受験生の夏休み②
真白が退院して1週間が経った。
朝にランニング、夕方にお散歩で真白の体力を戻すどころか増えたらしい。
そして、今日はドライブデート。というか海に行く。
水着も新調したしランニングで体も絞ったし海で泳げるのが楽しみ!
朝の9時頃、真白が家に迎えに来てくれた。
「今日は夕方には帰ってこられるように早めに海から出るからね」
「うん。海とか久しぶり!楽しみだね」
「そうだね。じゃあ荷物積んで。そろそろ出るよ」
「は~い」
私はそう言って荷物を後部座席に積んで助手席に座った。
少し走って高速道路に出た。真白の運転を邪魔するのが嫌で黙っていると暇だったので運転している横顔を見つめていた。
「あ~、やっぱりカッコいいな。こんなにカッコいい人が私の彼氏なんて未だに信じられない」
「咲久?急にどうしたの?」
「声に出てた!?恥ずっ。」
「今、咲久の顔見たいけど見ちゃうとキスしたくなるからな」
「そういうのは口に出さないでよ。聞いてる側はめっちゃ恥ずかしいんだけど」
「うん。知ってる。わざと言ってみたんだけど」
そう言うと真白はいたずらっぽく笑った。
「そろそろ高速おりるよ」
真白がそう言って少し経つときれいな景色が広がった。
「すごい!きれい」
「そうだね。駐車場に停めたら荷物おろして着替えようか」
「うん」
私と真白はそれぞれ荷物を持って更衣室に向かった。
「人多いな~」
私は空いているロッカーを探して新品の水着に着替えた。
新しい水着はラベンダーカラーのクロスタイプの水着にした。千花と一緒に選んでたんだけど千花が
『咲久はスタイルいいし絶対にこれ似合うよ!試着してみて!』
と言われ試着すると
『モデルみたい!これにしなよ!会長も喜んでくれると思うよ!』
と言われて私もこの水着の色が好きだったから買ったんだけど。難点は
「日焼け止めが塗れないんだよね。」
去年は家を出る前に莉久に背中は塗ってもらったんだけど今日は朝から部活に行ってて塗ってもらえてないんだよね。
そう思いながらロッカーを閉めて更衣室の外に出るとある人達を目にした。
彼氏が彼女の背中に日焼け止めを塗ってあげていたのだ。
私も真白に塗ってもらおうかな。
「お姉さん、スタイルいいね。モデルさん?俺らとさ、一緒に遊ばない?」
知らない男性2人に声をかけられた。
「すみません。私、世界一カッコいい人と付き合ってるから無理です。」
「バレなきゃ大丈夫だって」
そう言うとその男性は視線を落とした。なんかジロジロ見られてるな。と思っているとその男性2人は手を伸ばしてきた。合気道で習った技かけてもいいかな?と考える暇もなく真白が走ってきてその男性2人の腕を掴んだ。
「お前ら咲久の胸と顔ばっかジロジロ見てんじゃねえよ。」
真白が珍しく口調を荒げた。
「痛っ!てか、何コイツ」
男性の片方が言った。
「さっき話した世界一カッコいい彼氏ですけど」
「え、そんな話してたの?これ、ナンパじゃなかったの?」
真白がそう訊くと男性2人は縦に首を振った。
「なんだ。そっか~ってなるとでも?お前らが咲久の体ばっかジロジロ見てたのは分かってるからな。次に手出したときは覚悟しとけよ」
真白のその迫力に怖じ気づいたのかその男性達は真白が手を離すとすぐに走っていった。
「ごめんね。ナンパから守ろうって決めてたのにいつも守れなくて。」
「そうかな?私は真白に守ってもらえてると思うけど。それになんかいつもの優しい雰囲気と違う真白が見れて嬉しかったからもう一回ナンパされに行こっかな」
「それはやめて。心配になる」
「え~。でも、真白が守ってくれるって分かってたから全然怖くないし。なんかジロジロ見られてるなって思ってただけだよ」
「咲久は呑気すぎるよ」
「ごめん。でも、いつもカッコいいけど今日はいつもとは違うカッコいいだった。それにしても花火大会のときよりも怒ってた?」
「当たり前でしょ。彼女の体ばっか見て。咲久はスタイルがいいし美人だけど中身が一番可愛いのに見た目だけで判断すんなって思ったら……今でもムカつく」
「まあまあ落ち着いて。そうだ!真白に頼みたいことがあったんだった」
「頼みたいこと?」
そう言って真白が首をかしげた。可愛い。じゃなくて私は日焼け止めを取り出した。
「頼みたいことって……」
「背中、日焼け止め塗って」
「去年のプールのときは1人で塗ったんじゃないの?」
「あのときは家を出る前に莉久に塗ってもらったんだけど今日は莉久が忙しそうだったから。」
「蒼空は?」
「蒼空は普通に家にいたけどさすがに下着脱いで塗ってもらうのはなって」
「あ、そうだね。」
「ごめん。塗るのが嫌だったら別にいいんだけど」
「嫌っていうか。咲久、背中弱いよね」
「まあね。莉久に塗ってもらったときはスプレータイプのだったけど今回はクリームだからね」
「じゃあ、塗るのはいいけど車に戻っていい?」
「え?まあ、いいけど」
そう言うと真白はバッグからラッシュガードを取り出して私の肩にかけた。
「水着のまま戻るからこれ着て」
「ありがとう」
車に着いて後部座席に座って私は背中を向けた。
「いい?くすぐったくてもなるべく声を出さないでね」
「え?なんで?」
「なんでも。」
「まあ、分かった」
私は声を出さないように口を手で押さえた。
真白はそっと塗り始めた。なんか、変な気分。ていうかホントにくすぐったい。
「ひゃっ、ん」
声を出してしまった。すると真白が座席にもたれかかって顔手で押さえた。
「え、なに?どうしたの?」
「咲久、くすぐったかったら笑って」
「え、でも声を出さないでって」
「言ったけど。このままだったら理性がもたないから」
まさか、私が黙っているせいで判断能力が狂うの?
