誘拐!?
さっき、咲久が部屋を出ていってしばらくした。俺は浴衣が疲れてきたので私服に着替えた。
咲久は15分が経っても帰ってこない。心配なので迎えに行くことにした。
宿のロビーの自販機には咲久はいなかった。
「入れ違ったのかな?」
電話を掛けてみた。すると、すぐに繋がった。
「咲久!今どこ!?」
『谷本。いや、上本。1時間以内に指定した場所に来い。さもなくはお前の彼女がどうなってもしらねえ。~~~だ。警察には言うな。じゃあな』
「おい!待て!人違いだ!」
叫んだが通話は既に切れていた。
俺は急いで車に乗った。上本……玲音と間違ってるのか?
そういえば、インタビューの後に名刺をもらったな。
『はい。どちら様でしょうか?』
「昨日お会いした仁科です。まだ軽井沢にいますか?」
『ええ。』
「お願いです。~~~に来てください。咲久が誘拐されました。犯人らしき人は谷本と呼んだ後に上本に言い直していました。多分、玲音さんのことです。警察には連絡しないでください。」
『咲久さんは無事なんですか!?』
「分かりません。でも、信じてるので大丈夫です。それよりも咲久が連れ去られたということは咲久よりも強い人か人数が多いかのどちらかだと思うので玲音さんが先に着いても俺が着くのを待ってください」
『はい。俺のホテルから結構近いのでタクシー拾って今向かってます。着いたら連絡します』
「ありがとうございます」
咲久、絶対に助けるから。待ってて。
20分後、指定された場所に着いた。
「仁科さん、突撃しますよ」
「はい」
そう言って俺は玲音さんと一緒に倉庫の扉を開けた。
「「咲久(さん)!」」
「おい、なんで2人いるんだよ。警察か!?」
電話を出たリーダーであろう男が俺に指を指して言った。
「咲久をどこに連れていった!?咲久に指1本でも触れた奴は名乗り出ろ!早く!」
「なんでお前がそんなにキレてるんだよ。上本の彼女だろ?」
「はあ?俺の彼女だ!早く咲久のいるところに案内しろ」
そう言ってそいつの胸ぐらを掴むと素直に案内してくれた。
「あ、真白来た」
咲久は男に押し倒されていた。その男を押しのけて咲久を起こして抱きしめてキスをした。
「咲久!何されたの!?キスされたり体触られたりしてないか!?」
「真白にキスされた以外何もされてないよ」
「さっき押し倒されてただろ!」
「誤解だよ。私が立ち上がったときに転びそうになってその人の服を引っ張ったらさっきの体勢になったの」
「怪我は?」
「大丈夫。この人達ね、なんか変なの。誘拐したくせに私の心配したり一緒にトランプしたり腕相撲したり。なんで誘拐されたのか分かんない。って、真白?なんで泣いてるの?どこか怪我したの?」
「ううん。咲久が大丈夫そうで安心して。やっぱり強いな、咲久は」
「心配かけてごめんね。勘違いだったとしてもこんなに多人数でも関係なく助けようとしてくれて嬉しかったよ。真白はホントにヒーローだね。カッコよかった」
咲久はそう言って俺を抱きしめた。
「さりげなく胸に顔をずらしてるのバレてないとでも思ってる?」
「タイミング的に今かなって」
「バカだなって顔で見られてるよ」
「羨ましいなって顔だよ。」
少しの沈黙の後にリーダーらしき人が声を発した。
「おい、上本。お前がなんでここに呼ばれたか分かるか?」
「仁科さんと人違いされてたから」
「それは悪かった。ってそうじゃなくて!お前、今日は何の日か分かるか?」
「はい。鈴音の元恋人の矢代美羽さんの命日です」
「そうだ。俺のことは分かるか?」
「美羽ちゃんの従兄弟の矢代慧さんですね」
「ああ。この前、家に手紙が届いた。差出人は誰だと思う?」
「まさか、」
「美羽だ。お前に謝りたい。手伝ってくれ。そう書かれていた。この意味が分かるか?」
「え、」
