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12 中州の戦い 

ミランダに治療受ける




 森の中を早足で駆けると、やがて彼らは避難民の最後尾に追いついた。 

「おじさん!!」イブが叫んで走り出した。

 白馬にまたがり金の長髪を馬の腰に垂らしたエルフが、避難民たちの殿を務めていた。

 彼はイブを見ると、馬を降りて笑顔を向けた。テオが彼らの輪に加わりかしこまった様子で何かを報告していた。

 アイルは彼らの脇を通り過ぎ、列の先へ向かった。

 避難民の列の中ほどに、大きな背中をした大男がいた。ウェーブした茶髪は何日も洗っておらず、脂と泥で汚れていた。彼はヤゴーの弟で、村の守備隊を努めているゴードンという男だった。

 アイルは村に起きたことのあらましを簡潔に話した。

「ヤゴーは死にました」アイルは言った。ゴードンは小さくうなずいた。ふたりはしばらく黙って歩いた。アイルが横目でゴードンの顔を覗くと、その眼が涙で滲んで光るのが見えた。

「ルーは合流しましたか?」

「いや」ヤゴーは言った。

「ルイはここに来る途上で死にました」

 ヤゴーはまた押し黙った。彼らはしばらくそのまま歩いた。

「エルフとはどこで合流したのですか?」アイルは訊ねた。

「一番下流にある狩猟小屋を過ぎたところの川だ」

「俺もそこでエルフと合流しました。あの川の上流にエルフの村はあったんでしょうか」

 ゴードンは答えなかったので、話はまた途切れた。彼らは前を向き歩を進めた。夏の日が昇り気温が高くなってきた。

「これから我々はどうなりますか」アイルが訊いた。

「とりあえずブリスコーに行く。暮らしはまあ、なんとかなるだろう。我々よりも、問題があるのはエルフだ」

「というと?」

「エルフはローラントの庇護下にない。やっこさんらは王権の及ばない山脈の奥で隠れて暮らしていた。だから税金も一度も収めたことがない。つまりブリスコーに行っても、王国に彼らを匿う義務はないんだ」

「では、彼らはどうなりますか」

「さあな……」

 二人は三たび押し黙った。森は夏真っ盛りで虫の音がうるさく響いていた。歩きながらアイルは村のことを考えた。

 

 アイルの両親は彼が幼い頃に死んだ。彼は物心ついたときにはゲイルの家で暮らしていた。ゲイルは親を偽らなかった。どのみち二人は似ていなかった。彼の奥さんはとうの昔に亡くなっていた。アイルはゲイルから狩人としての素養を受け継いだ。彼は物静かで目端が利いた。そして腕のいい一流の狩人だった。

 彼らはヤゴーと三人でよく釣りに出かけた。ヤゴーは豪胆で悪く言えばずぼらな猟師だった。隠密行動はからきしだったが腕っぷしがあり豪胆に魔物を屠った。ヤゴーとゲイルは互いを補間する良き友だった。

 しかしヤゴーは死んだ。恐らくゲイルも死んだだろう。急に3人で行った釣りの思い出が蘇ってきた。蓋をしていた悲しみが今更こみ上げてきた。彼は一筋の涙を流した。


「……おい。呼んでるぞ」ゴードンがアイルの背中を叩いた。そして後ろを指差した。

 殿の長髪エルフがいつの間にかアイルの真後ろを歩いていた。

 「私はこの難民達の守備隊の長でロンドという。君がアイルくんだね」エルフは言った。「イブが世話になったようだな。いずれ君には礼をしたく思う」エルフはそう言い頭を下げると、再び列の殿に戻っていった。

 やがて彼らはルナンの岸辺にたどり着いた。彼らは木々の枝に身を隠し、川を覗いた。

 川の真ん中には朝方に見た帆船が停泊していた。

「ガレー船……?」ロンドがつぶやいた。無論川でもガレー船は使う。しかしこれほどの上流まであの巨大な船で上ってくることなどあるだろうか。彼らは船を注視した。船の甲板には緑色のゴブリン達がうごめいていた。

