桐谷家の兄妹愛
今日は真白と一緒にカフェ・スリールに行く。私もお店に行くのは1ヶ月ぶりぐらいだ。
約束していた水曜日は雨が強くて警報が出ていたので今日に予定がズレてしまった。
ロッジ風のおしゃれな建物がカフェ・スリールだ。
「あんまり近くで見たことなかったけどおしゃれなところだね」
「でしょ。内装もきれいなんだよ」
私は真白に早く見てほしくてカフェのドアを開けると珍しくお客さんがいなかった。
「あの、まだ開店してないんですか?」
「そんなことないですよ。どうぞ」
ヒナさんがそう言ってカウンター席に案内してくれた。
「ご注文はどうされますか?」
「レモネードください」
「俺はアイスコーヒー。ブラックで」
「かしこまりました」
ヒナさんはコーヒーとレモネードをグラスに注いでおしゃれなコースターの上に置いた。
「それにしてもお客さんがいないなんて珍しいですね。いつも大盛況なのに。」
「何かあったんですか?」
真白がそう訊くとヒナさんは控え気味に頷いた。
「ええ、まあ。」
「良ければ話してください。いつも私の話を聞いてもらってるので」
「そうですね。タツくん、いいよね?」
「まあ、小鳥遊さんは常連さんだし言いふらすような人じゃないからな」
「実は……」
ヒナさんはぽつりぽつりと話し始めた。
私達には5人兄妹で、長男の朔27歳、次男の昌26歳、三男の竜22歳、長女の雛(私)19歳、そして末っ子で次女の幸10歳の5人です。
私達の両親は学生婚ということもありサッくんとサチちゃんのは17才差なんです。両親はサチちゃんが4歳のときに亡くなってしまってそれからはサッくんが大学をやめて得意だった料理を生かして調理師免許を取ってレストランで皆の学費や生活費を稼いでくれたんです。
アキくんとタツくんもバイトをしながら調理師免許を取って私が高校3年生になるときにここにお店を構えたんです。前まで住んでいたマンションも払ってこの町に引っ越してきてここの2階に住居スペースを作ったんです。
サチちゃんは引っ越してきた1年目はとても楽しそうに学校に通っていたんですけど、小学4年生にあがってしばらく経った頃から全然笑わなくなったんです。
私が言うのも変なんですけどサチちゃんは容姿が整っている方で運動も勉強も私達と一緒にしていたこともあって周りの子達よりずば抜けているんです。そして、この店も繁盛していたので。
それを鼻にかけているように見えたらしく嫌がらせを受けるようになったんです。ときには叩かれたり、無視されたり。ずっと我慢していたそうなんですがお祭りのときにうちの料理をゴミ箱に捨てるところを見てサチちゃんが怒ってその子を叩いてしまったらしくて。
その子の親はPTAの会長でお母さん達の中でリーダー的存在でこの店の店員の妹はうちの娘をいじめてくる奴だからこの店には近寄らない方がいいって言ってまわったらしくここ1週間、お客さんが来ないんです。
「それって風評被害なんじゃ。裁判を起こしたら損害賠償をもらえると思いますよ!」
「咲久、それは出来ないよ。裁判を起こしたら幸ちゃんが余計クラスにいずらくなるし、起こすにもお金と時間が掛かるから」
「そう、だね。すみません、考えもなしに」
「いえ、嬉しいです。この店を大切に思ってくれているのが伝わってきて」
ヒナさんが涙を流しながら微笑んだ。
「裁判は無理でも弁護士を交えて話し合いは行えば賠償金は少しはもらえると思います。知り合いの腕のいい弁護士を紹介しますよ」
「嬉しいですけどお断りします。私達はお金がほしいわけじゃないので」
