誤解しないで!
私と千花の彼氏は驚きのあまり固まっていた。
遡ること8時間前。
「着いた~!」
「久しぶりに来たけどやっぱりいいね」
「チェックインって何時からだっけ?」
真白が荷物を降ろして訊いてきた。
「13時だから丁度いい時間だね」
そう言って荷物を受け取ろうとすると華麗にスルーされた。
「重いから俺が持つね。咲久は俺の手を持って」
「私、千花の分もチェックインしてくるね。五十嵐も真白にチケット渡してあるからチェックインしておいてね」
そう言って千花と一緒に宿に入った。
チェックインを済ませてそれぞれ部屋に向かった。
「荷物ありがとう。浴衣着替えたら一緒に観光しよう」
「そうだね」
真白はそう言って部屋の鍵を開けた。
私も客室に入った。
「綺麗だね~。景色とか最高!ね、咲久」
「うん。癒される」
「じゃあ早く荷物置いて浴衣に着替えよ」
「うん」
それから浴衣に着替えて真白達とロビーで待ち合わせた。
「待った?」
「いや、俺達もさっき来たところ。咲久、浴衣似合ってる。可愛い」
「ありがとう。真白も似合ってるよ。せっかくだし写真撮る?」
「そうだね。五十嵐と葉山さんも入って」
そう言うと真白はスマホを取り出した。
写真を1枚撮って2人の了解を得てSNSにアップするとすぐに反応がきた。
「千花と五十嵐も人気だね」
「いや、咲久と仁科先輩の方が一番人気じゃん」
「真白はイケメンだからね~。こんな彼氏憧れるとか言われるけど誰にも譲るつもりはないんだけどね」
そう言ってニッと笑って見せると千花と真白が私に抱きついた。
「私の親友が一番イケメン」
「分かる。俺の彼女が一番かっこいい」
2人はそう言って少ししたら離れた。
「真白、さりげなくキスしようとしないで。24時間だからまだダメなんだけど」
私がそう言うと千花と五十嵐が首を傾げた。
「昨日、会社の同僚と電話してたら……」
* * *
『咲久~、佐倉さんって人から電話かかってきてるけど』
『あ~、会社の同僚だよ』
『男?』
『うん』
『へー。はい、スマホ』
『ありがとう。 あ、もしもし、小鳥遊です。はい、え、明日ですか?明日は用事が。他の休みの日はまだ予定を組んでなくて』
私が話していると後ろでパタパタと足音が聞こえた。
『すみません、ちょっと騒がしくて』
ミュートにして真白の方に振り返った。
『もう少し静かに歩いて』
『分かった』
マイクをオンにしてまた電話を取った。
『すみません。ずっと思ってたんですけどそれって職場じゃダメなんですか?そうなんですか。え、食事ですか?他に人は?別に嫌ってわけじゃ』
すると真白が抱きしめてきた。
『咲久、大好きだよ』
そう言って真白がチュッと音をたてて唇にキスをした。
『本当にすみません。彼氏が一緒にいてて。出来れば気にしないでください。はい。はい』
そしてすぐに通話が切れた。
『ちょっと電話してたのに丸聞こえじゃん!』
『そもそも、休みの日に電話してくるものなの?全然休めないじゃん』
『それはそうかもだけど。』
『それに咲久の話し方的に仕事の事じゃない気がしたし』
『まあ、それは。仕事の相談にのってほしいから今度食事に行かないかって誘われた』
『やっぱり。咲久が断りづらいなら相手が誘えないようにしたらいいかなって思って』
『それは助かるけど次、仕事で会ったとき、どんな顔したらいいか分からないんだけど』
『どんな顔でも咲久は可愛いよ』
『そういうことじゃなくて表じょ』
真白はまた唇を重ねた。
『気にしすぎだよ。そもそも彼氏持ちの女を2人きりで食事に誘う方が悪いんだから。俺、何度か迎えに行ったことあるし忘れ物を届けたこともあるから彼氏がいることは分かるだろうし』
『それは知ってるだろうけど。相手はただ相談したかっただけだったらどうするの?』
『そうだとしたらまた相談してくるよ。それとも咲久はその人とデートしたかった?』
『え、やだ。ランチのときも食べてるのにずっと話し掛けてくるから食べるのに時間かかるし。お茶ぐらいならまだいいけど。』
『咲久のそういう所好きだよ』
