番外編 ~幸ちゃんと颯くん~
今日は颯と一緒にカフェ・スリールに行く。
「じゃあ行くよ」
「ああ」
カフェ・スリールは朝は常連さんが数人しかいないのでこの時間帯が狙い目だ。
「いらっしゃいませ~。あ!咲久ちゃん。久しぶり」
「久しぶり、ヒナちゃん。こっちは私の幼馴染みの」
「長谷川颯です。中3です」
「大人っぽいですね。てっきり高校生ぐらいかと。あ、お席は自由に座って」
「ありがとう」
私はカウンター席に座った。
「ミルクティー1つください。颯は?」
「ホットコーヒー」
「了解です。」
ヒナちゃんはそう言ってコーヒーとミルクティーの準備をした。
「で、颯は何に悩んでるの?」
「は?」
「学校で何かあったんでしょ?最近学校に着くのがギリギリだって葵が窓越しで呟いてたよ」
そう言うと颯はハァ~とため息をついた。
「葵の親友に告られた。」
「へえ、それで?」
「葵は知らないだろうけど、そいついい性格しててさ、俺が振ったら葵が蒼空兄を好きってことを言いふらすって言ってきて。葵のことも無視するって。それで受験が終わるまでに答え出せって」
「そっか。うん、フっちゃえば?」
「話、聞いてた?」
「聞いてたよ。でもさ、葵は蒼空を好きだって言いふらされても気にしないと思うよ。そもそも蒼空と学年が被ってないから年上に恋してるってだけじゃん?」
「いや、でも無視するって」
「葵は無視されたぐらいでへこたれないよ。もし傷付いたら私が慰める。今以上にその子を信頼して裏切られた方が辛いと思うし」
「それは、そうかもしれないけど」
「まあ、これは私の考えだから颯が自分で考えればいいけど今から言うことだけは絶対に守って。颯、自分の気持ちを無視してその子と付き合ったりしたらダメだよ。葵が自分を責めちゃうし颯も楽しくないから」
そう言うと颯は固まった。
「あれ、付き合おうとしてたの?」
そうきくと颯は小さく頷いた。
「特色受けるらしいからその後付き合って卒業式が終わったら別れようかなって」
「でも別れるんなら付き合わない方がいいよ。それに、私の勘が当たってるとどうせ口からでまかせだと思うし。もし葵が何かされたら知識で勝つから」
そう言ってニッと笑うと颯に鼻で笑われた。
「ホットコーヒーとミルクティーです」
「ありがとうございます。キリさん、メガネに戻したんですか?」
「はい。幸にメガネの方が好きと言われて戻したんです」
キリさんが恥ずかしそうに笑って言った。
「あ、颯。この人はキリさん。このお店の店長さん」
「どうも」
「桐ヶ谷朔です」
「え、さく?」
颯の反応を見て私は笑ってしまった。
「なんだよ」
「いや、真白とおんなじ反応するから面白くて。」
「そういえば真白兄って今何してるの?全然会わねえんだけど」
「私達の写真とか動画見てると思って説明してなかったけど真白、一昨年に医学部に入り直して今は医学部の2年生だよ」
「え、マジで!?」
「マジマジ。だからこの前2週間ぶりに会ったんだ。来年からは一緒に暮らすから葵や颯には会えなくなっちゃうけど。週末と夏休みは出来るだけ家に帰るから勉強は見てあげるよ」
そう言うと颯は少し嬉しそうな顔をした。
「勉強、見てもらうのはありがたいんだけどさ俺より2人の勉強を見てほしい。昨日、蒼空兄に見てもらってたけど葵は全然集中できてないみたいだし、翔は葵と蒼空兄を茶化すしで全然勉強してなかったから」
「ホント?ちょっとお説教だね」
そう言うと颯は顔をひきつらせた。
「小鳥遊さん、お久しぶりです。お隣は弟さんですか?」
「タツさん、お久しぶりです。こっちは幼馴染みの長谷川颯です。これでも中3なんです」
「中学3年生ってことは幸とは入れ違いなんですね」
「幸?」
「タツさんとヒナちゃんとキリさんとあとパティシエのアキさんの妹さんだよ。今は小学6年生。結構大人っぽい子だよ。幸って今日はいないんですか?」
「ロクの散歩に行っているのでそろそろ帰ってくるかと」
タツさんが言ったのとほとんど同時にお店のドアが開いた。
「ただいま~。ロク、家の中に入らせたよ。あ!咲久ちゃん!」
幸はそう言って私に抱きついた。
「久しぶり、幸」
「久しぶり!会いたかった~!あれ?颯くんもいる!なんで?」
幸は颯に向き直った。
「颯と知り合いなの?」
「うん!そもそもロクを拾ったのが颯くんだもん。去年の冬頃に1ヶ月ぐらい一緒にお世話してたの」
「そうなんだ。」
「幸は告白されたらどうする?」
「え、どうして?」
幸は首を傾げた。
「俺が告白されたから」
「え!颯くん、誰かと付き合うの!?」
「付き合わないよ」
「良かった~。サチは知らない子に好きって言われて怖って言ったら泣かれたからそれ以来は好きじゃないですごめんなさいって言うよ」
幸がそう言ったあとに思い出したように悪いことしたな~と言った。それにしても颯が付き合わないって言ったら良かったって言ってたよね?