 彼らの後ろから革鎧をつけた赤髪の女騎士が近づき、言った。

「そうだ。あれがある限り、川を渡ることはできない」女騎士言った。「私はあの船を奪うつもりだ。君たち難民の力を借りたい」


 女騎士は森の開けた場所に難民たちを集め、語りだした。

 「私の名はエリスだ。ブリスコー義勇兵団の団長を務めている。今起きているこの喫緊の事態に際して、我々は一人でも多くの力を借りなければならない。国家に忠誠を尽くし、君たちの父や母、兄弟や隣人を救いたいと願うもの、そうする力が自分にあると思うものは、ぜひ義勇兵に立候補してほしい。もし義勇兵となった暁には、君たちは誓約と引き換えに魔法の力を授かるだろう。そうすれば、君たちは水の上を走り、その剣は敵の鎧をも砕くだろう。君たちは真に戦う力を得るのだ。命を賭ける準備が出来ている者がいるなら、いまこの場で手を上げてくれ」

 エリスは難民たちを見回した。アイルたちは手を上げた。他にも何人もの男女がその命をかけるために立候補した。

「諸君らの心意気に感謝を」エリスは言った。「だが今は義勇兵たりうるものを私が占断させてもらう」エリスはそういい立候補者の中の幾人にここに留まるよう指示した。

「では諸君らはついてきたまえ」彼女はそう言い、森の中を北に向かい、廃墟と化した遺跡にたどり着いた。

 遺跡の天井は崩れ、本来石畳であろう屋内の床は千年にも渡って降り積もった落ち葉の腐葉土で埋まっていた。

 彼らは遺跡の門をくぐった。遺跡の中には既に八人ほどの人間が待っていた。彼らは全員がエリスよりさらに年嵩の戦士であり、中には百歳を越えているとしか思えない、年の知れない異様な風体の男もいた。

 志願兵達は部屋の真ん中に集められた。

 「まず諸君らに礼を言いたい。諸君らの命を国家にささげてくれることに、まず感謝を」エリスは軽く会釈をして、続けた。「さて薄々気づいていると思うが、今この場に集められているのは一人の兵士もいなければ大人すらいない。このことを奇妙に感じている者もいるだろう。まずこのことを説明したい……」

 エリスは息をついで、続けた。

 

 「今から二十年前のことだ。一人の国家魔道士、名をスタウダマイアーと言うが、彼が魔術の禁忌を破り人体錬成を行った。人体錬成は、当時は失敗したと判断されたのだが、今ではほとんど成功の寸前だったのだと考えられている。

 その直後に”アスタロト”が彼に接触してきた。アスタロトとは魔王ソロモンが呼び出した七十二の大悪魔のうちの一人だ。この悪魔はスタウダマイアーの他にもいくつかの魔法使いに接触し、それらを配下に降らせた。そして彼らはウルゴーン山脈を越えて、北方の地ローデシアへと旅立っていったのだ。

 アスタロトの目的はソロモン王の復活だ。そして彼の復活には”肉”が必要なのだ。

 ”肉”とはなにか。それは文字通りソロモンの肉体のことだ。彼の肉体を受け継ぐ、子孫たちの肉だ。

 伝承では、ソロモンはクシャンドリア王国の末裔だということだ。クシャンドリアとはおよそ三千年前にこの地を支配していた古代の王国の名だ。つまり君たちロードラン人の中には、ソロモンの血が流れているということだ。

 今、ソロモンの復活を目論む悪魔たちがこの地ロードランに侵入し、子供たちを攫っている。子供を狙う理由は、人体錬成の触媒としては子供だけが有用だからだ。

 そしてこの人攫いに協力している売国奴がいる。彼らは二十年前にアスタロトの接触を受けた者たちだ。

 だから二十年前にはまだ生を受けていない君たちの力が必要だ。特に、アスタロトの影響下にある者とさえ一切接触のない人間が。辺境の民である君たちはこの条件を満たしている。この任務には絶対的な潔白が求められる。