『そんなこと言っても私が佐倉さんと会うのが気まずいのは変わらないんだけど。……あ、そうだ。今から24時間私にキスするの禁止ね』
『え、今から?せめて15時からにしてくれない?あと1時間だけでいいから』
『まあ、いいけど。でもきっちり24時間だからね。15時になったらダメだから』
『うん』
* * *
「みたいな感じで真白は今、キス禁止令が出てるの」
私がそう言うと千花がお腹を抱えて笑った。
「キス禁止令って初めて聞いた」
笑ってる千花の隣で五十嵐は真白の肩にポンッと手をおいて哀れみの視線を向けた。
「仁科先輩、可哀想じゃね?助かったなら別にそんなことしなくても」
「五十嵐、本気で言ってる?時間ずらしたから1時間に何回キスされたと思ってるの?」
「え、何回?」
「真白に聞いて。“私は”数えてないから。少なくとも五十嵐の想像を軽く越すぐらいだと思う」
そう言うと五十嵐は興味津々に真白に訊いた。
「何回ですか?」
「途中までしか数えてないから分からない」
「じゃあ途中までの回数は?」
「100は超えてたのは確かだけど数えても頭に入ってこなかったから。動画にでも録っておけば数えれたけど」
「そんなことしたら許さないけどね」
「ですよね。まあ、とりあえず観光しようか」
「そうですね。俺、温泉まんじゅう食いたいです」
五十嵐がそう言うと千花も頷いた。
「すぐそこに売ってたから行こうか」
真白は私の手を握ってそう言った。
温泉まんじゅうを食べて足湯に行こうと階段を登っていると人だかりができているのを見つけた。
「咲久も亮太も先輩も見に行かない?」
「行く」
私がそう言うと千花は私の手を引いて人だかりの中に走っていった。
それを追いかけるように真白と五十嵐も走ってきた。
「待って、玲音くんいるんだけど!」
「ホントだ!ヤバい、かっこいい!脚長っ!」
私と千花がキャーと手を取り合って騒いでいると真白が私を抱き寄せた。
「俺にもかっこいいって言ってるくせに玲音にはそんな可愛い反応するんだな」
「だって真白はかっこいいけどなんかこうキャーキャー騒ぐ感じじゃなくて『あ、かっこいいな。好きだな』って自然に思うって言うか。自分で言ってて分からなくなってきた」
そう言って真白を見上げると満足気に笑っていた。言わされた。
「俺のこと大好きなんだね」
「玲音くんもだけどね」
「へ~。」
私達が話しているのを見て千花と五十嵐は楽しそうに笑っていた。
すると、なんと玲音くんに声をかけられた。
「お姉さんとお兄さんはお友達同士ですか?」
「俺とこの子がカップルでその2人もカップルなんです。全員同じ中学と高校なんですけど俺だけ1つ年上なんです」
真白が私の肩を抱いたまま答えた。
「実は今、テレビの企画でご夫婦やカップルの方の馴れ初めを訊いているんですけどよければ教えてくれますか?」
私と千花は顔を見合わせて「はい!」と返事をした。
「じゃあまずはそちらのお兄さんとお姉さん。名前はなんて言うんですか?」
「小鳥遊咲久です」
「仁科真白です」
そう言って私と真白は顔を見合わせた。すると玲音くんと一緒にいた女優さんが首を傾げた。
「もしかして“ましさく”ですか?」
「はい。SNSで少し活動をしてます」
真白がそう言うと玲音くんが驚いたように目をパチパチとさせた。
「今、フォロワー60万人ですごく人気なんですよ」
そう女優さんが言うと感心したように頷いた。
「実は私、玲音くんの大ファンなんです。真白と付き合う前に観に行った映画で玲音くんが主演だったのでそれ以来ずっとファンなんです」
「お2人の思い出に残れるなんて光栄です。あの、お2人の出会いを教えてもらえますか?」
私と真白は顔を見合わせて考え込んだ。
「出会いっていうか。俺達、幼馴染みで家も近所なので咲久が生まれてすぐに出会ったので想い出の中にはいつも咲久がいるんです」
「素敵ですね。じゃあいつから付き合い始めたんですか?」
「私が高校1年生で、真白が高校2年生の秋頃です。今、21なので付き合って5年です」
「すごく長いですね。喧嘩とかはしないんですか?」
「しますよ。でも一方的に私が怒ってることが多いのでスイーツとかで仲直りするんです。それか真白に非があるときは罰ゲームとか。今もそうなんですけどね」
