17 使用人は見た◆ユミル視点
成人した時から数えて二年間お世話になった公爵邸で、大事件が起きました。
旦那様が出席なさった同窓会で恋に落ち、奥様に離縁を申し立てたのです。奇しくもそれは夫婦の結婚三年目の祝いの場であり、信じられないことに奥様は提案を受け入れました。
私のような一介の使用人には到底理解が及びません。普通の一般家庭ではないのです。ここは公爵家のお屋敷、そして奥様は外で働いたこともない箱入りの娘です。それは貴族女性なので当然のことで、奥様を責めているわけではありませんが、三年も人生を共にした相手を容易く切り捨てられる旦那様にはショックを受けました。
奥様は旦那様の恋を「真実の愛」と称していました。真実であろうと、虚偽であろうと、妻帯者である旦那様が他所の女性を愛すなど言語道断。決して許されることではありません。
私は使用人仲間と顔を突き合わせて何度もこの件に関して議論しました。雇い主である公爵夫妻の離縁は、私たち使用人の今後の身の振り方にも大いに関係するのです。ある者は奥様に付いて行くと宣言し、また別の者は雇用を保証してくれるならこのまま公爵邸に残ると言いました。
私は最後まで、自分がどうするべきなのか分かりませんでした。しかし、奥様は二人でお話しした際に私に大切な指輪を預けてくださったのです。「やり遂げるところを見守っていてほしい」と。
そして、その言葉通り、奥様はご自身ですべての決着をつけました。私たち使用人が勝手な心配を寄せる裏で、奥様はひとり行動を起こしていたのです。何も知らずに心中を察して「ああでもないこうでもない」と無駄口を叩いていた自分が、ひどく情けなく思えました。
今ならば分かります。
奥様の行動の本当の意味、守りたかったもの。
「ユミル、今日は手紙はあった?」
「はい、奥様。エバートン公爵家からご子息のお誕生日会への出席願いと、ゴルベ伯爵家の当主がお亡くなりになったという知らせ、それに、奥様のご友人のガレット様よりお手紙が…… あ、あとはアントン様とヘイズ様から抗議状も何通か……」
「他にはない?」
私は両手に抱えた手紙の束を指で選別していきます。毎日のように届く前当主アントン様からのお手紙は、今では大きな箱を埋め尽くすほどの量になっていました。それはきっとここ数日の奥様の睡眠の質を悪化させている原因であり、私は以前にも増して食の細くなった奥様の体調が心配です。
親指を動かした弾みに、手紙のうちの一つが床にはらりと落下しました。それは白い封筒のシンプルなもので、差出人を見て思わず声を上げました。
「あっ、奥様!弁護士のホークス・レコルテ先生よりお手紙が届いております」
「………!」
そのとき、ふと奥様の頬に赤い色がさしたのを私は見ました。旦那様との離縁以降、人形のように白い顔を変化させなかった奥様が、喜びのような表情を見せたのです。
「いただくわ。少し一人にしてもらえる?」
私は素早く頷いて部屋を去りました。
手紙の内容はもちろん気になりましたが、せっかくの奥様の楽しみを邪魔するわけにはいきません。誰であれ、何であれ、今の奥様を良い気分にしてくれるのなら素晴らしいことです。