19 ホークス・レコルテ2
エイドリアン・シンプソンが亡くなった時、レミリアはたった一人で病人のそばに居た。具合が悪化したことで、医者に連絡を入れるために使用人たちは走り回り、冷たい水やタオルの準備で、たまたま皆が出払っていた。
意識が消失して反応が返ってこなくなり、温かかった手のひらが動かなくなるまでの過程を、息を潜めて一人で見守っていた。
出来ることはなかった。
カーテンを目いっぱいに開けて、義父の好きな庭の様子が目に入るようにしていたが、双眼が閉じていればもう何も見ることは叶わない。
何も出来ないままに人間が命を引き取るというのは不思議なことで、自分のせいではないと分かっていても、レミリアは自責の念を抱いた。掛ける言葉が違えば、効果的なマッサージが出来れば、あと一分でも一秒でも彼は長く生きられたのではないかと思うと、やるせ無い気持ちが胸を締め付けた。
レミリアはこの経験を夫には伝えず、使用人や友人にも言わなかった。言葉にするのは難しかったし、誰かを責めたいわけでもなかったから。
「きっと、幸せな最期だったんだろう」
義父の葬儀後、ただ俯いて参列者に頭を下げるレミリアにそう言ったのは、その頃はまだ仕事を頼む関係ではなかったホークスだった。義父のエイドリアンは街ではそこそこの有名人だったので、ホークスも薄い繋がりはあったのだろう。
皆が形式ばったお悔やみの言葉を並べる中、ホークスだけはレミリアの前でそんな感想を述べた。見てもいない故人の死に際について言及するなんて変わった人だと思ったけれど、その言葉は自分の中の重たいしこりを少し柔らかくした。
だから、いつものように朝刊を読む中でホークス・レコルテという名前を見つけた時は胸が跳ね上がったし、彼が弁護士であると知った後はすぐに電話を掛けて仕事を依頼した。今思えば、なかなかの行動力だったと思う。
葬儀では、気怠そうな煙草臭い男という印象が強かったホークスだけれど、会話を重ねると、彼がいかに依頼者のことを真摯に考えているか分かった。誰かのために自分を削ってまで一生懸命になる人を、レミリアは初めて見たし、無骨ながらその真面目な姿勢には好感が持てた。
いつの日か、寂れた街の一角にある事務所を訪ねるのは、レミリアにとって密かな楽しみになっていた。
夫であるアントンに隠していたことがある。
彼が見つけた真実の愛を、レミリア自身もまた見つけていたこと。気付いたその気持ちを、墓場まで持って行くと決めたこと。そして、離縁を提案された時、ショックよりも安堵の方が大きかったこと。