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旦那様、その真実の愛とお幸せに  作者: おのまとぺ
第一章 真実の愛を見つけた夫
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12 微笑む二人



 運ばれて来た紅茶が最適な温度に差し掛かる頃、エロイーズはやっと口を開いた。ツヤツヤとした唇が目の前で動くのをレミリアは見つめる。



「こんな形で訪問するのはどうなのかって少し悩んだのよ。きっと、あまり良い気はしないでしょう?」


 そこで言葉を止めて、エロイーズはレミリアの反応を窺うようににっこりと微笑んだ。胸の内でチリッと何かが燃えるような熱を覚えたので、静かに息を吸う。冷静にならなければいけない。あくまでも、今はまだシンプソン公爵夫人として冷静に。


「とんでもございません。夫の友人は私の友人、彼の想い人であるエロイーズ様は私にとっても尊重すべきお方ですから。焼き菓子なども召し上がりますか?」


「まぁ、気が利くのね。だけど焼き菓子って苦手なの。パサパサしていて口の中の水分がなくなっちゃうみたい。ゼリーはないかしら?それか、チョコレートなんかでも良いわ」


「………どうでしょう。使用人に聞いてみますね」


 レミリアがメイドを呼び付けて茶菓子の用意を頼むのを、エロイーズはただ黙って見ていた。小さなハンドバッグから取り出した扇子で時折顔を仰ぎながら、窓の方を気にしている。



「アントンに聞かれたくない話ですか?」


 去って行くメイドの背中から目を離して向き直ると、エロイーズはギョッとしたように目を見開いた。この部屋に入って来て初めて彼女の表情が崩れた瞬間。


「や、やぁねぇ……!そんないやらしい話じゃないわよ!私はただ貴女がこれからの生活に困っているようだったから、」


 なるほど。エロイーズは前回屋敷で出会した際に、アントンとレミリアが交わしていた会話を覚えていたのだ。そしておそらく、その話の意味までも彼女なりに読み解いていたのだろう。


 ふんふん、と頷きながらレミリアは幾分かぬるくなった紅茶を飲む。ノックの音と共に入って来たメイドが差し出した皿から、葉っぱの形をしたミルクチョコレートを一枚摘むと口に入れた。


「とっても甘いわ。一口いかが?」


「チョコレートはダークチョコレートしか食べないの。糖質を気にしているのよ。この歳になると色々と子供の頃みたいに無邪気に出来ないでしょう」


「あぁ、それは同意します」


 レミリアはフッと口元に笑みを浮かべた。


「昔ならシンプルに進められたことが、大人になった今では色々な障壁に遮られて思うように出来ない…… だけど私は、そういうもどかしさも嫌いじゃないんです」


「どういう意味?」


「ゲームみたいでしょう。人生は退屈な毎日の積み重ねだけれど、たまに不条理に遭遇するから、それをやっつけて再び穏やかな日常を取り戻したときに幸福を感じられるの」


「貴女って変わり者ね。私はただ体質の変化の話をしただけよ。欲しいものはいつだって自分で手に入れるわ。それは昔も今も同じよ」


「そうですか、素直な方なのね」


 嘘偽りない感想だったが、エロイーズはレミリアをまるで幽霊でも見るような目で見た。


 窓からはさらさらと涼しい風が吹き込む。揺れる白いレースのカーテンを見遣って、壁に掛かった時計を確認した後、レミリアは客人の双眼を覗き込んだ。



「それで、本題は何でしょう?」


「………!」


「お互い時間はないようですから、何か素敵な話があるようなら早めに教えていただきたいわ。ご存知の通り、離縁することには合意しているの」


「あ、アントンから……貴女に資産の三分の一を譲ると伺ったわ。それをどうか四分の一に減らしてほしいのよ」


「どうして?貴女には関係のない筈よ」


 問い掛けると、エロイーズは真っ赤になってこちらを睨む。


「関係あるわ……!彼が私と一緒になりたいのなら、つまりうちの家の面倒を見るということよ!我が家にはいくらかの借金があるの。アントンはそれを援助すると言ってくれたから…… もちろんタダでとは言わないわ!うちが持っている牧草地帯をあげる。大して価値はないけど、だだっ広いから噂話なんかも届かないの。この地を追われる貴女には悪くない話でしょう!」


「彼の取り分が減ると困るわけね」


 なるほど、とレミリアは頷いて唇に触れる。

 これは考え事をしているときについつい出てしまう癖だったが、今までにそのことを指摘したには弁護士のホークスだけだった。彼はきっと人間観察が上手なのだろう。



「分かったわ。提案を受け入れましょう」


「ありがとう……!貴女って素敵ね!」


「すべての資産はシンプソン家の当主であるアントンのものよ。当主印がないと動かすことは出来ないから、それだけは注意してね」


「本当に恩に着るわ!アントンも言っていたの、貴女はとっても物分かりが良いって」


「買い被りすぎよ」


 嬉しそうに踊り出しそうな足取りで部屋を出て行くエロイーズを見送って、レミリアは一人で深々とソファに腰掛けた。ズズズッと腰を沈めると革の匂いが鼻を掠める。



「………疲れたわ」


 小さな独り言は誰にも拾われずに空気に交じって消えた。




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