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Chapter:5 復讐


     5



 『That's All Right』が鳴っている。登録していない番号からの着信音はこれにしている。

 が、前奏のギターがやまないうちに、オレはコールに応じた。


「はい」


「大鳥……翔さん、ですよね?」


 案の定、レオン。


「レオンくん? なんかあったか?」


 昨夜は蒼い狼の襲撃もなく、佐竹氏の望み通り、オレ達への依頼は完遂という形で、今朝、契約は解除された。


「いえ、こちらは大丈夫です。ただ、あなたにお礼が言いたくて。ボクらのために怪我までして……」


「どういたしまして。気にしなくていいよ、そういう仕事だから」


「それから、コプルさんのことも」


「…………やっぱり、きみなのか?」


「逢って、お話しできますか? 今、オレは一人です」


「知ってる」


「……翔さん? 今どこに?」


 通話を切った。


「後ろだ」


 帽子を目深に被ったレオンが振り向いて、オレを見た。

 全身黒基調の服装は、夜の街を出歩くためだろうか。

 ミディアムなはずの後ろ髪にはポニーテール──いつぞやバッグの中に見たウィッグか。変装用だったらしい。


「尾行してたんですか?」


「いんや、運命の出逢い」


 もちろん嘘。明日がオフなのは知っていた。だから、何かしらのアクションがあるなら今夜だと思っていた。


「そんな悪い冗談、お二人に怒られませんか? ──母との会話、ちょっと聞こえてましたよ」


「大丈夫。オレは運命を信じてないって、あいつらは解ってくれてるから」


「そうですか」


 話しながら、オレ達はどこへ行くともなく、並んで不夜街を歩き始めた。


「でも彼女にとってオレは、運命の相手だった」


「知ってる。きみも彼女が好きだった。だから、きみらを否定するつもりはない」


 オレの脳裏には、コプルの部屋で狼に見せられた誌面が浮かんでいた。

 三年前のハロウィン特集。狼男に扮したレオン。

 その毛色は、悪魔的な黒でも、ハロウィンカラーのオレンジでもなく、高貴さを感じさせる蒼白。

 ユユはあの雑誌で初めてレオンを目にし、恋に落ちた。そして彼と同じ世界に夢を見、そこに飛び込んだ。

 レオンもまたユユの恋を受け止め、蒼い狼は出逢いのきっかけとして、二人の愛の象徴になった。

 ……というところだろうか。


「……なんでオレを監視してたんです?」


「訊きたいことがあった。結局、ユユになにがあったのか、それが分からなかった」


「それを、オレの口から?」


「話したいことがあるって言ったな。需要と供給は一致してるんじゃないか?」


「意地悪な人ですね。…………オレも、すべてを知ったのは、ユユが死んでからでした」


 遺書があったのか──という質問をオレは飲み込んだ。

 あれば、もっと表沙汰になっている。


「ユユの正体に最初に勘付いたのは、紫野むらさきのでした。あの人、霊感とか強かったらしくて」


 紫野──路上で燃やされた最初の被害者だ。


「わざわざ対妖業者まで雇って彼女達の素性を調べて、母とユユを強請ゆすったんですよ。〝お前のところは妖種にモデルをやらせてるのか。黙ってて欲しければ〟って。それで、社長はどうしたと思います?」