「賠償金はお金ですけど謝罪の意を込めて払うものです。弁護士を通さなくてももらうべきですよ」
「そうですね。でも、まずはサチちゃんに謝ってもらって子供同士のゴタゴタをどうにかしないと」
ヒナさんが決意を込めた目をして言った。すると小学生ぐらいの女の子がキリさんとアキさんと一緒に立っていた。
「ヒナ、ちゃん。みん、な。サチのせいで迷惑掛けてごめんなさい。」
「サチちゃん、迷惑なんかじゃないよ」
「でも、私が生まれてなかったらサッくんは建築士になれたかもしれないし、アキくんは留学できてたかもしれないし、タツくんはサッカー選手になれてたかもしれないしヒナちゃんは大学に行けてたかもしれないのに」
「幸!そんなこと言うんじゃねえよ!」
口数の少ないアキさんが叫んだ。
「俺にとって幸は大事な家族だ。生まれてなかったらなんて言うな」
「だって。だって、高橋さんに言われたんだもん。桐谷さんが生まれてなかったらお兄さん達の負担が減ってたのにねって。ホントのことじゃん!私が生まれてきたせいで皆、自分の夢を諦めてるじゃん!」
幸ちゃんは泣きながらへたりこんだ。するとヒナんが幸ちゃんの前まで歩いて行って抱きしめた。
「サチちゃん。私は自分で選んで大学に行かなかったの。元々カフェで働くことに憧れてたから。サッくんは確かに建築士になれたかもしれないけどサッくんも自分で選んで決めたの。アキくんはパティシエになるために留学したかったけど今、ちゃんとパティシエができてるの。タツくんは推薦が来てたけど怪我でどっちみちプロにはなれないの。だから皆、自分で決めて選んだ道なの」
「でも、お母さんとお父さんが亡くなってサチが生き残ったから大変な思いをしてるんでしょ?皆、サチを恨んでないの?高橋さんがいつも言ってた」
「恨むわけないよ。俺らは幸が生きててくれたことが一番嬉しい。高橋さんより俺達のことを信じて」
「タツくん。うん、信じる」
「あの、幸ちゃん。高橋さんって年の離れたお姉ちゃんいる?」
「え、」
「あの人は常連さんの小鳥遊さん」
キリさんが優しく笑って言った。
「そうなんだ。確か高校3年生と中学2年生のお姉さんがいたと思います」
「名前、分かる?」
「はい。友達と喋ってるのをきいたことがあるから。李奈さんって名前です」
幸ちゃんはそう言うと顔をあげた。
「真白、その子。小学校のときに噂を流した張本人だよ」
「間違いない?」
「うん。クラスのリーダーみたいな感じだったから噂が一瞬で広がって、中学校まで広がってたでしょ?」
「そうだね。」
「あの、高橋さんのお姉さんがどうかしたんですか?」
ヒナさんが恐る恐る訊いた。
「私の同級生で、小学校6年生のときに変な噂をたてられたんです。私、真白と幼馴染みで真白が中学に入ってからもよく一緒にいたんです。でも、私が年上の男子に媚を売ってるとか真白がロリコンだとか噂をされて中学校まで広まったんです。中1で生徒会長をやってたから学校全体に広まって……」
「時間が解決したみたいになってるけど結局謝ってもらってないよね?俺、呼び出されたことがあって、謝られるのかなって思ってたら何事もなかったかのように告白されたし」
「じゃあ幸もちゃんと謝ってもらおう」
タツさんが幸ちゃんの手を繋いで言った。
「幸も叩いちゃったし」
「それも謝らないとね。何があっても暴力はダメだから」
「え!お店はどうするの?」
「臨時休業。」
「でも、家なんて知らないよ」
「私、知ってます。友達が近所に住んでるので」
「じゃあ、急に行ったら悪いんじゃ」
「そんなの気にしなくていいよ。突撃だー!」
タツさんが拳を振り上げると幸ちゃんが少し笑った。