「手伝うってことは生きてるってことだ。でも俺にはお前への連絡手段がなかった。正直俺は美羽の手紙が届かなかったら死んでいた。だから手荒な真似をした。すまない」
その男はそう言って俺と咲久の方を向いて土下座をした。
「あの、美羽さんってさっき私と腕相撲してた人ですよね?」
咲久はそう言って地べたに座っていた細身の男のフードを取った。
「やっぱり女の子だったんだ。手の感じが真白とか弟と全然違ったし、声も高めで肩幅とか狭くて体のラインが丸かったから女の子だと思ってた。」
「よく見てるね。結構上手く男装したつもりだったんだけどなあ。慧ちゃん、ありがとう。こんなの我が儘なんですけどどうか警察には言わないでください。私だけなら言ってもいいです。でも他の人はやめて」
矢代さんがそう言って頭を下げると咲久は矢代さんを抱きしめた。
「私と友達になってくれる?そうしたら友達のイタズラってことにしてあげる」
「私で良ければ親友にだってなるよ」
「やった!真白、玲音くん。友達がイタズラで迷惑を掛けてごめんね」
「いいよ。咲久になにもしてないみたいだし。そんな可愛い顔で俺に抱きついて謝られたら許せないわけないじゃん」
「俺も、美羽ちゃんが生きててくれるだけで嬉しい」
「ありがとう、ございます。」
矢代さんはそう言って玲音さんの前まで歩いた。
「玲音くん、私のせいで鈴音との仲を壊してごめんなさい。リオはずっと私を心配してくれてたけど私が何かに怯える度にすごく申し訳なさそうな顔をしたの。だから自殺したってことにしてシンガポールに引っ越したの。そこでカウンセリングに通って心が元気になって一昨年、日本に戻ってきたの。でも、私が死んだって思ってリオは多分玲音くんに当たったよね?本当にごめんなさい」
「美羽ちゃん、謝らないで。たったの5回しか会ったことはないけど俺は美羽ちゃんを妹みたいに思ってる。だから、こうして元気な顔を見せてくれるだけで十分。ありがとう」
「こちらこそありがとう。あのね、妹から1つお願いがあるんだけど。鈴音の連絡先、教えてくれない?」
「ごめん。あいつ、スマホ替えたばかりでまだ新しい番号は知らないんだ。別に教えてもらってない訳じゃなくてただ仕事が忙しいだけだからね」
「はい」
矢代さんはほっとしたように笑って頷いた。
「俺、新しい番号も知ってますよ。というか今日、帰るので会いますし」
「本当ですか!?」
「美羽ちゃん、」
「呼び捨てでいいよ」
「美羽、一緒に帰ろう。ホテルとかすぐに取れないなら家に泊まっていいし。家、2LDKだから」
「いいの?」
「もちろん。鈴音さん、美羽さんが会いに来てくれたら喜ぶどころか自分が死んだって錯覚しそうだけど」
「確かに。仁科さんもいいですか?」
「いいよ。それと同い年だから敬語じゃなくていいよ。咲久は俺達より1つ年下だし」
「そうなんだ。玲音くん、忙しいなか来てくれてありがとう。ずっと腕時計見てるけどもう帰らないとなんだよね?」
「ごめんね。美羽ちゃん、何も気にしないで鈴音に会っておいで」
「うん。ありがとう」
矢代さんがそう言うと玲音さんは走って出ていった。
「あ~あ、握手してほしかったな。」
「まだそんなこと言ってるの?俺が握手するってば」
「それは意味ないの。」
「なんで?60万人のフォロワーがいる人気インフルエンサーなんだよ?」
「それは私もだし。というか私と合わせて60万人だから真白は30万人だよ」
「違う。咲久のファンが半分しかいないわけがない」
「なに急に褒めてるの?」
俺と咲久のやり取りを見ていた人達は皆一斉に笑いだした。
「2人、仲良いね。高校生の頃を思い出しちゃった。改めて自己紹介するね。私は矢代美羽。22歳。仕事は作家兼脚本家」
「すごい!私、小説大好き。小鳥遊咲久、21歳。株式会社TAKANASHIの開発部で家具の商品開発をしてるの」