「違う」
何故か声に出していないのに否定された。
「え、私声に出してないよね?」
「何考えてるか分かったから」
「え!すごっ!」
「もういいから背中向けて」
「は~い」
日焼け止めを塗りながら私はずっと笑っていた。
「これからはやっぱりスプレータイプの日焼け止めを持ってくるよ」
「うん。お願いだからそうして」
「?うん。じゃあ日焼け止めも塗ったことだし早く海に入ろう!」
「俺はもう疲れた」
「え!もう!じゃあ帰る?」
「ううん。ちょっと休憩したら大丈夫。咲久を1人にするのは嫌だからちょっと待ってくれる?」
「うん。私も真白と一緒じゃないと楽しくないし。まあでもナンパされて助けてくれるなら1人で行くのも……」
そう言うと真白は車のドアを開けて降りた。
「元気になった。一緒に行こう」
「回復力すごっ!」
「咲久のおかげでね」
そう言って真白は車の鍵を閉めた。
「私すごっ!てか、聞き忘れてた。今日の水着似合ってる?」
海に向かって歩いていた足を止めた。
「あ~、うん。似合ってるよ」
そう言って真白は視線をズラした。
「ウソ。見てないじゃん」
「ごめん。ちゃんと見て答えるから1回深呼吸させて」
「うん!」
頷くと真白は深呼吸をして顔をあげた。
「どう、かな?」
「可愛い、けど」
「けど?」
「咲久が選んだって感じがしない」
「千花が選んでくれたの。会長も喜んでくれるよって言われて。真白は喜んでくれる?」
「まあ、そう思って買ってくれたのは嬉しいよ。でも今日はなるべく俺から離れないでね」
「うん!」
そう言って真白の腕に抱きついた。
それから海に入って水を掛け合ったりかき氷を食べたり砂のお城を作ったりしているうちに15時前になった。
シャワーを浴びて服を着替えて更衣室の近くで待ち合わせた。
「咲久、海入った後なのに髪の毛サラサラだね。それになんかいい匂いもする」
「分かる?Y×Kのヘアオイルなんだけどクリアサボンの香りなんだよ。」
「そうなんだ。でもホントにサラサラだね。ずっと触ってたい」
「ありがとう。でも帰らないと」
「そうだね」
そう言って真白と私は荷物を積んで車に乗った。
高速にのって1時間が経ったぐらいで疲れですごく眠くなった。
「眠たかったら寝てなよ。着いたら起こすから」
「大丈夫。真白も疲れてるのに運転してくれてるし寝たら悪いよ」
「そんなことないよ。俺がしたくてしてることだし。それに起きてるとサービスエリアで停まってキスしちゃうかも」
「おやすみ!」
私がそう言って目を閉じると少し上から「おやすみ」と低くて優しい声が聞こえた。真白の声、落ち着くしホント
「大好き」
それからどれぐらい経っただろう。真白の声が聞こえた。
「咲久、起きて」
「うん」
そう言って顔をあげると真白の顔が目の前にあった。
「わあ!びっくりした」
「ごめんごめん。驚かせちゃったね」
真白はそう言うといたずらっぽく笑った。
「ここ、まだ家じゃないよ」
「うん。見てみて」
そう言われて私は車から降りた。
「すごい。向日葵畑だ」
「咲久、合咲公園に来るの楽しみにしてたけど結局その後も行かなかったでしょ?」
「うん。真白、ありがとう」
「どういたしまして。ねえ、咲久。俺が咲久ともう少しだけ一緒にいたかったから寄り道したっていったら怒る?」
「怒るわけないよ。嬉しい。」
「そっか。でもそろそろ帰らないとだよね」
「うん。」
車で家の前まで送ってもらった。
「今日は通話なくても寝れそうだね」
「そうだね。じゃあ咲久、また明日」
「うん」
真白の車を見送って私は家に入った。
ただいまと言ってドアを開けると熱心にワークと闘っている2人の姿が見えた。
「咲久姉!お帰り!」
「葵!それに翔も!珍しく宿題やってるじゃん」
「蒼空兄がさ~、家庭教師を申し出て宿題やらされてるんだよ。」
「蒼空せんせースパルタすぎる。蒼空せんせー、そろそろ休憩しない?もう頭回らない」
「そうだな。じゃあ5時半まで休憩時間だ」
「やったー!」
翔はソファに寝転がって目を閉じていた。葵は蒼空に抱きついていた。
「蒼空せんせー愛してる!」
「葵、もう小6なんだから外では男子に抱きついたりしたらダメだ。」
「蒼空くんにも?」
ん?蒼空“くん”?