 君たちを”特命”として義勇兵団に迎えたい。

 君たちには国王から”手”を経て直接命令が下される。その命令に拒否権はない。死地に至る任務も命じられることもあろう。

 この任務には特段の危険が伴う。そして人に知られず名誉もない。この王命を受ける者のみここに残れ……」

 エリスは話を終え口を閉じた。

 一人としてその場を去る者はいなかった。

「いま君たちは特命に任ぜられた。では今から義勇兵の誓約を立よう。さすれば君たちは魔法の力を授かるだろう。いま魔法が使えないものには扉が開かれる。すでに魔法が使えるものには、より大きな力が与えられるだろう。

 義勇兵の誓いとはこうだ。”義勇兵団が命じる全ての命令に殉ぜよ。ただしその命令は、義に準ずるものに限られる”。破れば誓約が君たちの首を切り落とす」

 エリスは自分の襟首をめくり見せた。そこには黒い入れ墨の様な線が一本、首をぐるりと一周していた。

「義勇兵団の命令の中には命を賭すものもある。つまり死ねという命令が出れば、それが正義に則ったものであるならば、君たちは死ぬのだ。もう一度聞く。今の話を聞いて、命を賭し王命に準ずる者のみ残れ」

 だれひとりとして動くものはいなかった。みな顔を上げ、断固たる決意を漲らせてそこに立っていた。

「君たちの決意、たしかに受け取った」

エリスはそう言うと部屋の中央に火をおこした。そして皆に膝をつかせた。

「君たちに今から魔力を授ける。君たちは瞬時に理解するだろう、この世界が物質と魔法でできていることを」

 エリスは剣を抜き、アイルの前に立った。そして剣を彼の肩にかざし、口中で呪文を唱えだした。

 「juäna hekegnönima condrizza isu urünasü ois…」

 呪文がまだ言い終わらないうちに、焚き火が段々と大きく燃え上がりはじめた。

 この部屋で、今目に見えない何かの力が動いている。

 エリスの剣がアイルの肩に触れた。

 その瞬間、突如白鱗の火矢より眩しい輝きがアイルの視界を真っ白に焼き尽くした。

 そして熱線があらゆる筋肉と内蔵とを貫いた。アイルは体が燃え尽き死ぬのではないかと恐怖を感じた。

 アイルは恐怖に固まっていた。すると、視界を覆う白い光の中からなにかの黒い糸が現れた。それは空中でとぐろを巻き、何かの文字を形作ると、アイルの首に飛びつきその首にきつく巻き付いた。

 これは、エリスの首を覆っているあの黒い糸だろうか。

 糸はアイルの首を締めた。彼は糸に引っ張られつま先立ちになり、呼吸ができず、そのまま意識を失いかけた。しかし次の瞬間には糸の緊張が解かれ、首には何の痛みもなく、アイルは意識を取り戻した。

 やがて彼の視界は回復した。その時にはもう、アイルの目には魔法が見えていた。

 彼は首をまわして皆を見た。

 各々の体から立ち昇る魔力の衝撃。全身が感覚を取り戻すにつれて、体中にエネルギーが漲り同時に鋭敏な感覚まで研ぎ澄まされていく。

 体が軽い。

 あたかも宙に浮遊しているようだ!

 エリスが大声で言った。

「今の諸君は言わば初めて夢精した少年のようなものだ!その迸る力はいまだかつて外部に出ることのなかった魔力、すなわちエーテルが体中から噴出しているのだ。

 君たちの体は今はじめて魔力に充溢している。

 体が軽いだろう。足が地面につかないほどじゃないか?