「幸はやっぱり笑ってる方がいいよ」
キリさんが幸ちゃんの頭を撫でて言うと幸ちゃんは恥ずかしそうに笑った。
それから高橋家に案内した。ちなみに友達の近所と言ったけどその友達とは千花のことだ。ここから道路を渡れば千花の家がある。小学校の校区はこの道路で分かれている。
チャイムを鳴らすとお母さんらしき人が出てきた。
「は~い。……謝りに来られたんですか?」
「いえ、話をしに来ました」
そう言うとキリさんはつまらないものですがと言ってお店自慢のスイーツを渡すと私達まで中に入れてもらった。
「急に押し掛けてすみません。幸とお宅の瑠璃ちゃんのことについてです」
キリさんが話を始めた。瑠璃ちゃんが嫌がらせをしていたこと、幸ちゃんがカフェの料理を捨てているのを見て叩いてしまったこと。知っていること全てを話した。
「すみません。本人に確認するので少しまっていてください。」
そう言って高橋さんは電話をした。
10分後、
「もう、何~?お姉ちゃんに誕生日プレゼント買ってもらってるところだったのに。……はあ?なんであんたがここにいんの?」
瑠璃ちゃんが入ってきた。というかお姉ちゃんってことは……。
「瑠璃、あんた幸ちゃんをいじめてたって本当?」
「私はいじめてなんかないし。あっちが叩いてきたんだよ」
「その前の話。学校でいじめてたの?」
「大袈裟だって。ちょっと無視したりしただけだし」
「認めるのね。どうしてそんなことしたのよ」
「だって、桐谷さんばっかり目立ってずるかったんだもん。勉強も運動も出来て優しくて、男の子にチヤホヤされて。どうせ、理央くんと付き合ってるんでしょ!?私の方が先に好きになったのに羨ましたかったんだもん」
瑠璃ちゃんが幸ちゃんを睨んだ瞬間パチンと大きな音が響いた。高橋さんが瑠璃ちゃんに平手打ちをしていた。
「そんな理由で幸ちゃんを傷付けてたの!?幸ちゃんに生まれてこなければ良かったなんて言ったの!?あんたの根性叩き直してやる。夏休みの間は義姉さんのところ行ってきな!」
そう言うと高橋さんはヒナさん達の方を向いた。
「本当にすみません!私、あの子がいじめられたと思って。賠償金は払います。本当にすみません!あんたも謝りな」
すると瑠璃ちゃんの頭も手で押した。
「ごめんなさい」
「いいよ。幸も叩いごめんなさい」
そう言って2人は泣いた。しばらくして泣き止むと幸ちゃんが口を開いた。
「そういえば理央くんって誰?」
皆、目が点になっていたと思う。
「坂上理央くん。同じクラスの、幸ちゃんとよく喋ってる。隣の席の」
「へ~、坂上くんっていうんだ。顔は思い出せないけど隣の席が男の子ってことは思い出せる」
「あ、ごめんね。幸、人の顔と名前覚えるの苦手だから。覚えてないぐらいの子ってことは別に好きでもなんでもないから気にしないで」
「そうなの?」
「うん。幸、お兄ちゃんとお姉ちゃんより好きな人いないから」
「そうなんだ。ごめんね、生まれてこなければ良かったなんて言って」
「幸もたまに思ってたの。お父さんとお母さんが事故に遭ったのって2人が幸を庇ってくれたからなの。だから、私だけ生きてるのはダメだって思ってたけどサッくん達がそんなことないよって言ってくれたの。幸、初めてアキくんに怒られたけど。でも、本当のこと言えてスッキリした」
「幸ちゃん、今までごめんね。これからは友達になってくれる?」
「うん!」
そうして2人は握手をした。
「幸ちゃんのお姉さんとお兄さんもごめんなさい。」
「いいよ。これからは幸をよろしくね。」
ヒナさんがニッコリ笑うと瑠璃ちゃんは大きく頷いた。