「事務所のためにユユを差し出した。たぶん、きみのためにも」


「もともと反妖派ですから、当然ですよね。本人にすれば騙されたも同然ですから、つぐないに枕営業くらい平気でさせますよ」


 オレは地面に唾を吐きたくなった。

 妖種になら何をしてもいい──そういう主義を唱えられるたびに、そいつの脳天をブチ抜きたくなる。


「そうやってユユを何度も汚すうちに、紫野は大幡達も仲間に加えました。母も黙認どころか、ユユを利用してオレの仕事を取ってたくらいで……」


 どれだけ辱められても、ユユには抵抗できなかったろう。精神的にも、肉体的にも。

 彼女らには人を殺したり、傷つけるだけの力が備わっていない。


「オレだけが、何も気付かなかったんです。ユユはオレにモデルを続けさせるために、ずっと耐えて、隠してて…………」


 ──じゃぁ、やっぱりお強いんですね。羨ましい──


 楽屋でのレオンの言葉を思い出す。

 もっと強ければ、もっと賢ければ守れたのに──よく似た後悔が、記憶の戸棚からいくつも飛び出してくる。いちど出てくると、いつも仕舞しまい切るのに苦労する。


「ユユはそのまま、自分で命を絶ちました。彼女達の種族のことを?」


「ああ。友達に聞いた」


 コプルの遺体を引き取りに来たときにカズワが教えてくれた。

 彼女達は一生を掛けて、自分とつがうべきヒトの男性を探す。その相手は生まれたときから遺伝子レベルで決まっているらしく、確率はおよそ30億分の1──全世界にほぼ一人だ。

 その人に出逢えるか否か、その人の子を産めるかどうか。彼女達にとっては、それが人生の価値を決める。


「ユユは妊娠してました。オレのじゃない子を」


 なかば予想はしてたが、最悪だ。

 ほんとうに……最悪だ。


「そこまでの話を、きみは誰から聞いた? コプルさんじゃないだろ?」


「ユユ、本人から」


 少し考えてから、オレは答えた。


「霊魂か」


 レオンがうなづいた。


「コプルさんに、形見として彼女の髪をもらったんです」


 後頭部のウィッグを摘まんでみせる。そういうことか。


「だからでしょうか。死んだはずのユユを、いつもそばに感じてたんです。ときには、彼女の記憶が夢に出てきて……それで母達の仕打ちを知りました」


「夢を理由に、復讐を決意したのか?」


「紫野を殺してから不安になって……大幡は呼び出して問いつめたんです。それからは、迷いがなくなりました」


 それで、彼だけ辺鄙(へんぴ)な場所で、しかも昼間だったのか。


「少し前の自分だったら、霊とか呪いとかがこんな強い力になるなんて信じなかったでしょうね」


 つまるところ、あの蒼い狼の正体は、妖怪でも使い魔でもなかった。

 二人の怒りと憎しみに支えられた怨霊が、愛の想い出をモチーフに具現化したということだ。


「お袋さんもまさか、きみが犯人だとは思ってなかったろうな」


「その種を撒いたのが自分だとも気付いてませんよ、あの人は。犯人捜しをしてたと思ったら、コプルさんと勘違いしてたなんて──いい人だったのに……悪いことをしました。ユユも〝自分のせいだ〟って、悲しんでます」