「あ!颯に彼女がいることにしたら?さすがにそれは仕方ないから葵に何かしたりしないんじゃない?多分、颯に近付くために葵と仲良くしてたなら高校に上がったら関わらないと思うよ」
「誰が彼女役するんだよ」
「ん~。幸とか?」
「いや、さすがに小6じゃ無理だろ」
「無理じゃないし!サチ、よく大人っぽいって言われるもん!」
「でも、一人称が名前だと子供っぽいけど」
「じゃあ今日から私って言うから!」
幸がそう言って頬を膨らませた。私とキリさんとタツさんは多分同じことを考えていただろう。
『可愛い!』
「もし彼女のフリをするとしていつするんだよ。」
「この近くの公園に呼べばいいよ。今から」
「今から!?マジで言ってんの?」
颯が立ち上がって言った。
「幸と都合が合うのがいつか分からないんだから。キリさん、幸借ります」
私はそう言って幸と颯の手を引いて公園に行った。
「一応連絡したけど来るか分かんねえぞ」
「いいのいいの」
30分後、女の子が走ってきた。
「颯くん!待った?」
「ああ、めちゃくちゃ待たされた」
「うっわ。そこは今来たところって言うんじゃないの?てか、誰?お姉さんと妹?」
「俺に女兄妹は葵しかいねえよ」
颯はため息をついて言った。
「幼馴染みの小鳥遊咲久です。颯の未来の姉です。20歳です」
「未来の姉?」
「うん!あなたが言いふらそうとしてる蒼空の姉だよ」
笑顔で答えるとその子は少し後退りした。
「じゃあそっちの子は?」
「桐ヶ谷幸です。あのカフェの店長の妹です。あと、」
幸が話そうとすると颯が幸を抱き寄せた。
「俺の彼女だよ。」
「はあ!?颯くん、彼女いないんじゃないの?葵がいないって言ってたのに」
「葵には隠してたからな。」
颯は幸の頭を撫でながら言った。
「じゃあなんで即答しなかったの?」
「お前が葵を傷付けるとか言うからだろ。でもやっぱり、俺は幸が好きだから早川とは付き合えない。」
颯が幸を抱きしめた。
「あ、葵がどうなってもいいっていうの?」
早川さんは声を荒げた。
「ねえ、早川さん。颯のどこが好きなの?颯、ずっとあなたに冷たい態度とってるのに」
「それは……」
「どうせ翔が好きだったけどフラれたから顔の似てる颯に告白したんでしょ?」
私がそう言うと颯と幸が同時に振り向いた。
「そんなわけ、」
「ウソ。颯が好きじゃないことぐらい女の勘で分かるよ」
「勘って。てか、なんなんですか?なんで私が翔くんを好きだと思うんですか?」
「だから勘だって。でも、翔に告白してもずっと好きな人がいるからってフラれるのは分かってるし。私、勘はいい方なんだけどどう?」
そう言って早川さんを見ると泣いていた。
「……そう、ですよ。翔くんは好きな人がいるって言って断られたから颯くんと付き合ったら写真の中では翔くんとの思い出が出来るかなって」
「早川さん、それは無理って分かってるでしょ?たとえ颯と翔の顔が似てても颯は写真の中でも颯だよ」
「分かってますよ。それぐらい。でも何回も告白しても全部断られたから颯くんなら付き合ってくれると思って」
「悪いな。俺も彼女がいるから無理だ」
「もう分かったわよ。私、帰るから」
早川さんはそう言って目を擦って走って行った。
「咲久姉、すげえな。早川さんが翔を好きだったなんて気付かなかった。」
「でしょ!私、勘が鋭い方だからね」
「咲久姉らしい。それと、幸もありがとな。あと、抱きついたりして悪いな」
颯はバッと幸から離れた。
「クラスの子達は1人を除いて意地悪な子ばっかりだから嫌だけど颯くんなら優しいしカッコいいからいいよ」
幸がそう言うと颯は幸の頭をくしゃくしゃっとかき回して笑った。
「それなら良かった。」
「あ、颯。ランチも食べてから帰る?」
「いいのか?」
「うん。幸も一緒に食べる?」
「うん!」
