勝利 ダニエル・ポーSide
私は法廷にいた。ケエストリンスター・ホールの法廷だ。豪華な装飾を誇り、厳かなこの法廷で私はローブとウィッグを身につけるコート・ドレスを守っていた。
訴えを起こしたのはブルク家当主ジャイルズだ。訴えられたのは、ジットウィンド枢機卿だ。傍聴席に居並ぶのは錚々たる貴族の面々だ。有力者が続々と傍聴席を埋めている。辺境伯として巨大な力を持つブルク家当主が、ジットウィンド枢機卿を告発したとあって新聞を連日賑わしていた。今朝、農場から馬でケエストリンスター・ホールに向かう途中、飛ぶように売れている新報を私は買った。一面にこの事件のことが取り上げられていて、今日裁判が行われるとなっていた。
すでに陪審員席も恰幅の良い有力者で埋まっている。ジットウィンド枢機卿はなんと自身で弁護すると言っており、被告代理人はいない。つまり、この場に現役の法廷弁護人は私一人だ。私はジャイルズの原告代理人を務める。
裁判官は罪状を読み上げた。とっかかりは土地法の違反だ。
「私は無罪です」とジットウィンド枢機卿は答えた。ここまでは想定通りだ。
私は深呼吸した。裁判長が証人を呼んだ。
アッシュブロンドの髪を一つに束ねて青い目をしたフェリックス・ブルックが姿を現し、証言を行った。かつて一緒に仕事をしていたジャイルズ・ブルク治安判事とフェリックス・ブルク治安書記は目を合わせて互いに微かにうなずいる。
「ジットウィンド枢機卿が王の土地を不法に入手した証拠を提出します」
土地の証書とその土地の住所、かつてそこが修道院であり、増収裁判所が扱った最初の管理簿、それが不正に書き換えられた後の管理簿、一式が提出されて、裁判官は無言でそれを確認した。
かつて、フランソワーズ・ポーズ・ラヴォイアの父である、チャーリー・ラヴォイア法廷弁護士とフェリックス・ブルク治安書記は同じ事実を突き止めたが、ジットウィンド枢機卿に脅迫されて職を辞した。
当時、ジャイルズ・ブルクは治安判事を務めていてその事実を黙認して闇に葬ったが、今はジットウィンド卿に王の反逆罪として訴えようとしていた。
証拠について、ジットウィンド枢機卿は黙秘を続けた。私は次にフランソワーズ嬢がニーズベリー城の秘密通路に隠した皮袋から発見された、私が書いた手紙を証拠として提出した。
「これは?」
「ジットウィンド枢機卿が、故意に王妃を処刑に追い込むために、証拠を捏造したことを告発します」
あたりは水を打ったように静まり返った。彼が王妃を処刑に追い込んだのは周知の事実の状態だったが、噂レベルで今まで証拠がなかったのだ。
私がジットウィンドに乗り移った時に書いた手紙のことだ。裁判長が静かに読み上げた。
「私、ジットウィンドは、王妃を罠にはめました。嘘の証拠を捏造しました。姦通罪を王妃が犯してしまったかのように、嘘の手紙を私の手で書きました。私は愚かで許されない罪を犯しました。どうぞ、私を処刑してください」
ジットウィンド枢機卿のサインを、先ほど提出された土地法違反を行った時の彼のサインと見比べている。シーリングスタンプも全く同一であることを確認された。
法廷はシンと静まり返っており、裁判長は厳し表情でジットウィンド枢機卿を見つめた。
「な、な、なぜそれがここに?」
ジットウィンド枢機卿は真っ青な顔になり、油汗が額に吹き出てきている。
「これはあなたが書いたのですね?ここにあるサインとシーリングスタンプはあなたのものだ。筆跡もあなたの筆跡と一致している」
「そ、そ、それは私が書いたモノですが、いや、違う!私の意思で書いたわけではない!悪魔に乗り移られて書かされたのだ!」
正気を失ったのかという目で、皆がジットウィンド枢機卿を見つめた。
「拘束して、ニューレリー監獄の独房に移しなさい」
「なんだとっ!放せっ!」
老人とは思えぬ力で暴れ出したジットウィンド枢機卿だったが、屈強な男たちに拘束された。私は引導を引き渡すことができてホッとした。
「補完する証拠として当時のジットウィンド枢機卿の書いた王への手紙を提出します」
私は大量の手紙の束を提出した。
大切な娘であるゾフィー令嬢の殺害を行おうとしジットウィンド枢機卿と、今回こそはブルク家当主ジャイルズは袂を分つ決心をしたのだ。
法律家として、法をうまく利用するために都合の良いように自分で証拠を捏造して他人を貶める彼のような輩が私は決して許せない。自分の権力を守るためだけに、または先の王のように取っ替えひっかえ女を変えて、要らなくなったらゴミのように処刑するような輩も私は決して許せない。
これでスティーブン王子が聖女と結婚しようとしても、彼女の処刑を企む輩には釘を刺せたはずだ。
結婚式まであと2か月だ。
ジェノ侯爵家エリーゼ嬢は2年間の奉仕活動をフランソワーズ嬢に約束してくれた。ブルク家のゾフィー令嬢もだ。彼女たちは我が国初の貧困児救済施設の設立と、救済対象の子どもたちのお世話を無償で行うことを約束してくれた。
これで2人はスティーブン王子からもフランソワーズ嬢からも訴えられることはない。2人の行いは当事者間だけで解決されて、警官も知らないことだった。
私は法律が好きだ。この国はもっと良くなるはずだ。今日はパブで1杯エールを飲んで祝杯と行こう!
傍聴席にいた赤毛のロバート・クリフトン卿が私に向かって手を上げて合図をしてくれた。そうか。ロバートとテリーとも行くか。久しぶりに同窓会と行こう!
私の気持ちは晴れやかだった。




