07 出会う二人
「あ………」
「あらまぁ、」
レミリアがアントンの恋人であるエロイーズと初めて出会したのは離縁の申し出を受けて四日目のことだった。いつも通りに起床して身の回りのことを済ませたレミリアの前に、ちょうど朝帰りをしたアントンが現れたのだ。どういうわけか、エロイーズを引き連れて。
「彼女がエロイーズ様ですか?お噂通り美しい方ですね。朝食はもうお済みで?」
黒い毛を肩下で切り揃えたエロイーズは驚いた様子で隣に立つアントンを見上げる。それを受けてアントンは咳払いをした後、口を開いた。
「ええっと……エロイーズ、実は妻は僕たちの関係を応援してくれているんだ。とても理解がある人でね、離縁も快く承諾してくれた」
「そうなのですね……」
頷きながらエロイーズはアントンのシャツをそっと掴む。「早くこの場を去りたい」もしくは「この人怖いわ」という意思表示に見えた。
彼女がもしも後者の感想を抱いたのなら、女の勘は鋭い方なのだろう。
「すまないね、レミリア。離縁するまではプライベートを家庭に持ち込まないようにしていたんだが、出掛けた先でエロイーズの体調が悪くなったんだ。ちょうど屋敷の中も見てみたかったそうだから、連れて来た」
「まぁまぁ。アントン、ここは貴方のお屋敷ですよ。それにその言い方だとまるで家は貴方にとってプライベートではないみたい」
言いながらふふっと笑うと、アントンはハッとしたように顔色を変える。実際のところ今の彼にとっては落ち着ける場所ではないようだ。
「と、とにかく、僕たちは部屋に籠るから!何かあれば使用人に言い付けてくれ」
「ねぇ、貴方」
去ろうとする背中に声を掛けた。
立ち止まった夫は不快そうに振り返る。
「私がお願いした件は考えていただけましたか?離縁に対して異論はありませんが、私も色々と後ろ指を指されることになります。手切れ金として……」
「あぁ!分かっているさ、土地の権利書だろう。サインはしてあるから近いうちに使用人に渡しておく。役所への提出は君の方でしてくれ」
「土地?」
その時初めて、黙って聞いていたエロイーズの顔がパッと明るくなった。アントンは気付かないのか、鬱陶しそうに頭を掻きながら恋人の問い掛けに答える。
「妻は僕が所有する土地の半分を要求していてね。べつにどうってことない。シンプソン公爵家には土地以外にも資産があるし、新天地で彼女が家でも建てたいなら、それぐらい僕は目を瞑るよ」
「ありがとうございます。貴方がそう言っていただけると私も助かるわ。では、後はごゆっくり」
レミリアは膝を折ってお辞儀をする。
ゆっくりと反対方向に去って行く二人の足音を聞きながら、口元に浮かんだ笑みをそっと指先で隠した。