03 計画する二人
「えっ、このハンカチを彼女に……!?」
アントンが素っ頓狂な声を上げるのを見て、レミリアはにこりと頷いた。
「ええ。お相手の女性と今度お食事に行かれた際には、是非こちらを贈り物として差し上げてください。ハンカチであれば重たくもないですし、誰でも使うものなので喜ばれるでしょう」
「き……君がここまで気遣いが出来る妻だとは思わなかったよ。しかし、妻から持たされたプレゼントなんて受け取ってくれるだろうか……」
「あらあら、私からだなんてお伝えしてはいけません。ご自身で選んだという体でお渡しください」
「それでは嘘を吐くことになる」
「相手を思い遣った嘘なら、神様はきっと許してくれますよ」
そうかもしれないな、とアントンは納得したのか満足そうな顔を取り戻した。レミリアはほっとして胸を撫で下ろす。せっかく買って来たハンカチが無駄になってしまっては勿体無い。
「ところで、お相手はどんな方ですの?」
「え?」
アントンはまたもや驚いた顔を作る。
その顔がすぐに照れたように赤く染まった。
「相手は……名前をエロイーズといってね、学園のマドンナみたいな女性だった。四月の風のように甘く、八月の海のように情熱的な……」
「ふふっ」
「どうかしたか?」
「いえ。貴方は本当にお相手のことがお好きなのですね。真実の愛、実ることを願っています。ちなみにその方はご兄弟は……?」
「それが居ないんだよ。だから彼女は天涯孤独なんだ。男爵家の跡取り娘だから、両親は生前から強く結婚を望んでいたようだけどね」
「あらまぁ、」
しんみりと語るアントンにレミリアも同調を示す。
その時ちょうど部屋に入って来たメイドは、困惑した顔で二人を見た。おそらくアントンから使用人たちにも離縁の話が伝えられたのだろう。これから違う人生を歩む自分たちが、テーブルを囲んで和やかにお茶をする姿は確かに異様かもしれない。
レミリアはカレンダーを見遣る。
与えられた猶予は二週間。特に親しくしていた使用人にやレミリアの口からも事実を話したが、皆揃ってショックを受けたような素振りを見せた。中には親切に「考え直すように頼むべきでは?」とアドバイスをくれる者も居た。
しかし、レミリアはアントンに泣きつこうとは思っていない。三年寄り添った夫がようやく見つけた真実の愛とやらを、全力で応援すると決めたから。
「そういえば、このハンカチの隅に入った刺繍はなんだ?緑の葉が白い花に絡んでいるが」
「クローバーです。二人に幸運が訪れることを願って」
「本当に君は…… 怖いぐらい献身的なんだなぁ。こうもとんとん拍子で話が進むと末が恐ろしいよ。世の中には離縁を拒否する妻も多いと聞く」
物分かりが良くて助かるね、と軽やかに笑うアントンに倣ってレミリアも微笑む。目線の先には四つ折りにされた水色のハンカチがあった。薄いベビーブルーの布地に刺繍されたのは、白い小さな花と、それに寄り添うような四つ葉のクローバー。