 いまこの瞬間の君たちは並の兵士たちよりも強い。

 さあいくぞ!!あの帆船のゴミ共を皆殺しにするのだ!」


 川面に停留する帆船は自らの灯火に照らされ何の臆面もなく川面に浮かんでいた。

 アイル達は立ち泳ぎで暗い海面を長い時間をかけて渡り切ると、右舷の船体の影に身を潜めた。

 アイル達は耳をそばだて甲板の様子を探った。ゴブリンの言語不明瞭な笑い声の他には、何も代わった様子はなかった。

 やがてときは北。

 突如耳をつんざくような轟音とともに、左舷が陸地からの砲撃を受け吹き飛んだ。

 船がきしみ大きく倒れ、マストの上のカンテラが外れ甲板に落下し、ガシャンという音を立てた後爆発した。

 いまだ。

 アイル達は船べりに鉤縄を掛け、船の中棚を一気によじ登った。

 その時、船べりからゴブリンが顔を出した。やつはその華奢な体に似合わない巨大なクロスボウを握っていた。

 「こっちだ!!」アイルの左手にいる、金髪の剣使いが叫んだ。

 ゴブリンは彼に向け引き絞った弓からボルトを放った。剣士は右手を顔の前に掲げた。

 ボルトが貫通する瞬間、彼は手を握りその短い鉄矢を掴み取った。そしてふたたび縄に手をかけ昇りはじめた。

 ゴブリンは驚愕に目を見開いた。

 今の俺達は、普通じゃない。

 アイルは一気に船べりを乗り越え、素早く短剣を突き出しゴブリンの首を突いた。



a アイルが、背後からやられそうになる

 下がってください

アンナが煙を吹き出す


う甲板の上に登り切ったイブが、上から矢を放ちまくる

いまだ 





 

 甲板は火に覆われていた。

 左舷では崩れた船べりからオークが水面に矢を撃ち込み、丸出しの背中を曝していた。

 アイルは迷うことなくその背中に直行した。

 そして短剣を逆手に持ち替えると、太い首を一刺しで貫いた。

 甲板の上はすぐに乱戦になった。

 エリスが鉤縄をよじ登った後、アイルたちに言った。

「ここは任せた!」

 

 エリスは船橋に突撃した。中には今だに戦闘準備のできていないゴブリン共が間抜けにたむろしていた。雑魚は長剣の一振りで一気に薙ぎ払い、船尾へ向けて一気に駆け抜けた。


 エリスは船尾の扉を開けた。大概船長室は船尾に構えられていた。しかしそこには誰もいなかった。

 エリスは船底へ続く階段を下りた。

 船底では樽がぎっしり詰められた小部屋のなかで、紅いマントを着けたオークが短銃を手に握り座っていた。数多の鎧の古傷がこのオークの何たるかを語っていた。

 判断が早い。こいつが船長だろう。そして背後の樽は火薬だろう。

 船ごと自死する前に、一気にかたをつける。

 やつはエリスを見ると、巨大な鉄斧を握り立ち上がった。


 エリスは体を丸めて突進した。やつが鉄斧を振りかざした。

 エリスは足を踏み込み更に速度をあげ、斧の軌道に入った。大振りの戦斧が凄まじい速度で振り下ろされた。

 エリスは右手の小盾でこれを受けた。

 凄まじい衝撃音とともにオークの戦斧が弾かれ、刃が粉々に砕け散った。オークは驚嘆に目を見張った。

 エリスはそのまま盾で兜の鼻先をかちあげた。

 兜ごと脳を揺さぶられたオークは、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

 オークはその盾の正体を見た。厚さ三インチの鉄の塊だ。重さは三百ポンドはくだらないだろう。

 エリスはオークの巨体にまたがり、盾の尻をオークの首元に打ち下ろした。

 オークの首は吹き飛び、血を吹き出しながらオークは死んだ。

 エリスが甲板に戻ると、既に敵は皆殺しにされていた。

 エリスは勝鬨を上げた。

 



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