02 会話する二人
レミリアの朝は早い。
太陽が昇る少し前に起床して、顔を洗い、着替えを済ませる。気を利かせたシンプソン家の使用人たちが「是非お手伝いを」と申し出て来たこともあったが、付き合わせるのも悪いと思ったし、断った。
それから食堂へ向かい、寝ぼけ眼の料理長にコーヒーを一杯お願いして、朝刊に一通り目を通す。料理長は屋敷に寝泊まりしている比較的高齢の男なので、彼もまた朝方の人間だった。
「奥様、ミルク多めのコーヒーです」
「ありがとう。一緒にどう?」
「仕込みがあるので私は結構。それにしても旦那様は昨日も遅くまで出歩いていたようですよ。少し注意した方が良いのでは?」
あくまでも使用人である彼がレミリアに意見をするのは珍しい。それほど目に余ることだったのだろうか。
「大丈夫よ。実は私たち離縁することにしたの」
「あぁ、なるほど。………え?」
一度は納得した様子を見せたものの、料理長は白く染まった眉を片方上げて驚いた顔を作る。厨房へ戻ろうとして半分ほど回転させていた身体を無理矢理に戻して、男はまたこちらに向かって来た。
「どういうことですか!?離縁なんて……!」
「そんなにビックリすることじゃないわよ。アントンに言われたの、真実の愛を見つけたんですって」
「何をそんな悠長に!真実の愛もへったくれもあるもんですか!奥様と旦那様はご夫婦なのですよ!?」
「今どき珍しい話じゃないわよ。価値観の違いとか、性格の不一致とか……それぞれいろんな理由があって離縁するんだから」
淡々と話すレミリアのそばで、料理長は今にも泡を吹きそうな表情で目を白黒させる。
寡黙だったこの年配の料理長がここまで会話してくれるようになったのも、三年という月日の中で関係が構築された証拠だろう。毎日せっせと挨拶を交わして、親しくなりたいとアピールした甲斐もあったかもしれない。
「お……奥様はどうされるのですか?」
「うん?」
「旦那様が離縁を望んでおられるなら、奥様はこの屋敷を出て行くのですか?」
「うーん、そうねぇ。当主がアントンである限りはシンプソン邸も彼のものだから、流れとしてはそうなるでしょうね」
「あぁ……なんということ」
嘆くように言って料理長は片手で目元を押さえる。レミリアはその様子を見て口を開いた。
「あらあら、まだ悲しむのは早いわよ」
「しかし、」
「アントンから二週間の猶予をもらっているの。私なりに彼のサポートをしようと思ってね。相手の女性のためにも、今のままの彼は差し出せないわ」
「はぁっ!?」
驚きを通り越して呆れのような表情をする白髪の料理長の前で、レミリアはコーヒーを飲み干してカップを手渡す。
「妻たる者、夫の真実の愛は全力でサポートしないと」