ニーズベリー城での最初の1日(1)
目を覚ますと、とてつもなく大きく豪華なベッドに寝ていた。
「フランソワーズ様、お目覚めでしょうか」
そばに控えていたらしい侍女がそっと私に声をかけてきて、私は飛び上がるほど驚いた。赤褐色の髪を綺麗にまとめていて、宮殿に仕える侍女であることが一目で分かる服装だ。彼女の瞳は淡いエメラルドで、温かみがあった。
「わたくしは今日からフランソワーズ様のお世話を申しつかっておりますアガサです」
「まあ、私は明け方にニーズベリー城にやって来て泊まったのだったわ。その……アガサ、よろしくお願いします」
「はい、スティーブン王子様がフランソワーズ様をこちらに抱いて運ばれてきまして、こちらのお部屋を使うようにと、フランソワーズ様をベッドに寝かしてくれたのです」
「あ……」
私はハッとした。馬でリーズベリー城の入り口までスティーブン王子と一緒に乗ってきて、その後、倒れたことを思い出した。
私は赤面した。顔が真っ赤になったに違いない。彼の腕の中に確かに私は抱かれたと思う。
「スティーブン王子様はフランソワーズ様をベッドに寝かせた後におでこにキスをされて、フランソワーズ様の髪についたススをとってくださっていました。愛されているご様子に、胸がキュンキュンしましたわ」
真っ赤になった私に全く気づかない様子で、アガサは夢中になって私が気を失った今朝に何が起きたかを話してくれた。彼女から話を聞くととてもロマンティックな話に聞こえてしまう。
――おでこにキス!?
――なぜ?皆の前ではお互いに愛し合っていることにしなければならないから?
私は皆の目があるところでの振る舞いを敢えてスティーブン王子はされたのだと、納得した。
「フランソワーズ様、お湯の準備ができておりますわ。まず、昨晩の汚れを落としましょうか」
「そうだったわ。私は火事にあったのだったわね……」
一瞬、悲しくて悔しい想いに囚われたが、アガサの明るい笑顔に救われた。私はベッドから降り立ち、アガサに案内されるがままに隣の部屋に用意されている豪華な浴室に行った。
「フランソワーズ様、服を脱ぎましょう」
「え?自分でやりますわ」
「かしこまりました。お手伝いして欲しいことがあれば何なりとお申し付けくださいませ」
「わかったわ。全て一人できるから、あなたは外で待っていてくだされば良くてよ」
「はい、分かりました。でも髪の毛を洗うお手伝いをしますので、お湯に入った途中で入ってきますが、よろしいでしょうか?」
「え?髪の毛?」
「はい、髪の毛を特別に美しく整える洗髪料をご用意しております。極秘のレシピで作られております。代々、貴族の間に伝わるレシピでございますわ」
「そうなのね。では……」
「髪の毛だけでも洗うお手伝いお手伝いをさせていただきますね!」
「はい、お願いするわ」
後でその極秘のレシピを確認しよう。何か知られていない薬草の効能や、普段使っているものを掛け合わせて特別な効果を発揮するのを利用して、それらを極秘に代々秘伝のレシピとして貴族間で伝え合っているのは、知られていることだ。
私は全てを脱いでお湯の中に身をつけた。
気づけば私が身につけていたものはススらだけだった。ススを見ると落ち込み、悲しくなる。
――もう、何もかも洗い流そう。
私は温かい湯の中に身を入れて王室御用達の石鹸で洗った。厳しい王室基準を満たした石鹸は、香りもさりげなく上品で、洗い上がりが非常に素晴らしかった。ミルセイ石鹸と呼ばれる大人気で最高級石鹸だ。
――まるでお姫様のよう。
「失礼致します」
アガサがさりげなく浴室に入ってきた。私の髪の毛を優しく静かに洗い始めた。うっとりするような心地だ。洗髪料の香りはイマイチだが、効果は凄そうだ。
髪の毛も洗い立てられ、アガサが布で水気を拭き取り、用意された素敵なドレスに着替えたところで、数人の侍女が現れて、アガサと一緒に風を送ってある程度髪を乾かしてくれた。
「皆さん、そんなにしてくださらなくても。失礼」
私はスキルを使って一瞬で髪の毛を乾かした。貴族の間に極秘で伝わる洗髪料は効果的面で、私の髪の毛は艶々になっていた。
「な……なんとっ!」
「すごいですわ」
アガサを始め、侍女たちはとても驚いたが喜んでくれた。
「皆さんも、何かを乾かして欲しい時はご遠慮なく。湯はなかなか用意できないので、大変助かりました」
「そんな。私どもは皆、フランソワーズ様付きの侍女でございます。何なりとお申し付けくださいませ。これからご結婚までは結婚式の準備などでお忙しいとは思いますが、精一杯お仕えさせていただきます」
私は一瞬あっけに取られた。そうだった。私は王子と結婚するのであり、アガサを始めとする真面目そうな侍女たちは今日だけの侍女でわなく、これからしばらくお世話になるのだ。
この胸のときめきは、密かにお慕い申し上げていた王子と結婚することに対するときめきだろう。
胸の痛みは、王子と私の間には愛がないという秘密の契約婚をすることに対する痛みだろう。
胸に込み上げる後ろめたさは、皆を騙すことになる後ろめたさだろう。
「け……け……結婚式までみなさん、よろしくお願いしますね」
第一聖女ヴィラが言ってくれた「薔薇色の頬」をイメージして、アガサを始めとする侍女たちに私はニッコリと微笑んだ。
「も……もちろんでございます!」
「フランソワーズ様!心してお仕え致しますわ」
「はい、私どもにお任せくださいませ」
放心したような雰囲気が侍女5名に一瞬で現れたように思ったが、皆が口々に伝えてくれた言葉は心からのものであるようだ。
私は自分の置かれた立場のあまりの変わりように戸惑いを感じつつ、少しときめきも感じていた。
私が侍女たちが用意したドレスに身をつつみ、髪を整えてもらって普段はしない髪の結い上げてもらって、ほんの少しばかりおしろいをはたいてもらったところで、部屋の外が騒がしくなった。
「はっ!スティーブン王子。フランソワーズ様はお目覚めになった模様でございます」
ドアの外で従者の誰かが答える声がして、続いて「スチーブン王子がいらっしゃいました」という声がした。




