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episode.5

「聞いた? 渡辺わたなべさん。」


「あれでしょ? 3年の樋口ひぐち先輩と!」


「入学して一か月しかたってないのによくやるよねぇ。」



教室の端で噂話をする女子の集団は、クラスの女子の話をしているらしい。



「女子って、あーゆー話好きだよな。」



俺が噂話をする女子の集団を遠目で眺めていると、隣にいた友人の一人が話しかけてきた。「あぁ。」とそっけなく返事をすると、すぐに話題が昨夜のテレビ番組に移った。


昼休みが終わって渦中の人物が教室に戻ってきた。彼女の名前は渡辺わたなべ咲夏さな。少しだけ、周りより大人びていて人を寄せ付けない雰囲気がある子だった。


ま、俺とは別世界過ぎて一生からむことのないタイプだな。午後の授業はとにかく睡魔との戦いで内容が頭に入ってこない。太陽の光が何かに反射してキラッと光る。


シャープペンシルの金具のようだ。渡辺わたなべさんか……。ペンを持った彼女の指は少し力を入れたらすぐに折れてしまいそうな華奢なものだった。サラッと太陽に透けるような細い髪がとてもきれいで目が離せなかった。



「うわっ! 佐々ささき! 血! 血!」



視線が一気に俺に集まり、教室内がざわついた。「は? 血って?」下を向くと机の上のノートにいくつもの赤いシミがついている。「やばっ! 鼻血かよ。」咄嗟に手で鼻を押さえ、ポケットからハンカチを取り出そうとするも利き手とは違う左手だったためになかなか取り出せないでいた。



「これ使って。」



俺の机にポケットティッシュが差し出された。この手は見覚えある……。先ほどまでうっとりと眺めていたあの華奢な手だった。



「……最悪……。」



ぼそっと放たれた俺の何気ない言葉に、彼女の顔が一瞬こわばったように感じた。



「佐々ささき、とりあえず保健室行ってこい。悪いが渡辺わたなべ、立ったついでに付き添い頼む。」


「いや! 先生、鼻血くらいで付き添いとか大丈夫なんで。」



思わず立ち上がると、視線は俺と彼女に注がれていた。ついてきてもらってもアウト、彼女をここに残しても居心地の悪さは変わらない。どうすりゃいいんだよ。



「歩ける?」


「あ、あぁ……。わりい。」



グダグタと考えを巡らせてるうちに、彼女から声をかけられた。仕方ない。途中までついてきてもらって、大丈夫っつって教室に帰せばいっか。


彼女が差し出したポケットティッシュを手に取ると、教室を後にした。先を歩く彼女の後ろ姿は、凛として隙がない。



「あ、あの、渡辺わたなべさん」



大丈夫だと伝えるために呼び止めたものの、予想外に心配してかけ寄ってくる彼女を目の前にすると、もう少しだけ彼女と関わってみたいという欲には勝てなかった。



「ごめん、歩くの早かったよね。あ、頭痛かったり、吐き気があったりしない? 大丈夫?」


「いや、……大丈夫。」



保健室で汚れた手を洗ったり、保健の先生からいくつか質問されたりしてる間、渡辺わたなべさんはまどから外を眺めていた。あらかた保健室でのあれこれが終わる頃には終業のチャイムがなっていた。



渡辺わたなべさん、わざわざついてきてくれてありがとう。あと、授業ごめん。」


「大丈夫そうでよかった。」



保健室から教室へ戻ろうとすると、前から男子学生が近づいてきた。気づくと渡辺わたなべさんが俺の後ろに隠れていた。



咲夏さな? 何で隠れてるの? え、は? もしかして彼氏?」



あれ? この人って、さっき噂になってた3年の樋口ひぐち先輩じゃ……。彼氏って、俺のこと? え? この先輩と付き合ってる風な話だったような……。



「うるさい、龍臣たつおみ。」



名前呼び。そうゆうことであってるよね?



咲夏さな、このままだと付き合って間もない彼氏と鉢合わせて、恥ずかしさのあまり友人を盾にした的なシチュエーションになってるけど大丈夫?」


「な、何言って……!」



後ろからひょこっと顔を出すと、渡辺わたなべさんが俺の顔をのぞきこんだ。



「いや、俺は何も見てないし、何も気にしてないし、大丈夫なんで。」



自分の恋愛だってままならないのに、他人の恋愛なんてもっと興味ない。巻き込まれるのだけは勘弁してほしい。



「じゃ、俺部活行かなきゃだから、そろそろ行くわ。渡辺わたなべさん、本当にありがとう。」



俺は2人を残したまま午後のグラウンドへと急いだ。

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