「罰ゲーム?」
玲音くんが首を傾げた。可愛いなと思っていると真白が顔を近づけた。
慌てて真白の口を手で押さえた。
すると真白は私の手をよけて玲音くんに向き直した。
「これが罰ゲームです。24時間キスをしたらダメっていう。俺は咲久が怒っていても可愛くて仕方ないからつい構うんですけどさすがに悪いときは反省しないとって思ってたら罰ゲームを提案されて」
「咲久さんが大好きなんですね」
「はい」
真白はそう言って微笑んだ。私は恥ずかしくて手で頬を冷やしていると真白が可笑しそうに笑った。
それから千花と五十嵐もインタビューを受けていた。
その後、玲音くんに話し掛けた。
「あの。ゆずちゃん、仁科柚希さんと昔、仲が良かったんですよね?というかそもそも真白に見覚えがありましたよね?」
「どうしてそう思ったの?」
「目と勘です。もしかしてゆずちゃんを本気で好きだったんですか?」
「大好きだけど恋とは違う感情なんだ。親友兼妹みたいな。柚希ちゃんもそう思ってただろうし。真白くんのお姉さんの柚希ちゃん、今何してる?」
「高校の先生で、2年前に結婚して、去年男女の双子の赤ちゃんが生まれて大変そうだけど幸せそうです」
「そっか。幸せなんだ。良かった。天使がおめでとうって言ってたって伝えておいて」
ゆずちゃんにそうメッセージを送ると電話がかかってきた。
「もしもし」
『天使って。もしかして上本くんといるの?』
「旅行してたらロケしてて」
『ビデオ通話に変えるね。亮介、愛理抱っこして。親友に見せるから』
そう言ってゆずちゃんはカメラをオンにした。
『上本くん、久しぶり』
「久しぶり」
『私の新しい家族、紹介するね。旦那の亮介。長女の愛理。長男の海里。ずっとありがとうって言いたかったの』
「どうして?」
『夏目漱石が初恋って言って笑わないでくれたから。だから私、英語教師を目指して東京に行って亮介に会えたから。だから、上本くん、ありがとう』
「どういたしまして。亮介さんと末永くお幸せに」
玲音くんがそう言うとゆずちゃんは亮介くんと顔を見合わせて照れくさそうに笑った。
それから通話が切れて玲音くんは嬉しそうに笑った。
「咲久さん、ありがとう。柚希ちゃんが亮介さんみたいに優しそうな人と結婚してて嬉しかった。」
「どういたしまして」
「咲久さん、髪に葉っぱがついてますよ」
そう言って玲音くんが手を伸ばすと私は誰かに後ろから抱きしめられた。
「たとえ鈴音のお兄さんでも咲久に手を出すのは許さねえよ」
「勘違いだって。葉っぱがついてるって教えてもらっただけだから。」
「ホントだ。葉っぱついてる。勝手に勘違いしてすみません。咲久もごめんね。腕引っ張っちゃったけど痛くなかった?」
「全然平気。てか、鈴音さんのお兄さんなの?名前と顔は似てると思ったけど」
「鈴音の友達?あいつが俺と兄弟なんてよく自分から言ったな」
「咲久の話をしたときにお前も人気だから気を付けろって」
「それでか。でも本当に気を付けて。もう美羽ちゃんみたいな子を出したくないから」
玲音くんは目を伏せて言った。そっか。鈴音さんの彼女って美羽さんって名前だったんだ。
「はい!大丈夫です。こう見えて道場で真白の次に強かったので。他にも男子はいるんですけど2人相手で手合わせしたことありますけど余裕で勝ちましたし」
私が笑って言うと真白も玲音くんも柔らかい笑みを浮かべた。
「今、言うのも変かもしれないんですけど。あの、玲音くん。握手と写真いいですか?」
そう訊くと玲音くんは吹き出した。
「なんで笑うんですか?私、本気でファンなんですから普通じゃないですか?ドラマも全部見てますし。真白がヤキモチを妬くぐらいテレビも見てるし、待ち受けも玲音くんなのに」
「ありがとう」
玲音くんはそう言って私の手を強く握った。
「真白、今日から手を繋がないで。もう手を洗わない」
そう言うと真白が両手を握った。
「手を洗わないと病気になるよ」
「でも今はやめてよ!せっかくの握手が台無しじゃん!てか、これ夢?こんな普通に話してるなんて夢だよね?絶対。ねえ、私の頬っぺたつねって」
