室町時代の一軍勢の事情 ~但馬の山、越えていく野!~
嘉吉元年、八月半ば。秋も深まり、黄色い穂が頭を垂れている。
そんな田園地帯を、一筋の川が横切る。昼前の日の光を反射しながら、水は北へと流れていく。
その川沿いの道を、ものものしい軍勢が征く。ガチャガチャポクポクと音を立てながら、日の射す山のほうへ。
「おねぇちゃん、あれなに?」
「しっ、見ちゃいけません! 頭を下げなさい!」
畦道に佇む幼い姉弟が、声を潜めて話していた。
ここは山陰地方、但馬国の端っこだ。山の向こうの国境に向かって、彼らは進んでいく。
やがて、軍勢の先頭は山道を登りはじめた。
そんな先頭集団に、「佐吉」という青年がいる。齢十八、初陣である。
(里と違うて、えらい長閑な所じゃった……)
彼の郷里は但馬北西部、二方郡の小さな漁村。北は海に面し、残る三方には山が迫る地域だ。
食うには困らないが、決して豊かとはいえない――そんな村を思いながら、彼は決意する。
(お国のために手柄、立てるぞ! そんで出世するんじゃ)
しかし、彼は“悪童”として、地元で気味悪がられていた。
「痛ってえ !? 急に槍倒すなよ、危ねえだろうが !! 」
「……すんませーん」
「何だその言い方は !? 」
「ケッ、うるせぇな……反省してまーす」
佐吉が持ち直そうとした槍が、後ろの男の腹に当たった。
雑兵用の鎧のおかげで、大事はなかったが、案の定、口論が始まった。
彼が喧嘩っ早いのは、まだいい。
人の迷惑を顧みず、仲間とつるんで悪さばかりする。そこに、家族愛や愛郷心などが欠けて見えるから、嫌われているのだろうか。
(……あんな何もねえ田舎、とっとと出てってやる)
なお、佐吉の悪友たちも従軍している。が、別々の隊に配置された。
「つるんで悪さされたらたまらないから」
だそうだ――
◇
軍勢の中ほどに、「猪作」という少年がいる。齢十四、彼も初陣である。
山道を登りながら、彼はこう考えた。
(来月には稲刈り、って大事な時に、戦? お上は何考えてるんじゃ……)
別に“お上”とて、好きで戦をするわけではない。 ……たぶん。
しかし、どのみち百姓にすれば迷惑である。働き盛りの若者を、ごっそり取られるのだから。
「田植えと稲刈りの時期を避ければよい」
「村が燃えなければ大丈夫」
などという、甘い話ではない。
生きて帰れても、無傷の者は少ない。どこかしら怪我をして、帰ってくる者が殆どだ。
傷が癒えればよいが、それまではまともに働けぬ。治るどころか悪化して、命を落とす者もいる。
心を病む者も多い。彼らに鎌など持たせたくはない。
(そんなに戦がしたければ、儂らの邪魔にならん所――京とかで、やりたい者だけで好きにやればよいのに……)
そんな世は、なかなか来ない。
「……おわっ !? 」
「おっとぉ……」
「……大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます!」
気が散っていたためか、猪作は石に足を取られ、転けかけた。それを、後ろの男二人が受け止めた。
「なら良かった。気を付けろよ~?」
「そうそう。あと、飯いっぱい食えよ!」
「はい……」
猪作と周囲の男たちは、但馬北部、城崎郡の百姓である。先ほどの川の下流に広がる、盆地の住民だ。
……ただ1人、彼の隣を歩く「喜助」を除いて。
「あの、大丈夫っすか? さっきから辛そうですけど」
「ハッ、お前みたいなザコは自分の心配してろよ!!」
「ええ……何すかその言い方?」
山道に入ってから、時折顔をしかめる彼を見かねて、猪作は声をかけた。が、喜助は大声であざ笑うだけ。とりつく島もない。
喜助の地元は、漁村だそうだ――
◇
やがて、軍の先頭は峠の頂に着いた。生野峠である。
進行方向、目の前には長閑な谷筋が広がる。
ただし、こちらの川は南へ流れる。さっきの川とは逆だ。
つまりこの生野峠を境に、南北で水の行き先が逆になる。ここは分水嶺なのだ。
谷の向こうに、また山並みが見える。敵とおぼしき芥子粒たちが、その1つに陣取っていた。国境の「真弓峠」である。
「右三つ巴の旗印……赤松軍でござる」
彼方に掲げられた、敵方の幟を見て、物見が言う。隣国:播磨は赤松家の家紋である。
……よく分かったね?
