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王子の魅力 フランソワーズSide

 それは豪華な食事をいただいた後のこと。


 私はスティーブン王子にニーズベリー宮殿の広大な庭の散策に誘われた。侍女も従者も遠く離れていて、私たちの会話は聞こえないところまで下がらせていた。


 昨今の流行を反映して、円錐や球体の模様や幾何学的な形に樹木を刈り込んだトピアリーがあちこちにあった。ニーズベリー宮殿には腕の良い庭師が揃っているようだ。


 緑と白に塗られた柵で囲まれた花壇もある。最近の流行りだ。


 私はニーズベリー城の庭に足を踏み入れたことが初めてだったので、いろとりどりの薔薇や夏の花々が咲き誇る美しい庭園にうっとりとしていた。


「君のパンなんだけど」


 スティーブン王子は私の手を離そうとせず、話し始めた。


「はい。うちにいらした時に残っていた一つを差し上げました。あの時はあんなものしかなくて本当に申し訳ありませんでした」

 

 私は恐縮した。王子の容態に慌てていたので自分や焼いたパンを王子に食べさせた。そんなことをしたなんて、自分でも驚きだ。


「あのパンをまた食べたいと思っているんだ。作ってくれないか」

「本当ですか?」


「あぁ、とても美味しかった。ああいうものは今まで一度も食べたことがなかった」


 スティーブン王子が食べたことがないのは材料が理由だろう。庶民は小麦の白パンを食べられないのだから。


「わかりました」

「君には才能があると思う。聖女の才能があるのはもちろんだが、君がずば抜けている才能があるとすれば、それはあのパンである気がする。もう一度確かめたい。人を幸せな心地にする力のあるパンを君は作れそうだから」


 私はスティーブン王子の言葉に驚愕して、思わず立ち止まった。私は何もかも、第一聖女であったヴィラに劣っていると思っていた。


 ――あのパンが?

 ――あのパンが私の才能?


「あともう一つ言いたいのは……すごい才能がなくても、人を幸せにできるということだ。僕が気になっていたことが一つあって、いいかな?」


「はい」


「確かに、聖女としてヴィラは優れている。スキルのレベルは、この時代に生きる者の中でみても、彼女は非常に卓越したスキルを持っている。それは間違いない。でも、君の勇気はヴィラにも決して劣らないものだし、人への推察力はヴィラより鋭いと思う」


 スティーブン王子は失恋に苦しまれているだけでなく、冷静に周りを客観視していられたようだ。


 私は絶句した。


 ――王子は私の劣等感に気づいていたの?


「もし、悩んでいたのならば、僕が言うことにも耳を傾けて欲しい。それは気にすることではない。最近ずっと他のことに気を取られて僕自身がもがくような毎日だったから、早くアドバイスできたら良かったのだけれど。今、君にこうして向き合っているから、正直に僕が感じていたことを話すとすれば。君は決してヴィラに対して劣等感を持つ必要はない」


 王子の言葉は私の心の核心をついた。


 王子はこのもがき苦しんでいる数ヶ月の間に、何を悟ったのだろう。声を殺して嗚咽を漏らさないようにと必死で泣き声を堪えていらした姿を思い出した。あれほど苦しまれている間、私のことに気づいて見てくださっていたのだろうか。


 私がスティーブン王子に恋をしたのは、彼の本質的な部分にだ。彼はただただ信じ難いほど美しいだけの王子ではない。


 目の前に蜂が飛んできて、赤い花に止まった。ハイビスカスだろうか。美しい花で薬草でもある。私がハイビスカスの花をぼんやりと見つめていると、スチーブン王子は私の手をしっかりと握って私の目をのぞき込んだ。


「君のお父様は、法廷弁護士だったね?」


 スティーブン王子の次の言葉は、私を真っ青にさせた。父のことは秘密だ。父はとある貴族に罠に嵌められて、弁護士の仕事を最も簡単に失った。私が聖女になる頃には、父は過去の仕事を秘密にして畑を耕し、雨の日になると子供達に文字を教えてひっそりと暮らしていた。

 

 父を嵌めた貴族は今でも巨大な力を持つ一族の人だった。だから、私は父の過去を秘密にしなければならない。


「もしかして……契約婚の妨げになりますか?」


 私はスティーブン王子の瞳をじっと見つめた。私たちは既に結婚を発表した後だ。だが、今なら取り消すこともできよう。


「妨げにはならないと思う。そもそも、僕は何があってもこの契約婚を取り消すつもりはない」


 私はほっとしている自分に気づいた。私はお慕い申し上げていたスティーブン王子の妻になることを喜んでいるのだろうか。これほど身分不相応の話なのに、もう結婚までしたいと望んでいるということだろうか。



「いつも一緒にいる人のことは、調べるんだ。その人がどういう人かを一応知っておくんだ。これは僕がこの国の世継ぎだからしていることであって、契約婚をするからと言う理由で調べたものではないよ。前から君のお父様のことは知っていた」


 スティーブン王子は申し訳なさそうに言った。


「わかりました」


「そして、フェリックス・ブルックのことだ」


 私はもっとも知られたくなかった人の名前を王子に告げられた。


「彼の前職は治安書記だ。君のお父様と同じ時期に職を失った」

「えっ!?」


 私は高利貸しだと思っていたフェリックス・ブルックの意外な真実に驚いて声を上げた。


「彼は君から巻き上げたお金で君の名義で土地を購入した」

「え?」


 私は絶句した。


 ――ブルックはなぜそんなことを?