そう言って目を閉じると真白がキスをした。
「玲音くんの前でやめてよ。すみません、とりあえず写真いいですか?」
「いいよ」
そう言って玲音くんと自撮りをした。
「あの、もう一度握手してくれますか?」
そう言って手を差し出すと真白が私を抱き上げてキスをした。
「しなくて大丈夫です。俺が代わりに何回でも握手してあげるからな」
「別にいらないし。せっかく会えたのにちゃんと握手したかったのに。玲音くん、ファンレター書いてみるので時間があれば読んでください!」
それから真白は歩いて元いた場所に向かった。
「ちょっと降ろして。」
「玲音の所に戻るの?」
「違うって。浴衣の帯が緩くなってきてはだけそうなんだけど」
「ごめん、気付かなかった」
真白はそう言ってその場に降ろした。
「帯結び直してくれたら許す」
そう言って私は茶羽織を脱いで真白に背中を向けた。
「咲久、玲音に会って話したらやっぱりかっこいいなって思った?」
浴衣の帯を結び終わって茶羽織をかけながら言った。
「そりゃもちろん。めちゃくちゃかっこよかったし、話してみると優しかったし楽しかった」
「……好きにならない?」
「すでに好きだけど」
「そうじゃなくて」
「そういう好きか。絶対にならない!……とまでは言い切れないけど玲音くんに会って嬉しくてドキドキしたけど真白にキスされたときは比べられないぐらいドキドキした」
「そっか。あ~!ホントダメだね。咲久のこととなるといつもこうやって悪い方に考えちゃう」
「いいよ。私もそうだから」
真白の手を握って微笑むと真白は泣きそうな顔で笑った。
「結局、千花達とはバラバラで行動してるね」
「そうだね。せっかくだしデートしない?」
「いいよ。さっき入れなかったし足湯行こ」
「うん」
それから夕方まで温泉街をまわった。
宿の自室に戻って温泉に行く準備をした。
「夕食後に温泉だよね?」
「うん。なんか修学旅行みたいでワクワクするね」
「確かに。咲久と同じ部屋だったからさらにね」
「うん。そろそろ夕飯食べに行こう」
「そだね」
真白達に連絡をして食堂に行った。
ご飯を食べに行ってから温泉に行った。
「露天からの景色、すごい綺麗だったね」
「うん。真白達の方はどうだった?」
「綺麗だったよ。明日は入れ替わるんでしょ?朝に入りに行ったら?」
「うん。そのつもり」
それから、卓球をして部屋に戻った。
「咲久、今日もいい?」
「いいけど。シラフじゃちょっと。」
「大丈夫。チューハイ買ってきたよ」
「さすが千花!」
2人でチューハイを開けて飲んだ。
「てかさ、もう五十嵐帰ってきてるのに“練習”する必要ある?」
「あるよ。向こうからは全然こないから」
『練習』とは五十嵐が帰ってくる1ヶ月前に千花から頼まれたことだ。
* * *
ある日、千花の部屋で飲んでいると千花が急にビックリする内容を話し始めた。
「咲久、私キス下手なのかな?」
「え、知らないよ。五十嵐に言われたの?」
「ううん。でも、亮太がアメリカに行く前に空港で私からキスしてみたんだけどその後の亮太が変だったからもしかしたら下手なのかなって」
「別に下手でいいんじゃない?」
そう言うと千花は一気にビールを飲み干してバンッとテーブルに缶を置いた。
「全然良くない!亮太を驚かせるためにも咲久、練習させて」
「は!?本気!?」
「お願い。咲久にしか頼めない。そもそも亮太からキスされたのって1桁代なんだ。私とキスするの嫌なのかな?」
「そんなことないと思うけど」
「お願い!このときのために2年予約待ちの『ル ボン ディユ』のワイン予約したから」
「そこまで言われたら仕方ないな~。ワインの……いや、親友のために一肌脱いであげるよ」
「さすが咲久!」
「その代わり、私の仕事が早く終わった日だけね。あんまり夜遅くに千花の家に行こうとしたら真白が心配しすぎてその辺のチンピラ全員を倒しながら迎えに来るかもだし」
「有り得る。分かった。ありがとう。ワイン届いたら一緒に飲もうね」
「うん」
* * *
「それにしても帰ってきてから五十嵐からキスされてないの?」
