人生初のアルバイト
今日から3日間、臨時でアルバイトをする事になった。友達のお姉さんの経営しているお店で店員さん2人が大学の学生で勉強との両立が大変やめてしまったらしくて新しいバイトさんを探して見つけたけど入れるのが3日後ということで友達と手伝うことになった。
「咲久ちゃん、本っ当にありがとう」
店長のエリさんがぶんぶんと私の手を振って言った。
「さゆには去年の文化祭でもお世話になりましたし。」
そう。店長の妹の皆川さゆは、去年、文化祭でカフェをしたときにレシピを考えてくれたり接客の仕方を教えてくれたりそのお陰で私達は文化祭で賞をもらった。
「そうだとしても本当にありがとう、咲久ちゃん。接客の練習はさゆと何度もしたって言ってたし大丈夫よね?制服の着方が分からなかったら言ってね」
「はい」
私が頷くとエリさんは忙しそうに外に出ていった。
「それにしても咲久がメイドカフェのバイトを引き受けてくれるなんて思わなかったよ。うち、めちゃくちゃダメもとで訊いたし。なんで引き受けてくれたの?」
「私も短期バイト探してたから。今度、お父さんの誕生日で弟と妹と3人でプレゼントを買うんだけど一応長女だし多く払って2人の出費を抑えたいなって。臨時なのに以外と時給良かったから」
「なるほどね。咲久らしい理由だ。ところでバイトのことは家族は知ってるの?」
「お母さんは知ってるけどお父さん達には飲食店で臨時バイトするって言っておいた。お父さんと弟はちょっと過保護だし妹はどこか訊かれたら答えちゃいそうだから」
「まあ、家族がもし来たら接客しずらいもんね。でも、咲久はそのままでいいけどね」
そう言うとさゆは制服に着替えた私を見てうんうんと頷いた。
「じゃあ、そろそろ開店だからご主人様をお迎えするわよ」
エリさんがドアを開けてそう言うと他の店員さん達もお店に出た。
「「お帰りなさいませ。ご主人様」」
開店と同時に多くのお客さんが店内に入ってきた。正直、男性のお客さんばかりだと思っていたけどおしゃれな外観で料理も可愛いと評判だからか女性やカップルのお客さんが多かった。
「すみません。オムライス2つください」
「はい。萌え萌えオムライス2つですね。かしこまりました。ご主人様」
キッチンに伝達に行ってまたホールに戻った。私の今日の仕事は主に注文をとるだけだ。混んでいて回らなくなったらケチャップで文字を書いたりする事もあるらしいけど。私は下手なのでそれは他のメイドさんの仕事だ。
それから3時間程でお昼休憩になった。私はさゆと一緒にまかないを食べた。
「まかないもおしゃれだし美味しいね。お店に出せそう」
私がまかないを食べながらいうと休憩中のシェフのシホさんが嬉しそうに笑った。
「そう言ってくれると頑張れるよ」
「私、メイドカフェって男性のお客さんばかりだと思ってたんですけどここのお料理はおしゃれで可愛くてしかも美味しいから女性のお客さんとかカップルのお客さんが多いですね」
「まあ、それもあるけれどここは週に一度、男装喫茶に変わるからそれで常連さんが増えたんだと思うわ。男装喫茶の間はお客さんは女性限定だから」
「そうなんですね。」
「咲久も最終日は男装だよ」
「え!私でも大丈夫?」
「咲久は声を低く出したらそれだけで大丈夫よ。中身イケメンだから」
さゆがそう言うとシホさんが笑ってそうなの?と訊いた。
「咲久、学校にファンクラブがあるんですけど半分は女子なんですよ。重いものを持ってたら変わりに持ってくれるし、フラれて落ち込んでる子を慰めてあげたり、背が低くて届かない子の変わりに本を取ったり、転びそうになったところを助けたり、ナンパされてる子を助けたり。武勇伝がめちゃくちゃあるんですよ」
「確かに。それはファンになっちゃうね」
「そうですか?だったら私の幼馴染みは皆ファンばっかりになりますよ。美形揃いだし」
そう言うと2人に見せてと言われたのでお祭りのときに撮った写真を見せた。
「ヤバ!この5人アイドルじゃん。」
「咲久と一緒に写ってる子達も咲久と同じぐらいの美形だね。全員実はモデル?」