「TAKANASHI?」
「お父さんとお母さんの会社だからコネ入社って感じ」
「でもデザインコンテストで受賞してたじゃん」
「そうだけど。珍しい苗字だから面接のときに絶対バレたし。社員が150人ぐらいだからすぐに知れ渡るし」
「そんなの言ったら俺もじいちゃんの病院に研修に行ったらバレるというか顔見知りばっかりだよ」
「確かに」
「俺は仁科真白です。短大に通ってたときに鈴音と仲良くなったけど俺は医学部に入り直したから今は連絡取り合って時々ご飯に行くぐらい。ちなみに医学部3年生の22歳」
「そうなんだ。ここにいる人達は4人は私のお兄ちゃんで6人が従兄弟。実は従兄弟のうち3人は女の子なんだけど背が高いから男装して手伝ってもらったの」
「そうなんだ。」
咲久が頷くと同時に電話が掛かってきた。
「もしもし、千花?うん。ちょっと外に出てて。うん。え、大丈夫だよ。心配しないで。それよりさ、聞いてよ。新しい友達ができたの。朝食取ったら帰るまで一緒に観光しよう。うん。じゃあまた後で」
「何だったの?」
「千花がこっちの部屋に来たらいなかったから何度か電話したのに繋がらなくて心配したって。それと、もう朝食に行こうだって」
「そうだね。矢代さん、10時までにチェックアウトなので宿に戻って朝食を取る間、観光でもして待っててもらえる?」
「もちろん。慧ちゃん、皆、今日はありがとう。じゃあまたね。」
「美羽!」
「茉里、急に抱きついてどうしたの?」
「もう勝手にどこかに行ったりしないって約束して!」
「うん。ごめんね。あの時はああするしかなくて。でも、もう黙っていったりしないから」
「うん。またね」
それから3人で宿に戻った。矢代さんは温泉にでも入ってくると言って咲久と連絡先を交換して手を振って行った。
「真白、朝ご飯食べに行こう」
「うん」
それから宿の食堂に行くと五十嵐と葉山さんが手を振っていた。
「咲久も先輩もどこ行ってたの?」
「ドライブ、かな」
「なんで疑問系?」
「一言じゃ表せないから。そんなことより早く食べよう。お腹すいた」
「うん!」
葉山さんが大きく頷いて笑った。
それから朝食を終えて部屋に戻って咲久はメイクをして着替えて早めにチェックアウトをした。
「美羽に連絡しておいた。もう少しで来るって」
咲久が嬉しそうに言った。
ホントに可愛いな。一緒に住む前はデートの待ち合わせの度に嬉しそうに手を振りながら駆け寄って来てくれてたな。今は一緒に家を出るから待ち合わせはしないけど次のデートは待ち合わせようかな。
「真白、何かいいことあったの?すごく楽しそうに笑ってるけど」
咲久が不思議そうに訊いた。
「咲久と一緒にいられることがすでにいいことだよ」
咲久を抱きしめてそう言うと咲久の心臓の鼓動が聴こえてきた。
「あ!美羽!ここだよ!」
咲久は俺の腕からすり抜けて走っていった。そして矢代さんを連れてこの場に戻ってきた。
「今朝、仲良くなった矢代美羽です」
「私は咲久と中学からの親友の葉山千花です。千花でいいよ」
「私も美羽でいいよ。私の方が年上みたいだし」
「うん!」
「俺は千花の彼氏の五十嵐亮太です。俺のことは五十嵐(いがらし でも亮太でも好きに呼んでください」
「じゃあ五十嵐で。何か五十嵐って感じするし」
矢代さんが笑って言うと咲久と葉山さんが賛同していた。
「真白、私達女子3人で観光してきてもいい?」
「え、大丈夫?」
「うん!この2人のことは私が守るから安心して」
そういう心配じゃないんだけどな。
「観光っていうか温泉に入るだけだから絡まれたりはしないよ」
「そうだね。じゃあここに10時半集合ね。」
「うん。行ってきます」
「行ってらっしゃ」
手を振ると咲久は矢代さんと葉山さんの手を引いて走っていった。
