君を忘れてしまった
車にぶつかった。
それが原因で、どうやらいろいろ忘れてしまったようだ。
病室に女の人が訪ねてきた。
その人は、泣きそうだった。
「恋人だったんだよ」
と、君は言った。
「つきあってたんだよ」
と、悲しそうに。
「結婚する約束してたのに」
と、最後には泣き出してしまった。
けれど、僕はその言葉に、適切に返せない。
なぜなら、事故で記憶を失ってしまったから。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
事故を起こした犯人、車の運転手はこの世にはいない。
だから、なにかに感情をぶつけることができない。
自分たちで、なんとか折り合いをつけるしかないのだ。
どうすればいいのだろう。
僕は懸命に考えた。
数週間後、僕は彼女に言った。
「戻らない記憶をあてにして、時間を無駄にしてほしくない。別れた事にしよう」
彼女は泣きながら病室を飛び出していった。
きっともう会う事はないだろう。
それでいいんだ。
わずかに痛むこの胸は、罪悪感であって、少しでも記憶がのこっているからではないはずだ。