「そうなの。ホントなんなの?私のこと好きなの?好きとか全然言われないし行動にも表してくれないし兄弟みたいな感じ」
「そっか。それにしても今日は結構酔ってるね。9%!?千花、飲むのストップ」
私が慌てて止めたけど時すでに遅し、千花は結構酔っていた。
千花って酔うとキス魔になってスキンシップが激しめになるんだよね。
五十嵐と真白にヘルプを送った。
「小鳥遊!」
「咲久!」
そう言って2人が入ってきたのと同時に千花がキスをした。
それを見た2人は無表情で固まった。
「千花、五十嵐が来たから起きて。」
「起きてるよぉ~。それにしても咲久のおっぱいフカフカ~。ずっとこうしてたい。先輩もそう思いませんかぁ~?」
「そうだね。でも、とりあえず咲久の胸に顔を突っ込まないで。俺以外はダメって決まってるから。五十嵐、早く葉山さんを離して」
「あ、はい」
そう言って五十嵐が千花は私から引き剥がした。
「咲久、なんでキスしてたの?」
「え~っと。あの~。そう、さっきのは千花が酔っぱらって。千花、酔うとキス魔になるから。スキンシップも激しめになるし」
「へえ~。“さっきのは”ね。それまでもしてたみたいな言い方だね」
真白がそう言うと千花が頷いた。
「そうですよ~。亮太が自分からキスしてこないのは私が下手だからかなって思って咲久に練習相手になってもらってたから」
「千花、それ以上言わな、」
「亮太が帰ってくる1ヶ月前から練習してたけど亮太からされるの待ってたのに全然だから練習を延長したの」
千花がムッとして言った。
「悪い、千花」
「五十嵐。私、今日そっちの部屋に泊まるからこっちに泊まっていいよ。荷物も持っていくね」
そう言ってバッグを持ち上げると真白が肩でバッグを担いで私を抱き上げた。
部屋に入ってバッグを置いても真白は私を降ろさなかった。
「あの~、降ろしてくれない?」
「咲久が何か言うことがあるかなと思って。ちゃんと顔見て話すならこの方がいいかなって」
「話すことって?」
「ないの?」
「黙っててごめん。でも浮気とかそういうつもりじゃないしル ボン ディユのワインのためだし」
「ワインで釣られたんだ。」
「うっ、ごめん。なんでもするから」
「……なんでも?」
私が頷くと真白は笑ってキスをした。
「じゃあ明日の朝一緒にお風呂行こう」
「……え、明日?他に人がいたらどうするの?」
「元々誘おうと思って予約したからいないよ」
「下着とか可愛くないし」
「水着着て入るつもりだったけど普通に一緒に入るの?俺はそれでも大歓迎だけど」
「水着なんて持ってきてないもん。」
「レンタルできるって。どうする?ちなみに温泉だからタオルは巻いたらダメだよ。サウナは大丈夫だけど」
「水着借りるに決まってるし。」
「だよね。じゃあ明日早起きするためにも早く寝ようか」
「うん」
布団を敷いて横になると真白が抱きしめた。
「え、なに?」
「なんでもしてくれるんだよね?」
「まあ、そうだよ」
「じゃあこのまま寝てもいいよね?」
「私もそっち向いていい?」
「うん。いいよ」
「こうしてるとなんか落ち着く。おやすみ」
「おやすみ」
真白はそう言って額にキスをした。
翌朝、5時半に真白の物音で目が覚めた。目の前には真白の顔があった。
「なに?この状況。床ドン?」
「スマホのアラームを止めようと思って。おはよう、咲久」
「おはよう。お風呂って何時から?」
「もう入れるけど行く?」
「うん」
それからカウンターに言って浴衣を借りて温泉に向かった。
「咲久、着替えないの?」
「先に着替えて入ってて。着替えてるところ見られるの恥ずかしいから後から行く」
「分かった」
真白はそう言って中に入っていった。
数分後、水着を着た真白が呼びにきた。
「見ないでね」
「そんなに言われると見たくなっちゃうな~」
「信じれないから私の前に背を向けてたってて。」
「いいよ」
真白はそう言うと背を向けた。
「……着替え終わったよ」
「その水着、似合ってるよ」
「皆同じ水着らしいけど」
「正直、2人のときはもう少し露出がある方が嬉しいけど」
「冬使用だから布が多めなんだって」