そんな軍の先頭に、後方から、男の一団が来る。
顔を真っ赤にした男が、中央にいる。息切れにしては赤すぎる。酒も見当たらないから、肌が弱いのだろうか。
(晴れたら、まだ暑いな……)
男は山名金吾。この但馬国の守護大名、すなわち最強の実力者である。
といっても、彼を知る者は、ここでは少数だ。「金吾」は都を守るもの。仕事柄、日頃は京の都にいなければならぬ。
生まれ故郷だろうと、なかなか帰してもらえないのだ。
◆
では、なぜ金吾は但馬に帰ってきたか?
一言でいえば、「将軍が殺されたから」である。
今は亡きその将軍は、「万人恐怖」といわれるほど、畏れられていた。
乱暴者ではない。むしろ潔癖が過ぎた。坊主上がりの悪いところが出たか。
「時代は変わった !! 全ての命は、尊重されねばならぬ。そんな我が世に、能無しも謀叛人も要らぬ! ……“無駄は省かれ、害ある老臣は討たれる”、そう心得よ。よいな?」
そう言って多くを殺め、恨みを買いまくった。挙げ句、幕府最長老の赤松入道に討たれた。
「儂らにとっては“怖い上様”じゃが、畏れ多くも天皇から見れば“害ある老臣”じゃったろ? だから討ち取った。 ……文句あるか ?? 」
時の天皇は、この謀叛人を許さなかった。
「一理ある、だがそれだけじゃ。彼の者を許せば、世は大いに乱れる。 ……何をもたもたしておる、早う赤松を討て !! 」
諸将が様子見している間に、赤松入道は領国:播磨へ帰った。但馬の南隣である。
かの入道を討ち取る“討伐軍”の一員として、金吾はここにいる――
◇
「儂にはよう分からんが……天皇ってそんなに偉いんか?」
「殿。偉いのと、強いのとは別物ですぞ」
そばに控える家臣:太田垣某が、金吾を諫める。
金吾は政治がわからぬ――というのは言いすぎか。しかし、彼はいわゆる軍人気質で、力に頼りすぎる節がある。
加えて、親元を離れ、京に来るのが遅かった……というのも大きい。
三男坊の彼は、亡き長兄のように、跡継ぎとして育てられてはいない。また次兄のように、早くから将軍の側に仕えていたわけでもない。
これで政治をものにせよ、というほうが無茶ではある。
とはいえ、何事にも限度がある。
「皆、喜べ。悪党赤松を討つ! ということで……京の町衆から、銀やら銅銭やらをたんまりと」
「「「『おぉ……?』」」」
「赤松討伐の前祝いじゃ! 皆にくれてやろうぞ!!」
「「「『お゛ぉ゛ー゛っ゛ !! 』」」」
顔をほころばせ、兵どもの歓声を浴びる金吾。しかしこの金、盗品である。
彼みずから指示したのか? それは分からない。
だが、彼の手の者たちが押し入り強盗を働いたのは間違いない。
この件で金吾は、幕府のお偉方たちからお叱りを受けている。
反省の色は見えない。
「殿、よろしいので?」
「なに、勝てば播磨が手に入る。かの地は日ノ本いちの米どころ。その恵みを、百姓から分けてもらえばよい」
「……左様でございましたな」
まるで“もう勝った”かのような物言いであった――
お読みいただき、ありがとうございます!
“分水嶺”って言葉を使ってみたくて書きました。他意はありません。
「嘉吉の乱」という史実を題材にしましたが、9割以上創作です。
真に受けないでくださいね……
【追記】一部修正しました
(2025/11/14)




