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霧が晴れる ゾフィーSide(1)

 私の心はだいぶ荒れている。

 私はスティーブン王子が大好きだった。彼に身も心も捧げたかった。彼に抱かれたかった。彼に全てを捧げたかった。


 18歳の私は王子とことをなすために、着々と準備を進めていた。まず、恋人がいる若い侍女を説得して、彼女とその恋人の営みというものを見せてもらった。私はクローゼットに隠れる形で彼女とその恋人が何をするのかを見せてもらった。


 激しかった。最初見た時は天地がひっくり返った。若い侍女が見たこともない表情をして真っ赤な顔をして翻弄される様は、衝撃だった。


 理解した。想像して赤面して憧れた。


 それなのに。


 可愛くもない、お金もない、不細工とも言える、冴えない聖女がスティーブン王子を薬でたぶらかして自分のものにした。


 そう思い込んだ。


 いや、正直になろう。彼女は不細工ではない。ただ第一聖女ヴィラがスティーブン王子と婚約した時も私は立ち直れないほどのショックを受けたが、第二聖女の時のようには腹が立たなかった。


 私が媚薬を使ってでも王子に抱かれたかったからだろうか。彼女はその私のはしたない、汚い手を使ってでも王子に抱かれたいと思う私の心を知っているからだろうか。


 だって、私が媚薬が欲しいと泣いてすがった相手が、フランソワーズなのだから。


 男女の営みというものを王子としたい。王子を私の婚約者にしたい。王子に愛されたい。薬を使ってでも。


 その切なる私の思いをフランソワーズだけは知っている!


 私が昨日『媚薬』というヒントを自らフランソワーズにあげたのだ。彼女は私には断って、自分で『媚薬』を作って王子に飲ませたに違いない。そして、王子と既成事実を作ったに違いない。


 私はそう思うと生きていたくなかった。私が生きていられる世界は、フランソワーズが死んだ世界だ。私が死ぬか、フランソワーズが死ぬか。その二択でしか世界は成立しない。私には。


 今朝、朝早くにハンルソン・コート宮殿と呼ばれる実家を飛び出したあと、私は別荘に隠れていようと思った。でも、すぐに思い直した。父に発見されてしまうと。確実にフランソワーズのやったことを明るみに晒して罰を与えるには、私が死んだ方がいい。つまり、私が見つからない方がいい。


 ――死ぬ?


 ――そんなことで?



 という言葉が私の頭に響いた。そうだ。そんなことで死んだらただのバカだ。スティーブン王子がフランソワーズに恋をして、彼があんな女性に騙されて彼女を抱いたなんて世界線には生きていたくない。それは本音だが、一方でそんなことのために死を選ぶのはバカげている。


 ――だって、それって全部を彼女にあげて差し上げるってことでしょう?

 

 私は豪華な実家の屋敷を出て、ごみごみした街の中を歩きながら逡巡した。あの置き手紙の威力を高めるには私は死んだ方がいい。でも、そんなのは正直嫌だ。


 フランソワーズがあれほど粗末な家に住んでいるのかと驚いた。どうしても自分と比較してしまう。私は恵まれている。それなのに、王子はフランソワーズに取られてしまった。いきなりの結婚発表だった。


 ――あの私がフランソワーズに『媚薬』が欲しいと泣きついた時、既に王子と彼女は恋人だったのかしら?だから、彼女は私に媚薬を処方することを固くなに拒んだということなの?


