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旦那様、その真実の愛とお幸せに  作者: おのまとぺ
第二章 隠された真実の愛
18/63

18 ホークス・レコルテ1



 久方ぶりに訪れたホークスの事務所は、相変わらずの姿で寂れた街の一画にあった。壊れたベルを何度か押してみて、やはり反応がないことを確認した上で、レミリアは横にある細い階段を登って行く。


 木製の扉を三度ほどノックしたところ、机の上で眠っていたのか少し寝癖のついたホークスが顔を覗かせた。



「…………何か飲んで行くか?」


「温かい紅茶を一杯お願いしようかしら。ドーナツを買って来たの。一緒にどう?」


「シナモン以外なら」


 変わらない嗜好にレミリアは小さく笑って、部屋の主人の後を追う。棚という棚に本やら書類の詰まったバインダーが所狭しと並べられた事務所は、埃と古い書物の匂いがした。


「頼まれた雇用契約書だが、特にこれといった不備は無かった。このまま再契約の時まで保管しておけば良いと思う」


 バサッと渡された書類は確かに重く、レミリアは両の腕で受け取ってから中身を確認する。見慣れた使用人たちの名前の隣には自分がつい先日押した印があった。双頭の鷲が描かれたシンプソン公爵家の当主印。


「そう…… 仕事が早くて助かるわ。雇用主が変わるから契約書を作り替える必要があるなんて、貴方が教えてくれるまで知らなかった」


「姓はそのままでいくのか?離婚するんだから旧姓に戻すことだって出来たのに」


「そうねぇ。お義父様の爵位を継ぐ以上はシンプソンの姓を守った方が良い気もするの。変な話だけど、私なりの義理よ」


 差し出された紅茶に視線を落としたままでそう言ったレミリアの上から、心配そうな声が降って来た。


「随分と忙しかったんだろう?」


「ふふっ、ホークスには隠し事が出来ないわね」


「あんたの顔に書いてあるよ。手が回らないなら、頼れる人間に助けを求めた方が良い。当主様が倒れでもしたら、それこそ本末転倒だ」


「そうね………」


 助けを求めたら、手を差し伸べてくれるだろうか。


 ぼんやりとした頭でそんなことを考える。

 人の良い彼のことだから、嫌味を言いながらでも必要以上に働いてくれるのだろう。一度はすれ違ってしまったけれど、結局ホークスは離縁後に手紙をくれた。それは近況を心配する内容で、彼の優しさを表している。



「アントンの恋人に言われたの」


「………?」


「この歳になると子供の頃みたいに無邪気に行動出来ないって。その通りだと思うし、同意したわ」


「違いないね、俺たちは不自由になった」


「変な話よねぇ…… 時間もお金も、昔より好きに出来るはずなのに、どうしてかいつも縛られているような気がするわ。何も考えずに、生きられたらどんなに良いかしら」


 レミリアは言いながら顔を上げる。

 ぷかぷかと煙草を蒸すホークスと目が合った。


 短くなった煙草が口元から指先へと移動して、彼が何かを口にしようとした時、部屋の扉が開いて助手の男が顔を覗かせた。二、三言会話すると男はまた頭を下げて部屋を出て行く。


「悪いな、出掛ける用事が入った。何かあればまた連絡してくれ。それと、これは提案なんだが……」


「なに?」


 聞き返すレミリアの前で躊躇うように弁護士は目を泳がせる。ホークスらしくない仕草。


「今後、シンプソン公爵家の相談事は別の弁護士に当たってくれないか?」


「え……?」


「見ての通り、うちは小さな事務所だ。もともと平民専門でやっていたが、新聞を見てあんたが連絡して来たのが始まりだっただろう?知り合いで貴族を主な顧客にしている優秀な弁護士がいる。よければ紹介状を書くから、」


「迷惑だった?」


 止まった思考の中で、咄嗟に言葉が飛び出た。


 ホークスはハッとしたように目を見開く。

 今の自分がどんな顔をしているのか分からないけれど、知らない方が良いような気がした。随分とひどい顔なのだろう。これ以上何かを言えば、きっと親切な友人を困らせてしまう。



「あんたが居ると……仕事にならないんだ」


 静まり返った部屋の中で低い声が響く。

 短い謝罪を伝えて、レミリアは逃げるようにその場を去った。




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