幸はそう言って私の腕に抱きついた。
それからスリールに戻ってプレートを頼んだ。
「ねえ、咲久ちゃん。小学6年生で初恋がまだなのって変なの?」
「そんなことないよ。私の初恋は6年生の終わり頃だし、人それぞれだよ」
「でも皆好きな人いるって言ってた。理央が断トツで人気」
幸が人差し指を立てて言った。理央くんって確か瑠璃ちゃんに意地悪される原因になった子だったような。
「噂をすれば」
幸がカフェの入り口に目線を送った。
「サチ!」
「やっほ!理央!」
160cm超えの身長の男の子がカウンター席まで駆け寄った。結構爽やかな子でモテそうだな。
「いらっしゃい。あ、私のお友達の咲久ちゃんと颯くん」
「初めまして。小鳥遊咲久です。20歳の大学生です」
「咲久姉の幼馴染みの長谷川颯です。15歳です」
「俺はサチの同級生の坂上理央です。」
理央くんはぺこりと頭を下げた。
「そういえば理央、1人で来たの?」
幸が首を傾げると理央くんは首を横に振った。
「いや、皆と。中が空いてるか見てきてって言われたから見に来ただけ。そうだ、この後皆で学校の校庭に遊びに行くけどサチは行かない?」
「クラスの男の子達、理央以外は皆意地悪だからいいや。」
「皆、サチが好きだから意地悪してるだけだよ。俺なら好きな子には優しくするのにな」
「理央は皆に優しいじゃん。皆好きってこと?」
「違う違う。好きな子に優しいって思われたくて優しくするだけ。好きな子と付き合ったらその子を特別扱いしするよ」
「好きな子って誰?」
「当ててみて。絶対無理だと思うから」
「無理じゃないし」
幸は思いつくクラスの子達を言った。
「全員違うってことはうちのクラスじゃないの?それとも男の子が好き?」
幸がそう訊くと理央くんは幸の頭を撫でた。
「まだ全員言ってないよ。サチは分からないだろうからちょっと攻めてみた。」
「なにそれ。気になるんだけど」
幸がプクッと頬を膨らませた。
「じゃあ俺らはテイクアウトにしようかな」
そう言って理央くんは外に出て4人の男の子を連れてお店に入ってきた。
それから、その子達は注文をしてお会計を、済ませて店から出ていった。
「結局、理央の好きな子って誰だったんだろ?」
「私は分かったよ。」
「俺も。幸って鈍感だな」
颯が笑った。
幸は多分、颯が好きだと思うんだけどな。それに気付いてない颯も鈍感だと思うよ。
それからプレートが届いてご飯を食べ始めた
「そういえばさっきの話に戻るんだけど颯くんって初恋いつ?」
「俺は7歳のときだけど」
「え!誰!?」
「幼馴染みの柚希ちゃん。まあ、11歳年上だしもう結婚して子供もいるから引きずったりはしてねえけどな」
「そっか。年上。」
「幸、どうしたんだ?」
「颯くんは大人っぽい人が好きなの?」
「柚希ちゃん以外好きになったことがないから分からない」
颯がそう言うと幸はホッとしたようにため息をついた。
「私、理央と颯くんみたいに優しい人と結婚したいな~」
「ありがと。咲久姉、食べ終わったしそろそろ帰ろうぜ。俺も一応勉強しないと」
颯がそう言って席を立った。
「そうだね。」
そう言って私はお会計をした。
「受験が終わったら皆で来るからな。またな、幸」
そう言って颯は幸の頭を撫でた。
「うん!またね、颯くん、咲久ちゃん!」
それから帰路についた。
「咲久姉、坂上の好きな子って幸だよな?」
「だろうね」
「幸も好きそうだったよな?」
「……はぁ?なに言ってるの?」
「咲久姉でも気付かなかったのか?まあ、応援してやろうぜ」
「……そっとしておいた方がいいよ。幸は初恋なんだから相談されたら乗るけど」
「それもそうだな」
颯は妹ができたかのように嬉しそうに頷いた。
幸、颯は想像以上の強敵だから結構アピールしないと気付かないと思うけど、Fight!