「五十嵐、俺達はお土産でも見るか?」
「そうですね。チームの人達にも買って行こうかな。」
それから俺と五十嵐でお土産屋を見てまわった。
「五十嵐、さっきからスマホ気にしすぎじゃないか?」
「仁科先輩こそ。」
「ずっと思ってたんだけどさ別にもう、高校卒業してるから先輩呼びじゃなくて真白って呼んで。というか中学からだから結構付き合い長いし。敬語も別にいい」
「ああ。でも急に仲良くなったって思ったら小鳥遊が嫉妬するんじゃないか?」
「かもね。でも咲久の嫉妬って可愛いからされても嬉しい。怒っても可愛いから正直可愛くないときなんて想像できない」
「小鳥遊、愛されてるな。千花は怒るとすげえ怖いからいつも怒らせないように気を付けてる」
「咲久も本気で怒ったら怖いよ。だからほどほどにしてる。喧嘩して俺が可愛いとか言ってキスしたりしたら逆に怒ったりするときもあるけどスイーツで機嫌が治っちゃうから」
そう言って笑うと五十嵐が千花もそうだと言って笑った。
「正直さ、あの2人が仲良すぎて嫉妬したりしない?」
「分かる。キスの練習してたとか。いや、まあ、俺も悪いなとは思ってるけど俺よりも多くするのはちょっとおかしくないか?」
「え、五十嵐よりも咲久の方が多いの?」
「ああ。」
「俺はムカついたから咲久からも今日1日で同じ回数分キスしてねって言ったよ。練習の成果見せてって」
「60回ぐらいって聞いたんだけど1日はしんどくない?」
「え、ちょっと待って。咲久から聞いた回数と全然違うんだけど」
俺は慌てて咲久に電話を掛けた。
『今、服脱いでた所なんだけど。わざわざ着替え終わって休憩する人のとこまで来たんだよ。』
「咲久、練習の回数40回って言ってたよね?」
『そうだよ。え、今すぐ40回しろってこと?』
「そうじゃなくて、五十嵐が葉山さんに訊いたら60回だって言ってたらしくて」
『ウソ!ねえ、千花。60回もしたっけ?』
『亮太と合わせてね。咲久とは36回だよ』
「なんだ。ビックリした」
『誤解解けて良かった。って千花、さりげなく胸を触らないでよ』
『咲久の胸って柔らかいからさ。てか、大きくなった?』
『まあ、ちょっと。せっかくだからランジェリーのいいやつにしてみた。パンツも紐のやつがセットだったんだけどほどけそうだからまだはいたことないの』
『仁科さんに見せたら?』
『先輩、喜ぶんじゃない?』
『無理。スカートだとほどけそうで怖い』
「咲久ちゃ~ん?」
『ヤバッ!まだ繋がってたんだけど!真白、忘れて!』
「楽しみにしてるね」
そう言うと通話が切れた。
「五十嵐と合わせてだって」
「なんだ、良かった。それにしても、すげえ嬉しそうな顔をしてるけどなんでだ?」
「楽しみな事ができたから」
「うわ、めちゃくちゃ悪い顔してんだけど。小鳥遊絡みってことだけは分かった」
「そう?」
* * *
「真白に聴こえてた」
温泉に浸かって顔をパンパンと叩いた。
「さっきの話?」
千花が笑って言った。
「笑い事じゃないよ。楽しみにしてるねとか言ってたしもう顔みれない」
私は深く溜め息をついた。
「咲久、そんなの冗談だろうから真に受けなくても」
美羽はそう言って肩にポンッと手をおいた。
「真白のことだから冗談混じりの本気っていうか冗談っぽく見せかけてまだなの?って聴いてくるに決まってる。なんなら他の下着をかくして隠してそれだけにするかも」
「さすがにそれは……」
千花は途中で言葉を止めて苦笑いをした。
「そこは最後まで否定してよ」
「いや~、先輩なら有り得るな~って」
「そうなの?」
美羽が首を傾げて訊いた。
「いや、まあ、そうかも」
私が苦笑いを浮かべると2人も同じような表情をした。
* * *
「五十嵐、咲久達温泉あがって今お土産屋さんにいるって」
「どこの店?」
「すぐ近く。変なのに絡まれる前に迎えに行こう」