「それはブルック自身に今度聞いてみたら良いと思う。君のお父様はジットウィンド枢機卿に仕えていた。現職の大法官も兼任している、ジットウィンドが枢機卿になる前のことだ。ブルックは当時はブルク家の当主ジャイルズ・ブルクがまだ当主になる前に、治安判事をしていた頃の治安書記だった。二人とも奇妙な偶然で、同じ時期に当時の仕事を辞めた。謎だと思わない?」


 スティーブン王子は私に言った。


 そう言われてみれば、確かに妙な気がする。


 ――ブルックと父さんは知り合いだった?


 私の頭の中で、知らない話がぐるぐると回り始めた。父が亡くなった時、とてもお金に困ったことがあった。あれは住んでいる家について言いがかりをつけられた時だ。その時お金を貸してくれたのがブルックだった。



 ジャイルズ・ブルクは、私の家に媚薬が欲しいと押しかけてきたゾフィー・ファナ・ブルク辺境伯令嬢の父だ。



 私の父は鍛冶屋の息子として生まれて、グラマースクールとオックスフォード大学のカレッジで学んで聖職者になった。法律家を聖職者が兼ねるのが当時は当たり前だったからだ。法廷弁護士として父は働いていたが、常時500人の使用人がいると言われれるジットウィンドの家にしきりに呼ばれるようになった頃から、暗雲が立ち込めた。


 ジットウィンド枢機卿自身も肉屋の息子だ。王妃の実家が商人であった実例もあるし、最近は貴族ではない家柄の者が法曹界にも多いと聞く。実際に第一聖女ヴィラは公爵令嬢だったが、私は平民出身でありながら第二聖女として陛下に認められた。


 ただし、貴族の間ではやっかみがすごいはずだ。


「僕と君はなんでも話せるんだ。これまで、僕と君はいろんな問題について率直に意見を交わしていた。君の家の問題についても、率直に話してくれて構わない。僕はとっくに君の家の事情のことは把握していたわけだし」


 私はスティーブン王子に優しくそう告げられて、思わず彼の胸に飛び込みたくなった。必死で自分を抑えた。


「結婚をするにあたり、君を丸ごと受け入れる覚悟があるから」


 私は泣きたくなった。嬉しくて。


 私が話さなくても、王子が既に知っていて、ずっと受け入れてくれていたことに驚いたが、心のどこかでスッと楽になる部分があった。


「君のお父様が失職した悔しさだけれど……」


 スティーブン王子の胸はとても広く、褐色の髪が風に揺れていて、私を見つめる眼差しはどこまでも優しく、不思議な形に刈り込まれた樹木のそばで佇む様子は、上品でありながら理知的で包容力に溢れていた。


 ――王子を抱きしめてしまいたいわ……。


 父の悔しさは私も少しは知っている。ずっと何があったのか知りたいと思っていた。だが、触れてはならない巨大な力があるということも知っていた。


「よければ、僕は調べてみようと思う。お父様の無念を晴らしてあげたいからね」


 私は信じられない言葉を王子の口から聞いて、涙が溢れるのを抑えきれなかった。


「よしよし。大丈夫だから」


 スティーブン王子は私をそっと抱きしめてくれた。大丈夫、大丈夫と私の背中を優しく撫でてくれて、私は広くて温かい胸の中で涙が溢れるままに抱きしめられていた。


 これ以上優しい言葉をかけられたら、私はこの恋心を隠していられるか自信がない。


「夫の義務のことなんだけれど……」


 父の法廷弁護士時代の話を私に聞こうとしながら、王子は急に契約婚の条件の話をし始めた。


「はい」


 私は素直にうなずいた。


「待って、頷く前に聞いてくれる?夫の義務とは……その昨日のような僕の行動か、もしくは最後まですることなんだけれど……」


 スティーブン王子の腕の中で顔を赤らめて、思わずスティーブン王子の顔を見上げた。至近距離で王子の美しい顔が見えて、私は思わず飛びすさろうとして、王子の腕に抱きすくめられた。


「いいね?フランソワーズ、君に対しての義務は全て果たす」


 ――王子はとんでもないことを言っていることに気づいていらっしゃるのかしら?


 私は王子の瞳をこれほど近くで見たことがなかったので、その美しさに心奪われながら、そう思った。




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