そして、問題が解決したので高橋家をでた。高橋さん(お母さん)はもう一度深く頭を下げた。私達はカフェに荷物を置いてきてしまったのでキリさん達と一緒にカフェに戻ることにした。
走る足音が近づいてきて私を呼ぶ声が聞こえた。
「あの!小鳥遊さん!」
高橋さん(姉)が私の顔を見て言った。すると真白が私の前に立った。
「なに?咲久に何か用?」
「あ、いや、」
「真白、高橋さんが怖がってるからあんまり見下ろさないであげて」
「あ、ごめん」
真白は私の隣に立った。
「あの、さ。小学校のときに噂を流したの、本当にごめんなさい。仁科先輩も本当にすみません。中学上がったときに別に噂流したぐらいだし皆気にしなくなったから大丈夫かなって思ってたんです」
「……」
「でも、仁科先輩にフラれたときにすごい怒ってたからやっと自分がどんなことをしたのか分かったんです。でも、謝るのが怖くて。でも今日、妹が謝ってるのをみて姉の私がこんなのじゃだめだと思って。本当にごめんなさい」
高橋さんはそう言うと深く頭を下げた。
「……もういいよ。噂に流されない友達もできたし。自分の気持ちに気付けたし」
「俺は、謝ってくれるのを待ってた。そうじゃないと咲久を傷付けたことを許せなかったから」
「ありがとうございます。」
そう言うと高橋さんは走って行った。
「俺、あの子が噂を流したって知らなかったけど咲久を傷付けてたことだけは分かってた。だから告白されたとき、キレそうになったんだ。だから、もしさっき謝られなかったら次に会ったときは本気でキレてた」
「かもしれない?」
「いや、絶対」
「あはは。そんな笑顔で冗談いわないでよね」
私が苦笑いをして言うと真白は笑顔で微笑んだ。マジのやつだ。高橋さん、運が良くて良かったね。
「仲良しですね」
「わ!ヒナさん!先に行ってたのかと思ってました」
「道が分からなくて戻ってきたんです。」
「あ、そうなんですか。一緒に行きます」
「ありがとうございます。でもいいですね。私も彼氏ほしいな」
ヒナさんが私の隣に並んで言った。
「ヒナさん、モテそうなのに意外ですね」
「告白は何度か付き合ったことがあるんですがうちに一緒に行くと兄達の勢いに負けてフラれるんですよね。お二人はご両親は付き合ってること知ってますか?」
「付き合った日に成り行きで一緒にご飯食べて真白が両親に伝えたんです。真白の両親はなんでバレたか分からないですけど。」
と言いつつも真白が自分で言ったんだろうなと思っていた。
「俺が自慢したんです」
でしょうね。
「仁科さんは小鳥遊さんが大好きなんですね」
「はい」
真白とヒんが私の入りずらい話を楽しそうにしてるのをききながら歩いているとタツさんが向こうで大きく手を振った。
その後、カフェに戻って荷物を持った。
「あの、ヒナさん。良ければ連絡先交換してくれませんか?私、常連としてだけじゃなくヒナさんとお友達になりたいです」
「もちろんです!私もこの町に引っ越してきて1年が経つのに友達がまだ1人もいないので」
そう言ってヒナさんがスマホを取り出した。
無事、連絡先を交換して帰ろうとしたそのとき、服がすごく弱い力で引っ張られた。
「どうしたの?幸ちゃん」
「あの、幸とも仲良くしてくれますか?」
「!うん。もちろん。今度は幼馴染みの子も連れてくるね。それと、敬語じゃなくてもいいよ。私、幸ちゃんともお友達になれたらいいなって思ってたから」
「ありがとう!咲久ちゃん」
そう言って幸ちゃんがとびきりの笑顔を見せた。
帰り際、幸ちゃんは大きく手を振った。
「バイバイ!咲久ちゃん!仁科さん!」
私と真白が振り返すとすごく嬉しそうに笑った。