――レオ。身構えるように足を踏ん張り、周囲を睨むように見渡している。

スーツ姿の中年男――リュウは、げんなりとした顔で「ああ……これ夢じゃねえのか」とぼやいた。


そして、もう一人。


人目を惹いたのは、口輪のような器具を顎に装着した青年だった。肌は白く滑らかで、髪はきれいに整っており、何よりその顔には無垢な笑顔が浮かんでいる。

だが耳元には異様なものがあった。銀のピアス、そこにはこの世界では読めない文字――『J-3101』と刻まれていた。


あまりにも浮世離れしたその姿に、城の者たちの視線が一点に集まる。


「……今のは、勇者召喚の失敗か?」

「全員、人間に見えるが……あの四人目は……」

「タグ……? 口輪……? 何者だ……?」


国王は静かに手を挙げ、臣下たちのざわめきを制した。


「静まれ。彼らは他世界より招かれし勇士たち。我が王国を救うために、その力を借りると決めた者たちだ」


魔術師が震える声でうなずいた。


「はい、陛下。確かに……『異世界』と繋がり、彼らを呼び寄せました。おそらく、すべて“ニホン”という名の国がある世界から来ております」


「……ならば、順に名を名乗るがよい。そなたらは、我が世界の希望だ」


促され、女子高生がそっと手を挙げた。


「わ、私は……ルナ。普通の高校生で……たぶん、日本から来ました」


「俺はレオ。状況はよく分かってないが、危険があるなら戦う覚悟はある」


「……リュウと申します。会社員、ってやつでして。召喚されるなんて聞いてねぇし、転職先が魔王討伐ってのはさすがに想定外だが……まあ、やれることはやりますわ」


国王はうなずき、最後の青年に視線を移す。


「そして、そなたは……名を聞かせてくれ」


青年はぱあっと笑みを浮かべ、素直に頭を下げた。


「はい、私はJ-3101です!」


「……それは、名ではないな。記号ではないか?」


「はい、私は名前を持っておりません。管理番号で識別されています」


「なぜ名前がない? 人として、名を持つのは当然であろう」


「私が“家畜”だからです」


場の空気が凍りついた。


「……家畜、だと?」


「はい。私は人間ではなく、“食用に造られた人工生命体”ですから」


その言葉に、ルナは青ざめた顔で小さく悲鳴を上げた。


「やだ……うそ、食用って……?」


J-3101は首を傾げ、ルナに無邪気な顔で尋ねる。


「どうしましたか? 私、何か失礼なことを言ってしまいましたか?」


リュウがすかさず声をかける。下手に刺激しないよう、慎重に言葉を選んだ。


「あー……そのな、J……って呼んでいいか? 俺らの住んでたとこじゃな。人間と同じ姿のやつを食うって文化はねぇんだよ」


「そうなのですか?」


「たぶん、この嬢ちゃんも、坊主も俺も、そういう話を聞くと“怖い”って感情が出ちまうんだよ。だから、今みたいなこと言われたら、ちょっとビビっちまうのは、まあしょうがねぇわな」


「ああ、なるほど。カルチャーショック……というものですね」


J-3101は、コクリと頷き、頭を下げた。


「驚かせてしまい、申し訳ありません。以後、配慮いたします」


そこまでは丁寧な謝罪だった。だが――次の言葉で、空気はさらに冷え込む。


「でも、きっと私は、とっても美味しいですよ」


「………………」


沈黙。

ルナが目を見開き、レオが絶句し、リュウが「……ん?」と眉をひそめる。


「はい、私、自分の肉質には自信があります。脂肪と筋肉のバランス、化学調整も最適で、組織ごとの味の分布もよく設計されていますし、香り成分の拡散にも工夫があると説明されました。私の育成担当者が『最高級ブランド個体』と評価してくれたことがあって、それがわたしの自慢なんです……ふふっ」


笑った。

本当に、何でもないことのように。


「……J、お前……今、それ、冗談で言ってる……わけじゃねぇんだよな……?」


「はい? 冗談……? いえ、本当のことですが」


城の者たちは、もう青年を直視できなくなっていた。

あまりに無垢なその笑顔が、逆に底知れない恐怖を呼び起こす。

言葉は丁寧で、態度も礼儀正しい。けれど、どこか“決定的に違う”何かがある。


国王は、手を組み、沈痛な面持ちで呟いた。


「……これは、勇者なのか……? それとも、我らが“呼び込んではならぬもの”だったのか……」


そして、J-3101は今もにこにこと、無垢な笑顔をたたえたまま、静かに控えていた。

その耳に揺れるタグが、ただの飾りではないことを――全員がようやく理解し始めていた。


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