「俺は……まあ、いいのか?」
「じゃあ良かった。私、蒼空くん以外に抱きつかないし。」
「そういえば莉久と湊は?」
「莉久の部屋で勉強してる」
「邪魔したくはないけど多分、湊が勉強に集中できてないだろうから私、様子みてくるね」
私は莉久の部屋をノックした。すると莉久がドアを開けた。
「咲久姉!帰ってきてたんだ」
「うん。ついさっきね。勉強ははかどってる?」
「聞いてよ。湊ね、夏休みの宿題を一緒にやってたんだけどボーッとしてるから熱でもあるのかなっておでこにおでこを当てたら固まってそれから全然進まないの」
「莉久は翔と一緒に蒼空に勉強みてもらって。あと、葵に勉強教えるから私の部屋に来てって言っておいて」
「りょうかいです!」
そう言うと莉久はワークを持ってダダダッと階段を降りていった。
莉久が降りていってすぐに葵が私の部屋にきた。
「1つ訊きたいんだけどなんで莉久と湊が2人きりだったの?」
「蒼空がリビングで大勢だと集中出来ないかもしれないから俺と莉久は莉久の部屋で勉強した方がいいって」
「蒼空か。あの鈍感王子はまだ気付いてないの?まあ、いいや。葵は今日の分はもう終わった?」
「あと、漢字の練習だけ」
「湊は数学以外は1人で出来るよね?」
「おう」
「じゃあ分からないところがあったらきいて」
それから30分ぐらいで湊も葵も今日までに終わらせる予定だったところを終わらせた。
「それにしても莉久は湊をもう少し男子として意識してくれたらいいのにね」
「俺、そんなに脈ない?」
「う~ん。どうだろう。でも、湊はモテるし他に誰か」
「莉久以外にモテても嬉しくねえし。俺、誰にもモテなくていいから莉久だけには好きになってほしい」
「そっか。じゃあ遠回しに好きだって言ってみたら?莉久はそう簡単には気付かないよ」
「そうか?」
「うん。例えば『莉久の○○なところ好きだな』って」
「そうだな。頑張ってみる。ありがとな、咲久姉」
「うん、頑張れ」
そして、葵、翔、湊は家に帰っていった。
「蒼空」
「ん?」
「最近、葵と何かあった?」
「え、葵に訊いたのか?」
「ううん。でも葵が蒼空の呼び方を変えてたから」
「今日、颯と葵と3人でショッピングモールに行ってたんだけど俺が逆ナンされてたら葵が『蒼空くん、待った?』って走ってきて俺も『彼女が来たからそろそろ』って言って助かったんだけど」
「葵がこれからも蒼空くん呼びでもいいか訊かれて頷いたの?」
「今日、海行ってたんじゃ」
「そうだよ。でも葵だったら言いそうだなって。違った?」
「いや、あってる」
蒼空はそう言いながら驚いた顔をした。
みた感じだと蒼空は葵を幼馴染みだけじゃなく1人の女子として見ているんだろう。多分、鈍感すぎて自分の気持ちに気付いてないか年齢差を気にして自分の気持ちにふたをしているかのどちらかなのだろう。
「蒼空も頑張れ」
「あ、ああ」
多分、蒼空のことだから何を頑張るかは伝わっていないんだろうな。
幼馴染み内で恋愛が多すぎてちょっとビックリした。でも一人、自分の気持ちに気付きながら気持ちを押し殺してる子がいるんだよね。
多分私、もしくは真白以外は気付いてないんだろうな。皆、鈍感だし。