01 結婚三年目の二人
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
レミリア・シンプソン、二十七歳。
趣味は庭いじりで特技は整理整頓。二十二歳で出会った公爵家の息子アントンと二年の交際を経て二十四歳で結婚し、本日はそんな二人の結婚三周年を祝う特別な一日だったりする。
………が。
「昨日僕が同窓生たちとのパーティーに参加したことは覚えているだろう?卒業してもう随分経つが実に楽しかった。まるで学生の頃に戻ったような気持ちだったよ。いや、実際、戻りたいと思ったんだ」
「あら、まぁ」
「こんな話を君にするのは酷なんだが……若い頃に片思いしていた相手がまだ独り身だそうでね。両親にも先立たれて寂しい思いをしているらしい」
「貴方と同じじゃありませんか」
水を飲みながらレミリアが言うと、アントンは大きく頷きながら同意を示した。
「そう。そうなんだよ、本当にその通り。僕も一昨年に父を亡くしているから分かる。母親はもともと幼い頃に病死しているが、両親が居なくなるとやはり心にポッカリと穴が空いたように感じるんだ」
「ええ。それで………?」
冒頭の第一声を思い返してレミリアは尋ねる。
三年の付き合いの中で、夫の気持ちの変化はなんとなく察しがついた。自分だけが小さな春を見つけたような喜び、出会ったばかりの頃にレミリアに向けられていた嬉しそうな顔を、彼は今している。
「何度も言って申し訳ないが、離縁したい。今日という祝いの席に遅れて来た挙句、こんなことを言うなんて自分でもどうかしていると思う。だけど、恋はいつだって突然なんだ……」
何かの小説で使われていそうなフレーズを吐いて、アントンは暫し黙り込んだ。悩ましそうに溜め息を吐きながらもチラチラとこちらの様子を窺っていることから、おそらくレミリアの反応が気になっているのだろう。
なるほど、離縁。
結婚三年目に用意されたサプライズとしてはこれ以上にないぐらいの一級品。誕生日に純銀のフライパンを贈ってきた彼にしてはセンスがあると褒めてあげるべきだろうか。
舞台役者ばりの「僕はどうしたら良いんだ」という雰囲気を醸し出す夫の方を向き直る。妻帯者という立場でありながら、うん十年ぶりの恋に再度燃え上がる悲劇の主人公、といった感じ。ふぅん。
レミリアは何度か小さく頷いて、笑顔を作った。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
「せっかく見つけたお相手でしょう?真実の愛とお幸せに」
アントンは目を丸くして顔を上げる。
今朝方剃ったであろう髭がすでに口の周りを青く見せていることは黙っておいた方が良さそうだ。初めの頃はこういう面も可愛い人だと思っていたっけ。
「離縁は受け入れますが、二週間ほどお時間をいただけませんか?邸を去るとなれば私も準備が必要ですから」
「あ、あぁ、もちろんだ!なにも僕だって今すぐ出て行けとは言わないさ。使用人たちも寂しがるだろうから、しっかり別れの挨拶をして行きなさい」
「ありがとうございます」
先ほどとは打って変わってニコニコと上機嫌になるアントンに礼を伝えて、レミリアは頭を下げる。こうして二人は運ばれてきた食事を楽しみ、穏やかな時間を共に過ごした。
結婚三年目、最後の記念日のこと。
お久しぶりの新しいお話です。
結構気に入っているお話なので、楽しく読んでいただけたらうれしいです。アルファポリスさんの方で恋愛小説大賞に応募しています。