純白ウェディングドレス姿で震える
「……その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか?」
「誓います」
目の前の美しい王子は、私の瞳をまっすぐに見つめて誓った。私の心臓はドクンと音を立てるように震えた。
――どうしよう。
彼は迷いの無いまっすぐな瞳で私を見つめている。
彼の気持ちが自分にあると勘違いしてしまいそうだ。私は手が震えてきて、足がガクガクしてくる感じに頭が真っ白になる。
――無理だ。
こんな夢のような純白のウェディングドレス姿で倒れ込むわけにはいかない。私の頭には希少価値の高い宝石が星のように散りばめられたティアラが載っている。
18歳の1番手聖女ヴィラから完全にフラれた24歳のスティーブン王子は、彼女への未練を隠すために、22歳の地味で冴えない私と契約を結んだ。体を使ったとか容赦無い批判を国中から浴びて避難された私は、否定の言葉もない。
私は2番手聖女から王家の花嫁になった。
高位貴族の令嬢がこぞって虎視眈々と狙っていたスティーブン王子を射止めたのは、誰もがノーマークだった地味で冴えない2番手聖女。
4歳年下で王子の元婚約者として有名だった、第一聖女とは似ても似つかないほど美貌もスキルも劣る2番手聖女。
――気をしっかり持たなければ。
この瞬間は私と王子だけの2人だけの世界のようだが、全く違う。司祭と私たち2人を見つめているのは、国王とその後ろに居並ぶ臣下と大勢の高位貴族たちだ。彼らは揃いも揃って豪勢な衣装で着飾っている。
彼らが私たちの挙動を固唾を飲んで見守る緊張感ときたら、たまらないものがある。それなのに、目の前の美しい王子は平気な様子だ。花嫁衣装を身につけた私は、彼らの煌びやかな衣装と熱気に、めまいが起きそうな圧迫感を覚えてふらっときた。
――この人が私の夫になるなんて!?
晴天の霹靂だ。
「誓います」
私も掠れた声ながら、やっとの思いでなんとか声を絞り出した。
王子は私の手に大きなダイヤが煌めく指輪をはめてくれた。ずしりと重くなった手に、これは現実世界の出来事だと私に実感させられる。
「僕らの間に愛が無くても君を大切にする。約束するよ」
王子は私を抱き締められるほどに接近して、私の耳元でささやいた。誰にも聞こえないような小さな声で。
私の胸がずきりと痛んだ。泣きたくなるような、切ない感情の沼に落ちるような、胸が痛みに貫かれるような。そんな感情が花嫁衣装の私を包む。
その時、王子の温かい唇が私の唇をさっと奪った。
誓いのキスだ。
私の胸の震えは大好きな人にキスをされたから。
彼が私を愛していないと、またもはっきりと伝えてきたから。王子は私を愛してはいない。
――私では逆立ちしても無理なのだ……。彼に愛されることは無理なのだ……。私より年下の18歳の第一聖女ヴィラへの未練が断ち切れないスティーブン王子が、気持ちを周囲から隠すために選んだただの隠れミノ……。
大好きな人と結婚してキスをされたのに、私は彼を愛していないふりを彼にはしなければならない。
そして、皆の前では当然のごとく私たちは愛し合っている前提で振る舞わなければならない。
彼は「契約に縛られた愛していない相手と結婚すること」を私が承諾したと信じていた。
彼は私が自分を愛していることを知らない。彼にはそのことは決して知られてはならない。
第一聖女に振られて失恋の痛手に喘ぐ王子が私を選んだ理由の一つは「私が王子のことを好きではないから」
「君は僕のことが好きではないだろう?だから安心できるんだ」
彼は確かに私にそう囁いた。
祝福の声が溢れんばりだ。大聖堂の鐘が国中に慶事を知らしめるために轟くように鳴り響く。私は頭がクラクラとしてきた。
凛々しい婚礼衣装に身を包んだせいで、いつも以上に美しい王子は、私の腕をしっかりと支えて微笑んだ。私たち2人は国王を始め大勢の臣下や高位貴族たちの間をしずしずと歩いた。
彼は私を優しく見つめた。
大聖堂の外に姿を表した私たちは、地鳴りのするような大観衆の歓声に迎えられた。
最愛の彼と私の『愛のない秘密の契約婚』はこうして華々しく幕を開けた。
ただの2番手聖女に過ぎなかった私と、美しい世継ぎの王子がこんな大それた茶番を繰り広げるはめになったきっかけが起きたのは、ほんの3ヶ月前のことだった。この王子と契約婚をするにあたり、私は命を狙われた。
◆◆◆
それは、こんなことになるとは誰にも予測がつかなかった3ヶ月前のことだ。