 通りをあてどもなく彷徨っていると、昼が過ぎてお腹が空いた。初めてコーヒーハウスというものに入った。お金はいくらか持ってきていたから助かった。


 ――最高だ。

 

 女性がコーヒーハウスにくるのは珍しいようだ。


 ――あれ、一人でこんな所に来たのは初めてだわ。いつもは馬車で侍女と行動しているから。


 街の人の話は、第二聖女フランソワーズと結婚を発表した王子のことばかりだった。その話をみんながしている。昨日の新報がコーヒーハウスにあって、私はそれを買って読んだ。涙が新聞に滲んだ。泣きながら、新聞に涙を落としながらコーヒーを飲んだ。いつスティーブン王子に抱かれてもいいように毎日毎日お手入れを怠らなかったのに、そんなのは無駄だったのだ。


 コーヒーは苦くて大人の味がした。こんなに何不自由なく恵まれているのに18歳で今が最高に美しいという時に、好きな人には抱いてもらえないという仕打ちを受けると思わなかった。


 泣いていたら、新聞のインクが手について、その手で涙を擦ったので、顔に汚れがついたらしい。隣の人たちがヒソヒソと私を見ているので、私は慌ててコーヒーハウスを後にした。


 顔を刺繍のついた綺麗なハンカチでゴシゴシ拭った。そんなことをしながら、屋台で焼き菓子を買って食べながらフラフラと街を歩いた。


 みんな、生きていくのが大変そうだ。活気があるが、私より上等な服を着ている人はいない。私はそんなことを思いながら、数時間にわたって街を彷徨っていた。


 そして、私は男に捕まった。レンハーン法曹院の前だった。太った男は私に短刀をつきつけてきた。私は恐怖を感じて叫びたかったが、男の無言の圧力で、叫んだら自分の命が無いと悟った。


「さっさと歩け」


 男は短刀を突きつけて私に歩くことを命令した。私は歩き出そうとした。


「あの……お金なら払いますが」


 私は男と交渉できないかと思って言ってみた。


「黙れ、さっさと歩け。さもなければ命はないぞ」


 男に一蹴されて私はとっさに謝ろうとした。


「ごめんな「あーら、今日も暑いわぁ」」


 私の謝罪の言葉に被せて、能天気な言葉を誰かが大声で言った。思わず男も私も声の主の方向を見た。そして、目に入った入った光景にあっけに取られて私は体が固まった。


 ブロンドの髪が美しくカールをしていて、天使のような愛らしい青い瞳を持つ令嬢が立っていた。唇は小さく、全てにおいて小さく愛らしくまとまっている……。


 って、これって私!?


 私は目をしばたいた。荒くれ男は一瞬ビクッとしたように思った。私に向いていた鍛刀が私から離れたと思った。私にそっくりなその美女は、体か固まって硬直している私に向かって微かにうなずいて見せた。


 ――逃げるのよっ!


 そう言われた気がした。


 ただ、その瞬間、私の隣にいる荒くれ男が私にそっくりな美女に一気に飛びかかった。私は悲鳴をあげて思わず目をつぶった。刺された、と思った。一瞬目を開けたら、同時に後ろから長弓で美女は射られたと、と思う。


 きゃあっ!

 うわっ!

 なんだよっ!

 人が刺された!


 いや、無事だ!

 大丈夫だ!


 悲鳴が安堵の声に変わった。私は目を開けた。フランソワーズが目の前にいて、短刀が地面に転がり、長弓の矢もははたき落とされたのか、彼女は無事だった。


 そこにスティーブン王子が駆け寄ってきた。


「フランソワーズ、うまく交わしたな!さすがだ!」


 ロバート・クリフトン卿もすぐに姿を現した。彼の赤毛には激しい寝癖がついている。金髪サラサラのテリー・ウィルソン卿も姿を現した。私の妄想では、私がスティーブン王子と婚約したら、友達になるはずの殿方だった。彼らは私に短刀を突きつけていた男と、長弓を持っていた男を捕らえた。


「私は聖女ですから」


 フランソワーズがスティーブン王子にささやくように答えて、王子が愛おしそうにフランソワーズの髪の毛ごと両手で顔をかかえ込み、のぞき込むように彼女に顔をくっつけるのが見えた。


「そうだ、君は誰にも負けない聖女だ。よくやった」


 スティーブン王子はフランソワーズを抱きしめて、熱烈なキスを彼女にした。彼女もそれに応じた。


 きゃっ!

 二人ともアツアツだわっ!


 私はその場から走って逃げた。見ていられない。




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