「じゃあまた夏にここに来よう」
「混浴?プールでよくない?」
「プールだと貸し切られないでしょ。まあ、とりあえず温泉入って話そう」
真白がそう言って手を引いてドアを開けた。
「まだ結構暗いね」
「うん。咲久、背中洗ってくれない?」
「スポンジとか見当たらないんだけど。素手で?」
「嫌?」
「嫌じゃないんだけど、ちょっと恥ずかしいっていうか。服を着ててさするとかなら大丈夫だけど」
「なんでもしてくれるんじゃないの?」
なんでも1つって言えば良かったな。
「分かった。後ろ向いて」
それから真白の背中を流した。
「咲久も流そうか?」
「どうやって?水着を脱げってこと?」
「そうだね」
「じゃあいい。シャワー浴びて温泉入る」
「そんなに見られたくないの?なんで?」
「それは。……ここ」
私が水着を伸ばして胸を指して言った。
「千花が顔を突っ込んで五十嵐が引き剥がしたときに付いたみたいで」
「全然気にしないから安心して」
真白は笑って言った。けど、
「目が笑ってないけど」
そう言うと真白は首にキスをした。
「もしかして真白も付けたの?」
「うん。髪の毛おろしてたら見えない所にだけど」
「じゃあお風呂上がってもおろしとこう」
そう言って温泉に入った。
「咲久、キスして」
「目つぶってくれたらいいよ」
「うん」
真白は頷いて目を閉じた。私は真白の首に手を回してキスをした。
「咲久もキス上手くなってる。葉山さんと何回したの?」
「……40回前後」
「じゃあ今からその成果を見せて。俺に40回キスして」
「え、」
「なんでもしてくれるんだよね?」
「40回もしたら疲れる。今じゃなくて今日1日でもいいなら」
「でも今日は歩きまわる予定だから人前になるよ」
「いいよ、もう。50万人の前でキスしたしそれよりは少ないから」
「そうだね」
真白ってこういうとき、ホント意地悪なんだよね。条件はきいてくれるからいいけど。
「あれ?まだキスしてくれないの?」
「するよ。」
そう言って真白の首にキスをした。
「口にとは言ってなかったからいいよね?」
「うん」
正直、唇にキスをするよりも首にキスをする方が恥ずかしい。
それから30分ほど温泉に浸かりながら話していたけどその間、真白にずっと抱きしめられていたからまだ心臓がドキドキしている。
ロッカーで仕切られた所で分かれて着替えていると着替え終わった真白がこっちにやって来た。
「着替えてるんだけど」
「帯結んでもらおうと思って」
「いいけど」
私はなんとなく帯を結んだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「咲久、新しい下着?」
「まあ、サイズが小さくなってきたから。」
「へえ」
「あんまりジロジロ見ないで。真白のエッチ」
そう言って浴衣を羽織ると真白がキスをした。
「知らなかったの?俺、咲久のことに関すると変態になっちゃうんだよ」
「知ってた。だからってその手はなに?」
「葉山さんは顔を埋めてたからせめて触らしてもらおうかなって」
「触りながら言うことじゃないよ」
「そうだね。」
「真白」
「ん?なに?」
「私はずっと真白のことが大好きだから心配しないでね」
私は笑顔で真白の手をとってそう言った。すると、真白は嬉しそうに笑って頷いた。
「というか、咲久。それ、プロポーズ?」
「え、や、そんなつもりじゃ。……でも真白となら結婚はしたいよ」
「俺も」
そう言って真白は私の浴衣の帯を結んでくれた。
「じゃあもう部屋に戻ろうか」
「うん」
それから部屋に戻ると部屋のドアがノックされた。
ドアを開けると千花が立っていた。
「咲久、なんか隣に亮太が寝てたんだけど!なんで!?」
「千花が飲みすぎて酔って五十嵐に気持ちを伝えていい感じだったから私はこっちに泊まったの」
「ホント!?ごめん、酔ったってことは私、咲久にキスしたりしてた?」
千花がそう訊くと真白が私を抱きしめて頷いた。
「咲久から今すぐ来てって連絡着て駆けつけたら丁度キスしてたから驚いた。しかも咲久の胸に顔を埋めてたし」
「それは酔ってなくてもします」
「咲久、ホント?」