「そんなわけないでしょ。こっちが妹でこっちが幼馴染み。5人で写ってる写真の右端が弟で真ん中が彼氏です」
「兄妹揃って美形だね。彼氏もイケメン」
「ねえ、咲久。ツーショとかないの?高く売れそう」
「あるけど。てか、誰も買わないでしょ。」
私は写真をスライドして言った。
「買うよ。会長と咲久のファンが」
さゆがそう言うとシホさんが首をかしげた。
「会長?」
「彼氏、元生徒会長なんです。今はもう大学生なので会長じゃないですけど」
「そうなんだ。でも、ホント咲久ちゃんと並ぶと画になるね。結婚雑誌の広告塔になれそう」
「それは言い過ぎですよ。でもありがとうございます」
「全然言い過ぎじゃないと思うけどな。ってそろそろ休憩終わりだね。じゃあまた明日のお昼一緒に喋ろ」
そう言ってシホさんはキッチンに戻って言った。私達もホールに戻って夕方には家に帰った。
初めてのバイトで疲れたけど達成感があった。常連さんは結構若い女性ばかりで空いている時間は話し相手になったりするのは楽しかった。
「ただいま」
「お帰り~。初めてのバイトどうだった?」
「疲れたけど楽しかったよ」
「そういえば飲食店って言ってたけど、どこのお店なの?」
「え、それは~、。そんなことより!莉久は部活どうだった?」
「楽しかったよ。バスケに関われるのが嬉しい」
「良かったね。千花も莉久がいたら安心って言ってたよ」
「えへへ、嬉しいな」
よし、これで探りは入れられないだろう。
「ちょっと咲久姉!わざと話ずらしたでしょ!そんなに隠すなんて逆に怪しい」
莉久がジロジロと私の顔を見た。私は手招きして莉久の耳元で話した。
「お母さんには言ってあるけど蒼空とお父さんには絶対に言わないでね。メイドカフェでバイトしてるの」
「え!ホントに?」
「3日間だけだよ。お父さんの誕生日プレゼントのお金貯めてるだけ。それに来月はお母さんも誕生日だし」
「それで急にバイトしだしたんだ。あ、じゃあさ、蒼空兄とお父さんには黙ってるから私と葵で言ってもいい?」
「2人とも部活があるでしょ?」
「大丈夫。明後日は葵とどこか出掛けたいねって話してたから」
「じゃあ、一応住所送っておくね」
「うん!よろしく」
莉久は嬉しそうに階段を上っていった。
翌日、今日は昨日と違ってサービスも受け持つことになった。まあ、昨日ずっと働いていたしさゆからも教えてもらったからどうやったらいいのかはだいたい分かるので問題はないけどケチャップの文字だけは下手なままだ。
今日もこのお店盛況でお客さんがたくさんいる。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
そう言って顔をあげると少し高い位置に見覚えのある顔があった。
真白!?まさか、莉久に訊いたのかな?でも、それにしてはすごく驚いてるし、花村さんとか他の人と来るのはあり得ないよね。
真白は驚きすぎて声も出てなかった。それは花村さんも同じだった。
「えっと、お席までご案内します。ご主人様」
席に案内してメニューを渡したあとに口パクで『後で説明する』と言って他の席に注文を取りにいって、数十分後、あがりだったのでスタッフルームに戻った。
スタッフルームには同じ時間にあがりのさゆが座っていた。
「会長来てるじゃん!しかもめちゃくちゃ驚いてたけど言ってなかったの?」
「元、会長ね。飲食店でバイトとは言った。メイドカフェなんて言ったら絶対に来るって思ったから」
「言わなくても来てるじゃん。」
「昨日、常連だって言ってた人が一緒にいたから同級生なんだと思う。学校も真白と一緒だって言ってたし」
「せっかくだし制服のまま1枚撮ろうよ。明日はもう着れないし」
「まあ確かに。でも1人は嫌だから2ショットなら」
「いいよ。シホさん、記念に1枚撮って」
「任せて!」
そう言うとシホさんは写真を撮ってスマホをさゆに見せた。
「咲久にはもう送っておいたよ。じゃあそろそろ着替えよ」
それから着替え終えて鞄を持ってさゆとわかれた。私は近くの公園に真白を呼び出すとなぜか花村さんや真白の友達も来た。
