13 再会する二人
「それで?どうして私を呼んだの?」
久しぶりの再会だというのに、一つに束ねた長い金髪をバサッと背中に流した女は表情を変えずにそう尋ねた。
デミルカ・ブラウンはレミリアが唯一他人に胸を張って友人であると紹介できる人間だ。アントンとの結婚式にももちろん呼んだし、デミルカの息子であるピノキオの誕生日だって毎年祝っている。大きな病院をいくつか経営するブラウン伯爵を夫に持つ彼女は、変わらず良き妻をしているようで。
ここのところ長い間顔を合わせていなかった二人がお茶をするに至ったのは、レミリアが声を掛けたからだった。
「貴女って高熱で死に掛けても電話の一つも寄越さないんだもの。まぁ、元気で居るなら良いんだけど、年に数回の茶会でしか生死の確認が取れないなんてなかなかにこっちは心配よ」
「ありがとうね、デミルカ。見ての通り私は元気よ。最近ちょっと肩が凝ってるけど、そのうち治ると思うわ」
「夫の病院を紹介しましょうか?」
「ううん、大丈夫。色々と忙しくてね、自分のことに時間を掛けている場合じゃないの」
デミルカはハッとしたように固まる。
そして、内緒話をするみたいに片手を口元に寄せた。
「もしかして……おめでた?」
「あらあら、その逆よ。離婚することになったの」
「なんですって!?」
この話を聞いたおおよそほとんどの人が発する第一声を例に漏れずに友人も叫んだ。カフェのウェイターが驚いたようにこちらを振り返る。
デミルカは目を大きく見開いたままで、今度は両方の手で赤く縁取られた唇を隠した。これ以上何も叫ばないために、だろうか。レミリアは息を吸って、ひと思いに話し始める。
「アントンがね、真実の愛を見つけたんですって。結婚三年目のお祝いの場で言われたの。相手は彼の同窓生で、両親に先立たれて支えが必要みたい」
「みたいって……そんな……!」
「受け入れようと思ってるわ。彼の気持ちが自分に戻ってくるなんて期待できないし、一度自分から離れた人に縋るほど私は馬鹿じゃない」
「ねぇ、レミリア……淡々と話してるけど貴女は大丈夫なの?二人のことは分からないけれど、私が見てきた限りでは貴女たちは上手くいっていると思っていたわ。賢い女ぶらなくて良いから、もっと本音で話しなさいよ」
「本音………?」
机の上のただ一点、テーブルクロスに散りばめられた青い花の一つを見つめて話し続けていたレミリアは、デミルカの言葉に顔を上げた。自分が今まで表していた感情は、他人からみたら格好を付けた綺麗事に聞こえるのだろうか。
ふとまた、ホークスに言われた言葉が浮かぶ。
彼は何故か、レミリアがアントンに対して未練を見せなかったことに怒っているようだった。情がないとまで言われたから流石に傷付いた。
「本音……か分からないけど、親しくしていた弁護士とギクシャクしているの。それは悲しいと思う。私はアントンや相手の女性、自分の幸せなんかを考えて最善の答えを出したつもりだけど……何か間違っているのかしら?」
「それって前に言ってたシンプソン公爵家のお抱え弁護士のこと?ほらあの、平民の」
「ええ。明け透けなく話してくれるし、忖度もないから気に入っていたの。だけど、私は彼を怒らせてしまったみたい」
「レミリア……貴女って本当に、」
何か言おうとしたデミルカはそのままグイッと紅茶の入ったティーカップを傾ける。レミリアは黙って、目の前で友人が二つのドーナツを立て続けに口に入れるのを眺めていた。
チョコレートにシナモンシュガー、異なる二つの丸い輪っかを咀嚼してお腹の中におさめると、デミルカはナプキンで口元の砂糖を拭った。
「先ずはしっかり離婚なさいな。その弁護士の彼との仲直りは、すべて綺麗になってからの方がいいでしょうね。言いたいことは包み隠さずに言った方が良いわよ、男って行間を読むのは得意じゃないから」
「言いたいこと……?」
「貴女の顔には書いてあるわ」
デミルカは薔薇の模様が入った金色のコンパクトミラーを鞄から取り出して、レミリアの前でパカッと開いて見せる。そこに映った自分の顔を見て、レミリアは静かに息を呑んだ。