結婚式と初夜 フランソワーズSide
「……その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか?」
「誓います」
目の前の美しい王子は、私の瞳をまっすぐに見つめて誓った。私の心臓はドクンと音を立てるように震えた。
――どうしよう。
彼は迷いの無いまっすぐな瞳で私を見つめている。
彼の気持ちが自分にあると勘違いしてしまいそうだ。私は手が震えてきて、足がガクガクしてくる感じに頭が真っ白になる。
――無理だ。
こんな夢のような純白のウェディングドレス姿で倒れ込むわけにはいかない。私の頭には希少価値の高い宝石が星のように散りばめられたティアラが載っている。
18歳の1番手聖女ヴィラから完全にフラれた24歳のスティーブン王子は、彼女への未練を隠すために、22歳の地味で冴えない私と契約を結んだ。
私は2番手聖女から王家の花嫁になった。
――気をしっかり持たなければ。
コスモス、アネモネ、キキョウ。夏の終わりの結婚式は色鮮やかな花で彩られ、非常に華やかな式場だった。
この瞬間は私と王子だけの2人だけの世界のようだが、全く違う。司祭と私たち2人を見つめているのは、国王とその後ろに居並ぶ臣下と大勢の高位貴族たちだ。彼らは揃いも揃って豪勢な衣装で着飾っている。
彼らが私たちの挙動を固唾を飲んで見守る緊張感ときたら、たまらないものがある。それなのに、目の前の美しい王子は平気な様子だ。花嫁衣装を身につけた私は、彼らの煌びやかな衣装と熱気に、めまいが起きそうな圧迫感を覚えてふらっときた。
――この人が本当に私の夫になるなんて信じられない。
「誓います」
私も掠れた声ながら、やっとの思いでなんとか声を絞り出した。
王子は私の手に大きなダイヤが煌めく指輪をはめてくれた。ずしりと重くなった手に、これは現実世界の出来事だと私に実感させられる。
「僕らの間に愛が無くても君を大切にする。約束するよ」
王子は私を抱き締められるほどに接近して、私の耳元でささやいた。誰にも聞こえないような小さな声で。
私の胸がずきりと痛んだ。泣きたくなるような、切ない感情の沼に落ちるような、胸が痛みに貫かれるような。そんな感情が花嫁衣装の私を包む。
その時、王子の温かい唇が私の唇をさっと奪った。
誓いのキスだ。
私の胸の震えは大好きな人にキスをされたから。
彼が私を愛していないと、またもはっきりと伝えてきたから。王子は私を愛してはいない。
――私では逆立ちしても無理なのだ……。彼に愛されることは無理なのだ……。私より年下の18歳の第一聖女ヴィラへの未練が断ち切れないスティーブン王子が、気持ちを周囲から隠すために選んだただの隠れミノ……。
大好きな人と結婚してキスをされたのに、私は彼を愛していないふりを彼にはしなければならない。
そして、皆の前では当然のごとく私たちは愛し合っている前提で振る舞わなければならない。
彼は「契約に縛られた愛していない相手と結婚すること」を私が承諾したと信じていた。
彼は私が自分を愛していることを知らない。彼にはそのことは決して知られてはならない。
第一聖女に振られて失恋の痛手に喘ぐ王子が私を選んだ理由の一つは「私が王子のことを好きではないから」
「君は僕のことが好きではないだろう?だから安心できるんだ」
彼は確かにかつて私にそう囁いた。
祝福の声が溢れんばりだ。大聖堂の鐘が国中に慶事を知らしめるために轟くように鳴り響く。私は頭がクラクラとしてきた。
凛々しい婚礼衣装に身を包んだせいで、いつも以上に美しい王子は、私の腕をしっかりと支えて微笑んだ。私たち2人は国王を始め大勢の臣下や高位貴族たちの間をしずしずと歩いた。
彼は私を優しく見つめた。
大聖堂の外に姿を表した私たちは、地鳴りのするような大観衆の歓声に迎えられた。
最愛の彼と私の『愛のない秘密の契約婚』はこうして華々しく幕を開けた。
◆◆◆
そして、ついにだ。初夜の夜がやってきた。
今日、スティーブン王子は湯浴みから私と一緒に入った。侍女たちの盛り上がりといったらなかった。彼女たちの期待に満ちた目配せを私は恥ずかしい思いでかわして、侍女たち全員に浴室から出て行ってもらった。
私が先に入っていると、王子専用浴室で服を脱いで湯を浴びた王子が、ガウンを羽織っただけの状態で私の浴室にやってきたのだ。
こんなことは初めてだ。スティーブン王子がガウンを脱いだ瞬間、私は逃げ出したくなった。初めて服を脱いだ姿を見た。逞しくも引き締まった体にめまいを覚えた。
――この人が私の夫なの?
湯の中に座った状態で、そっと後ろから抱かれた。私は後ろを振り向いてキスをした。
愛していることがバレてしまいそうだ。幸せ過ぎて泣きそうだ。
初夜を迎える私のために、湯の中にはバラの花びらが浮かべてあって蝋燭の灯りでとても幻想的な雰囲気だ。私たちは互いの瞳を見つめ合った。
初めての深いキスをした。
「聞いてほしいことがあるんだ。この前、最後までしていい?と聞いた日、結局、僕は最後までしなかったよね。今日のためにとっておいたんだ」
彼の胸の中で私は温かい湯につかっていて、私は体勢を少し後ろを振り向く形で、彼は前屈みになって私の頬に彼の頬がつくほどに接近していた。
彼の穏やかだけれども、ドキドキしていることが瞳の煌めきと彼の胸の鼓動から分かった。
「フランソワーズ、君が僕を愛していないことは知っているけれど、僕は君に夢中なんだ。大好きなんだ。いつの間にか君を愛していたんだ」
それは信じられないような言葉だった。
驚いて目を見開いた私に、もう一度彼はキスをした。
「これから長い時間をかけて君の愛を獲得するつもりだから、覚悟しておいてくれる?」
褐色の髪が濡れていて、その奥で煌めく彼の瞳に私は射抜かれたようだった。心臓のドキドキが止まらない。彼の頬は赤く染め上がっている。
「……愛しているの……」
私は声を振り絞って言った。涙が込み上げてきた。体が震える。すると彼がぎゅっと抱きしめてくれた。
「ずっと。ずっとあなたのことを愛していました。でも、あなたは、私があなたのことを好きではないから、私と契約婚をしたいとおっしゃいました。だから、このことをずっと言えませんでした」
スティーブン王子は信じられないと言った表情になった。
私は小さな声で、三つ目の条件を言った。
『三つ、決してお互いの気を惹こうとかせず、互いの愛を求めないこと』
「あぁ、フランソワーズ!そうだったのか!」
王子はそう言いながら、私をさらに抱きしめて、頭を撫ででまたキスをした。
「僕たちは今日『恋愛婚』をしたんだな。幸せだ。こんな幸せなことはない」
王子の瞳から涙が溢れ、私も泣いていた。
この夜、私は初めて王子の体を受け入れた。ベッドに移動して、準備が整った私たちは幸せな初夜の夜を過ごしたのだ。
「……可愛すぎるよ、フランソワーズ。愛しているよ」
夏の終わりに、私は愛する人と初めて結ばれた。信じられない幸せな夜だった。