俺達が店に行くと3人はお茶を飲みながら話していた。
「そろそろ帰るよ。」
「うん。あ、このお菓子すごく美味しいんだよ。お土産に買っちゃった。1口いる?」
「うん」
俺が口を開くと咲久がお菓子を口まで運んだ。
「ホントだ。美味しい」
「家用にも1箱買っておいたから帰ったら食べよ。お茶は真白が淹れてね」
「うん」
俺がそう言うと咲久は嬉しそうに笑った。
それからお茶を飲み終わって皆で車に乗った。
「俺と五十嵐が前に乗るから3人は後ろに座って。荷物は3列目に固めておいて」
「私も後ろに座るの?途中で運転替わらなくていいの?」
「うん。荷物の準備とか予約とかしてくれたからこれぐらいは俺にもさせて」
「ありがとう」
咲久が微笑むとニヤニヤと笑って五十嵐達は俺と咲久を交互に見た。
「なにその目。もう出発するからね」
そう言ってエンジンをかけてアクセルを踏んだ。
それから約4時間後。
「千花も五十嵐もまたね」
咲久と矢代さんが車の窓を開けて手を振った。
「おお!」
「またね。って美羽、連絡先交換してない!」
「そうだった。はい」
「ありがとう!じゃあまたね」
* * *
「真白、このまま鈴音さんにお土産渡しに行くんだよね?」
「うん。矢代さん、先に鈴音に伝えておいた方がいい?」
「いや、伝えたら階段から転げ落ちたりしそうで心配だから。それに、ちゃんと自分の口で言いたい」
「分かった」
そう言って真白は車を走らせた。
それから鈴音さんの住んでいるマンションに到着して鈴音さんの部屋の前に行ってチャイムを鳴らした。
「はいは~い」
軽やかな声が聞こえたと同時にドアが開いた。
「真白、咲久ちゃん。久しぶり!」
「お久しぶりです!」
「お邪魔しま~す」
私と真白が中に入って、後ろに隠れていた美羽が玄関に一歩踏み入れた。
「……リオ、久しぶり」
「……え、美羽?幽霊?俺が死んだの?ごめん、ごめん。……ごめん、ごめん、ごめん。ごめんね、美羽。もっと早く死んで会いたかった。ごめん、俺、美羽を死なせたのに死ねなかった。ごめん、ごめん。ごめん」
鈴音さんは頭を下げて謝り続けた。すると、美羽が鈴音さんを抱きしめた。
「リオ、私、死んでないの。ずっと生きてたの。リオにずっと謝らなきゃって思ってて。玲音くんには今日の朝ちゃんと謝ったの。だからリオにも謝らなきゃって覚悟がついた。」
美羽がそう言って鈴音さんから離れた。
2人は真白に誘導されてリビングに行った。
「リオ、今から言うことは全部本当だから信じて」
そう言って美羽さんは語りだした。
高校1年生の夏、自殺をしようとして池に飛び降りたが一命を取り留めたこと。
両親に言われてしばらく海外で治療をしていたこと。
今は同じ状況のドラマや映画を見れるほどにまで治ったこと。
玲音くんとの仲を引き裂いてしまったこと。
トラウマを引きずらせてしまったことなどたくさん話した。
「ごめんね、リオ。あのときの私はこうするしか方法はなかったの。だから家族以外には私が死んだって言って海外に引っ越したの。でも、こんなの言っても何もならないけどこの6年間、リオを忘れたことなんて1日もないよ」
そう言った美羽の目には涙が溢れていた。
「本当に、美羽は生きてるんだよな?夢じゃないよな?」
鈴音さんがそう言うと真白が鈴音さんの頬をつねった。
「痛っ!」
「夢か分からなかったんでしょ?」
「いや、そうだけど。まあ、美羽を連れてきてくれたから別にいいよ。美羽、生きててくれてありがとう」
「玲音くんも似たようなこと言ってた。兄弟みたい」
「兄弟だよ。そういえば、兄貴に新しい連絡先教えるの忘れてた。あ、言っとくけど美羽のことがどうとかそういうことじゃないからな」
「うん、分かってる。それも聞いた」
美羽は可笑しそうに笑った。