「えっと、真白と花村さんとれなさん以外は知らないんですけど」
「うち、雅って言うねん。よろしくな」
「私は中条沙耶香です」
「小鳥遊、咲久です。」
「咲久ちゃん、ごめんね。仁科くんの彼女って知らなくて。あのお店みんなに知ってほしくて」
「あの、れなさん。悪いことなんてしてないのに謝らないでください。」
「でも、」
「大丈夫です。れなさんはお店を大好きで皆さんにも知ったほしかっただけなんでしょ?私もまだ2日しか働いてないのにあのお店の雰囲気とか働いてる皆さんとかを大好きになっちゃうぐらい素敵なお店ですから。私ももっとあのお店を色んな人に知ってほしいです。だからそんな顔をしないでください」
私はポケットからハンカチを出してれなさんに渡した。
「咲久ちゃん、」
「仁科。あんたの彼女、天然タラシやな。れな、ときめいてもうてるやん」
そう言って雅さんがお腹を抱えて笑った。
「咲久ちゃん、明日は絶対に行くからね」
「あ、はい。れなさんとまたお話出来るのを待ってます」
そう言うとれなさんが私の手を掴んだ。
「れなちゃん、手を離してあげて。小鳥遊さんが困ってるよ」
「あ、ごめん。つい。」
「じゃあうちらはそろそろ帰んな~。花ちゃんもかえんで」
そう言って雅さんが花村さんを引っ張って他の2人も手を振って帰って行った。
「……」
うっ、気まずい。説明するも何も見ての通りだし何を言ったらいいか。
「あの、真白」
「なんとなくそうだろうなって思ってたけど。咲久、隠し事が下手過ぎて驚いた」
真白は笑いながら言った。
「え!気付いてたの!?」
「なんとなくだけどね。飲食店か訊いたときすごい微妙な反応してたし目線逸らしたり。普通の接客業じゃないんだろうなって。でも、まさか咲久の働いてるところに行くとは思わなくてすごく驚いた」
「そんなに分かりやすかった?」
「まあ、それで隠してるつもりなの?って訊きたくなるぐらいには」
真白が悪戯っぽく笑って言った。
「気付いてたなら言ってほしかったよ。無理に隠さなくてもいいって」
「頑張って隠してるのが面白くてつい。」
「面白くてって。まあでも明日で最後だけど。明日は男装喫茶でお客さんは女性限定なんだ。だから莉久と葵が来るって」
「そっか。明日は何時に終わる?」
「明日は5時だけど」
「迎えに行くね」
「大丈夫だよ。今の時期は明るいし」
「ダメ。明日が最後ってことは給料貰うでしょ?夏休みって不良が多いからカツアゲされるかもしれないよ。心配だから車で迎えに行かせて」
「まあ確かに。じゃあ、お迎えよろしく」
「うん」
翌日、莉久と葵はおやつの時間にお店に来た。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「どういうこと?ここってメイドカフェじゃないの?」
執事の姿で2人を迎えると葵が小さい声で訊いてきた。
「週に一度、男装喫茶に変わるんだって」
「へ~、面白いね。」
「それではお嬢様方、席までご案内します」
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、スフレパンケーキ1つ。トッピングはチョコソースとラズベリーのマカロン」
「私はトマトスープパスタ」
「承知いたしました。スフレパンケーキは少々お時間をいただきますがよろしいですか?」
「はい。あ、その代わりに話し相手になってよ。執事さん」
葵がニコッと笑いながら言った。
「いや、でも仕事が」
「いいですよ。お嬢様の話し相手も立派なお仕事ですから」
エリさんが私をイスに座らせた。
「あ、ありがとうございます。」
小声でお礼を言うとエリさんは
「知り合いなんでしょ?今の時間帯は人手が足りてるからお喋りしてても大丈夫よ」
と小声で言った。
「真白兄は知ってるの?」
「知ってるよ。というか昨日バレた」
「ねえ、写真撮ってもいいの?」
葵がスマホを取り出して訊いた。
「いいよ。同意があれば」
「一緒に写真撮ろ」
莉久までスマホを取り出した。
「やだ。」
「え~、お願い」
