ゾフィー令嬢の失踪 ブルク家侍女クリスティーネSide
都のブルク家の贅沢な邸宅の住人は、ゾフィーお嬢様付きの侍女モニカの悲しげで恐怖を感じる悲鳴で朝早くに叩き起こされた。私も例外ではなかった。
声の方向に慌てて駆けつけた皆の目には、ゾフィー令嬢の部屋のベッドに残る血痕を見て、ダークブロンドの髪の毛を振り乱しているモニカが映った。ゾフィー令嬢は置き手紙を残して、姿を消したのだ。
屋敷中が大騒ぎになった。叩き起こされたブルク辺境伯の旦那様も、ブルク伯爵夫人の奥様も慌てた様子ですぐにやってきて、侍女のモニカを質問攻めにした。
「この血痕は月のものではないと言うのだな?」
「はい……お嬢様のタイミングは違います」
「あなたっ!ゾフィーは一体……」
「きゃあっ、奥様っ!」
「しっかりなさってくださいましっ」
奥様はふらりと倒れかけた。慌てて侍女や従者やブルク伯爵が抱き抱えて夫人をベッドに運んだ。
「クリスティーネ、お水をっ!」
「はい、ただいま!」
「それからルイスはお医者様を急いで迎えにやってくれ」
「かしこまりました、旦那様」
執事のルイスは急いで医者を連れてくるために馬車と使い者を手配した。私は奥様へのお水をお持ちした後、旦那様がゾフィーお嬢様の捜索を強い口調で従者の皆に指示を出すのを聞いた。侍女たちは屋敷中をくまなく探すようにと言われて、皆が屋敷のあちこちに散らばって探し回った。
私は奥様のご様子を見るようにと言われて、奥様のお部屋で心臓をドキドキさせながら見守っていた。この時点で、お嬢様付きの侍女モニカと旦那様と奥様しか、ゾフィー令嬢の置き手紙を読んでいなかった。
しかし、旦那様と奥様とモニカこれほどの慌てようから、ゾフィーお嬢様が残した置き手紙が大変なことを意味するものであったに違いないと私には推測できた。
――何か恐ろしいことが起きているのだわ。
奥様のためにお医者様が到着して、お医者様は何が起きたのかを旦那様に聞いた後に、奥様のご様子と合わせて旦那様にこうお伝えしていた。
「ブルク伯爵夫人は心労で倒れたのだと思われます。しばらく心理的負担のかかる話はこれ以上は話してはなりません」
旦那様はお医者様の言葉に深くうなずき、涙を浮かべてらした。
お医者様を送る帰りの馬車がブルク辺境伯邸を出た後、旦那様はすぐに執事のハリーに治安判事を迎えに行かせた。
私は治安判事がやってくるというだけで、何か末恐ろしいことが起きたのだと改めて理解した。
奥様の部屋で待っている間、旦那様と私とベッドに寝ている奥様だけになった時間がしばらくあった。
「クリスティーネ、君も読んでみてくれないか」
「かしこまりました」
旦那様は私にゾフィー令嬢の置き手紙を差し出してきた。私は覚悟を決めてその手紙を読み始めた。
手紙には驚くべきことが記されていたのだ。昨日急にスティーブン王子の花嫁になると発表された第二聖女であるフランソワーズ聖女さまについて言及されていた。
馬車で治安判事が到着するまでの間、ブルク辺境伯は手紙を何度も何度も読んでいた。
広大な領地を所有するブルク家の従者の大勢が、既にゾフィー令嬢の大掛かりな捜索を開始しているはずだ。皆が必死で捜索してくれているはずだが、見つかったという朗報はいまだに飛び込んで来ない。
手紙の内容は次の通りだった。
〜*〜*〜*〜*
お父様、お母様
この手紙をお二人がお読みになっている時には、すでに私はこの世にいないでしょう。
聖女フランソワーズの悪事について告発いたします。ぜひ、治安判事に連絡して公正な裁きをお願いしたいのでございます。
聖女フランソワーズは王位継承権第一位のスティーブン王子に何らかの薬を不当に処方し、スティーブン王子が意図しない婚姻を王子に薬で認めさせ、自らを次代の王妃に選出されるように細工をした嫌疑がございます。
是非、我が国の王子を薬の力で不正に我が物にしようとする悪女フランソワーズの横暴を暴いてくださいませ。
私は死を持って抗議しようと思います。
ゾフィー・ファナ・ブルク
〜*〜*〜*〜*
――死を持って抗議とは、お嬢様は亡くなられたということだろうか?まさかっ!
私は恐怖のあまりに言葉を失った。すぐに屋敷中の従業員たちの間に共有されて、皆が必死に捜索を続けた。
旦那様はずっとウロウロしていた。独り言を話していられる。私は黙ってそばにお控えしていた。
「確かに妙なことだ。あんな貧しい家の出身の第二聖女とスティーブン王子が急に結婚を発表したことは、我々にとって衝撃的だった。誰も予想がつかないことだった。薬を使って?まさか……?」
ゾフィーお嬢様がスティーブン王子に恋焦がれているのは、私たちは知っていた。
しかし、ゾフィーお嬢さまは激情すると怖いのもの知らずでもあった。私は本当にお嬢様が激情して死を選んだのではとゾッとした。
――大金持ちのお嬢様でそれはそれはお美しいお方なのに、なんてことを……。
私たちは涙を拭って、お嬢様のご無事を祈った。