「千花が寂しくて泣いてたときとかは」
「ふ~ん。じゃあ俺が泣いたらしてくれるの?」
「泣かないじゃん。あ、千花。私、部屋にメイクポーチ忘れたんだけど五十嵐ってまだ寝てる?」
「うん。でもそろそろ朝食行きたいし一緒に叩き起こそ」
千花は笑って言った。笑顔で叩き起こすって怖っ。
千花に腕をひかれて部屋に入った。
「ホントに爆睡じゃん」
「でしょ。添い寝ドッキリしない?左に私が寝て右に咲久が寝るの」
千花はスマホのカメラを動画モードにしながら言った。
「面白そう!いいよ」
私が隣に敷いていた布団に入ろうとめくると真白が入った。
「咲久はダメ。俺が代わりに右側に寝るよ。葉山さん、いいよね?」
「はい。咲久は動画撮ってて」
「いいよ」
それから五十嵐のスマホのアラームのスヌーズが鳴って五十嵐は腕を伸ばした。
「おはよう、亮太」
「おはよう、五十嵐」
千花と真白が同時に言うと五十嵐は飛び起きた。
私達3人はお腹を抱えて笑った。
「ちょっ、反応良すぎ。やばっ、おなか、痛い」
「亮太、マジで面白すぎるんだけど」
「ドッキリなんだけどホントいい反応だった。咲久、撮れた?」
「うん。私、カメラマンになれるかも」
そう言って動画を再生すると千花と真白はさらに笑った。
「笑いすぎだ。これ考えたの千花だろ?」
「うん。あ、咲久。後で動画送ってね」
「小鳥遊、動画消して」
「千花に送ったから言われなくてももう消すよ」
「千花、欲しがってたピアス買うから消して」
「買わなくていいから消さない」
千花は動画を見て笑いながら答えた。
「消さなかったらキスしない」
五十嵐がそう言うと千花はフッと笑った。
「じゃあ咲久とする。ね、咲久」
千花が私の腕に抱きついてそう言って。
「あ~、うん」
そう言って千花と顔を近づけると真白が私を、五十嵐が千花を自分の方に引き寄せた。
「咲久、なに考えてるの?」
「冗談じゃん」
「いや、千花と小鳥遊は前科があるから信用できない」
五十嵐がそう言うと真白も大きく頷いた。
「2人ともひどっ。てか、真白には心配しないでって言ったじゃん」
「○○だから心配しないでって言ってた気がするんだけど○○ってなんて言ってたんだっけ?」
「~!メイクポーチあったし部屋に戻ってメイクしてくる!」
そう言って部屋に戻ると後からきた真白は壁ドンをした。
「答えてほしいな~」
「さっき言ったばっかりなのにもう忘れたの?」
「ううん。合ってるか確認しておこうと思って」
「だから、その。真白の、ことが、ずっと大好きだよって。あ、……愛してるよ」
そう言って真白から目を逸らして顔を隠すと沈黙が訪れた。バカだ私。言いすぎた~!引かれたよね。真白、固まってるし。もうどうしよう~!気まずい!
「きゅ、急に変なこと言ってごめんね。引くよね。喉渇いたし自販機で水買ってくる」
私がドアを開けようとすると真白が腕を掴んだ。
「俺もごめん。引いてた訳じゃなくて。嬉しすぎて聞き間違いかと思って反応出来なかった。」
「そ、か。あ、やっぱり忘れて!」
「忘れない。でも、もう1回言ってくれたら嬉しいな~」
「当分無理」
「咲久、愛してる」
「し、知ってるし。水、買ってくるから!」
私はそのまま走って宿の外の自販機に行った。やっぱり朝は人少ないな。てか、急に真顔で言ってくるとかずるい。
「こんなにドキドキしたの告白したとき以来かも。どんな顔したらいいの?部屋に戻りたくないな。」
自販機の前で独り言を呟いていると声を掛けられた。
「お姉さん、連れと喧嘩でもしたの?」
「なんで?」
「さっき、部屋に戻りたくないって言ってたから」
「喧嘩じゃないっていうか逆っていうか」
「ふ~ん。まあ、いいや。お姉さん美人だしちょっと遊ばない?」
「無理」
そう言って宿に入ろうとすると腕を掴まれた。振り払うと目の前にはたくさん男の人に囲まれた。
どうしよう。2、3人なら勝てるけど10人以上はさすがに。
「ねえ、お姉さんの彼氏ってこの人」
そう言って男は玲音くんの写真を見せた。
「いや、違いま」
「俺、昨日見たんだよ。全然人気のない場所でお姉さんとこいつが楽しそうに喋ってるところ」