「可愛い妹のお願いだと思って」
「いいよ」
「じゃあ執事っぽいポーズとって」
「こうですか?お嬢様」
「そうそう。莉久姉もこっち座って。あ、すみません。写真撮ってもらえますか?」
「もちろんです。」
写真を撮ってもらってその後は私の撮影会だった。料理が来て普通の仕事に戻った。
その後、葵と莉久は帰っていった。その後はれなさんが来て少しお喋りをした後に用事があるらしく早めに帰っていった。
休憩のためスタッフルームに行くとシホさんとさゆが喋っていた。
「よ!サクくん!美少女2人来てたね。写真もたくさん撮ってたし」
シホさんが手を振って言った。
「葵と莉久ですか?絶対に頼まれてると思うんですよね」
「誰に?」
「真白……彼氏に。自分は入れないから写真撮って送って的なこと言ったんだと思います。そうじゃないと30枚も撮りませんから」
「30枚!?すごい量だね。私5、6枚で限界。」
「そもそもシホさんは写真撮られないでしょ」
さゆが笑って言うとホントだと言ってシホさんも笑った。
「じゃあ私そろそろホールに戻ります」
「うちも」
それから5時まで働いて着替え終わったら人生で初めてお給料を受け取った。
「3日間、本っ当にありがとう。明日からは新しいバイトの子が来るからもう大丈夫。」
「あの、エリさん。金額が多くないですか?」
私は金額の載っている紙を指して言った。
「咲久ちゃんのお陰で常連さんが増えたのよ。だからその分のボーナス。それに歓迎会もお別れパーティーも出来ないから」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは私達の方よ。さゆもありがとう」
「うちはお給料はいいよ。その代わりこの前話したお姉ちゃんの受験終わったら知り合い紹介してね」
「いいけど7才年上よ」
「いいよ。お姉ちゃんからきくかぎりいい人っぽいし趣味も合いそうだしお姉ちゃんのあの強面彼氏とも仲良しなんでしょ?実は強かったりするの?」
「そんなわけないでしょ。それと私の彼氏は別に強面じゃないわよ。眼光が鋭いだけ。それともう帰りな。あんまり遅いと暗くなるよ」
「分かってるって」
さゆはそう言うと鞄を持った。
「咲久もまたね」
「うん」
私は外に出て真白にメッセージを送った。すると、公園近くの駐車場で真白が大きく手を振っていた。
「咲久!お疲れ」
真白が車のドアを開けてくれたのでクーラーのきいた車の助手席に座った。
「ありがとう。そういえばさ、今日、莉久と葵に何か頼んだ?」
「あれ?バレてた?」
「当たり前でしょ。あの2人張り切りすぎて30枚も撮ってたんだよ」
「どおりで、送られてくる写真が多いなって思ったよ」
「30枚も要らないでしょ。写りが悪い写真があったら消すから貸して」
「どうして?」
「真白の中では出来るだけ可愛いって思ってほしいから」
「いいけど5枚は残してね」
「分かった」
予想通りブレたり目を閉じてる写真も混じっていたのでまだよく撮れていた5枚を残した。
「はい。」
「あ、そういえばさ、今年もプールでイベントがあるらしいんだけど行かない?」
「いいよ。でも水着がちょっときついかもな。あ、ちゃんと日焼け止めはスプレータイプだよ」
「良かった」
真白は心底安心したのか安堵のため息をついた。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
そう言って真白はアクセルを踏んだ。
やっぱり好きな人の横顔っていいな。しかも車を運転してるときはさらに
「カッコいい」
「へ、」
「なんか好きな人の横顔ってカッコよく見えるなって」
「ありがとう」
「運転してるときはさらにカッコいいけど勉強とか何かに集中してるときが一番カッコよくて好き」
『受験勉強頑張ろう!』
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
そう言うと真白は嬉しそうにハンドルを切った。
何かいいことを思い出したりしたのかな?なんか嬉しそうな真白を見ると私も嬉しくなってくるな。