「鈴音、お土産のお菓子食うか?」
「ああ。お茶淹れてくるな」
「俺が淹れてくるよ。お茶も買ったから」
そう言って真白が立ち上がった。
「私も手伝う」
私が立ち上がろうとすると美羽が腕を掴んで首を振った。
「咲久にももう一回謝らせて。巻き込んでごめんね」
「友達のイタズラだもん。気にしてないよ。千花のイタズラに比べたら可愛いものだよ。この前、怖い話をした後に電気を消してドアが開かないって騒いでたときより断然マシ」
「確かに。それは怖そう」
「怖かったよ。だから、その日の夜ご飯は千花の嫌いな食べ物を並べたの。でも、いつの間にか克服してたせいで美味しいって言ってたんだけどね」
「そうなんだ。でも、もしかしたら咲久の料理で克服できたのかもよ」
「だと嬉しいな。」
私と美羽のやり取りを見て鈴音さんは泣いていた。
「リオ、」
「ごめん。美羽が目の前で笑ってるのが久しぶりすぎて」
「そうだね。リオ、私に気を遣って好きな人と付き合ってないならもう気にしなくていいからね。リオならすぐに付き合えると思うから」
美羽がそう言うと鈴音さんはえ、と言って驚いた表情をした。
「待って待って。なんでそうなるの?」
「いや、リオのことだから私が死んだって思い込んでたら償いとか思って他の子と付き合ってないだろうなって思って。違った?」
「違わないけど。でも、好きな人は出来たことがないっていうか」
「気を遣わなくていいって。咲久も同じ立場だったら気遣われるのは嫌じゃない?」
「それはそうかもしれないけど。鈴音さんは別に気を遣ってる訳じゃないと思うよ」
鈴音さん、頑張って!美羽は思った以上に鈍感だよ。
「逆に訊くけど美羽は好きな奴とかいねえの?」
「いるよ。リオだよ。だからリオには幸せになってほしいの」
「もう、幸せだよ。なんてったって好きな人に告白されたからな」
「リオ、誰かに告白されたの?やっぱり付き合わないで。もう少し気持ちを整理させて」
「あ~、もう!6年経っても相変わらず鈍感だな。俺が好きなのは、美羽。お前だよ」
「ええ!ウソ!?ウソでしょ!……え、ホント?」
「そうだよ」
「ごめん!」
「え、普通、今振るか?」
「あ、いや、そうじゃなくて。なんかビックリして謝っちゃった。」
「そもそも別れてないのに言うのは変かもだけど。美羽、俺の彼女になってください」
「うん。鈴音を私の彼氏にしてあげる」
美羽はそう言うと鈴音さんに抱きついた。
「リオ、私、泣きそう。」
「俺も」
「じゃあ2人とも水分補給どうぞ」
真白が2人の前にお茶を置いた。
「仁科さん、ありがとう」
「彼氏の親友だから呼び捨てでいいよ」
「リオ、親友なんていたんだね」
「ひどいな。俺にだって親友の1人ぐらいいるよ」
そう言って鈴音さんがお茶を飲んだ。
「甘っ!真白お前、何入れたんだよ」
「砂糖と蜂蜜。お祝いの意を込めて。」
「あ、そういえば美羽。今日、うちに泊まる?それとも鈴音さん家?」
「リオは明日仕事?」
美羽が訊くと鈴音さんが頷いた。
「咲久のところ泊めさせてもらってもいい?」
「うん!服とかどうする?部屋着は貸すとして下着とかは買う?一応まだ使ってないのもあるんだけど」
「咲久、サイズ何?」
「えっとねEのろくじゅ」
私が言い掛けたとき真白が慌てて私の口を塞いだ。しかもキスで。
「咲久、そういう話は声のトーンを落とすか筆談で答えて。」
私がコクコクと頷くと真白は微笑んだ。
「そういえば、初めて会ったときに咲久ちゃん言ってたね。急にキスしてくるのはやめてほしいって。全く治ってないみたいだけど」
鈴音さんは笑って言った。
「嫌なの?」
真白は首を傾げて訊いてきた。
「嫌というか。心臓に悪い」
「大丈夫、悪くないから。人間そんなに弱くないよ」
そう言って真白は笑った。
そういう意味じゃないんだけどなあ。