 レオンが不意に足を止めた。

 歩行者天国のド真ん中。通行人が邪魔くさそうにオレ達を避けてゆく。


「翔さんも、コプルさんに優しくしてくれましたね。だからユユは、翔さんにボクらのことを教えたんです。あなたみたいなヒトに、もっと早く出逢いたかった」


「これからどうする? とりあえず、飯、食いに行くか? もちろんオレの奢りで」


「すみません。せっかくですけど、ひとつ、やることが残ってるんで」


 スッと、オレ達の間で空気が張り詰める。


「お袋さんのほうには凰鵡が張り込んでる。あいつなら、ユユちゃんがフルパワーでも余裕で止めるぜ」


「本当……優しいのに意地悪な人ですね」


 レオンがシャツの胸ポケットから何かを取り出した。


「母にこれを」


 放り投げて寄越す──キャッチする。

 ICレコーダー──まだ、回っている。


「翔さんが真相を明かしたって、聞く耳持つ人じゃないでしょうから。周りがうるさいですけど、オレの声は入ってるでしょう」


 胸騒ぎ……オレはレコーダーをしまい、代わりにスマホを取り出して、凰鵡にかけた。


「もしもし、翔?」


「異常は?」


「こっちは大丈夫。そっちは?」


 こっちか──しかも、こんなところで──

 スマホを拳銃に持ち替える。

 素早く消音器を外す。

 ダンッ──上空に向けて一発。

 ────ダン──少し間を置いて、二発目。

 喧騒が悲鳴に変わってオレ達から離れてゆく。


「翔さんなら、そうしてくれると思いました」


 かちり──撃鉄を上げる音。

 夜の街を見守る警官達の銃口がオレに向けられているのを、肌で感じる。


「待って! お願い、撃たないでください! 翔くん、大丈夫なの?!」


 オレへの発砲を止めさせようする朱璃の声。離れて着いてきてもらっていたが、さすがの地獄耳。あの群衆のなかで、オレ達の会話を聴き取っている。


「全員近づくな!」


 どう説明すりゃいいかも分からないから、そう叫ぶしかなかった。

 じわり……周囲の温度が上がる。

 と思った直後には、夜宙よぞらから舞い降りるように、蒼い狼がレオンのそばに現れた。

 警官達がどよめき、銃口が彷徨さまよう。

 やはり、狼は小さいままだ。

 その身体を、レオンはひざまづいて抱きしめる。


「翔さん、お世話になりました。さようなら」


 次の瞬間、レオンと狼が、蒼い炎のなかでひとつになった。


「レオンさんダメ! 死んじゃ──!」


「──無駄だ!」


 飛び出してきた朱璃を背後から抱きしめる。


「翔くん離して! なんで、こんなッ!」


 凄い力で今にも振りほどかれそうになる。

 故障上がりの全身がギリギリと悲鳴を上げるが、たとえ五体が爆散しても、離すわけにはいかない。

 でなきゃ、自分の身体を使ってでも消火しにいくのが朱璃だ。

 オレを気遣ってくれたか、炎の勢いは強く、アスファルトを溶かしながら、ものの数秒ですべてを灰に変えた。

 ようやく手遅れだと悟って、朱璃は動きを止めた。

 オレも力を抜いた。


「──バカッ!」


 振り向きざまの平手が頬を打つ。

 正直、避けられた。それでも素直に喰らったのは、たぶん、自分が許せなから──レオンと同じように。

 ぶった方がワッと泣き出して、オレの胸にしがみついた。

 サイレンの音が近づいていた。



     *



 「──年、──月──日、佐竹禮恩。母さん、あなたがこれを聞いてるころ、オレはもうこの世にはいないと思います。理由は、今から逢う人に全部話します。ただ、あなたにはこれだけ伝えておきたい。オレはユユを愛してる。彼女が何者だろうと関係ない。だから、ユユを汚して、死に追いやった奴らを、絶対に許さない。────大鳥……翔さん、ですよね?」



 庖丁がリズミカルにまな板を叩いている。カウンターキッチンだから何を切っているかは分からない。

 案外、何も切ってないかもしれない──それは朱璃に失礼か。

 今日の晩飯はオレが作ると言ったものの、「無理するな」と突っぱねられ、ソファに押し付けられてしまった。

 まぁ、蒼い狼に殺されかけるわ、朱璃の馬鹿力に対抗するわで、結局、オレの身体は今も要休養状態だ。

 あと、朱璃に張られた頬はめっちゃ腫れた。歯茎から血も出た。


 夜の繁華街でレオンと蒼い狼が炎に消えてから、二日が経っていた。

 騒動の渦中にいたオレと朱璃ちゃんは当局に連行されたものの、コネと経歴もあって即解放。公道での発砲に関しても、通行人を妖種と炎から守るための警告だったとして、不問。

 おまけに世間を騒がせていた〝蒼い炎事件〟の真相を(曲がりなりにも)解決した功績で逆に感謝状を贈られることに──辞退したが。

 オレらのことは伏せられたが、レオンの死は大々的に報道され、多くのファンが嘆き悲しむ結果となった。

 《BAMBOO》に報道陣が攻め寄せるなか、ICレコーダーはオレが直々に佐竹社長へと手渡した。息子の最後の言葉を彼女がちゃんと聴いたかどうかは知らない。

 が、今朝のニュースによれば、社屋内で首を吊って死んでいるのが発見されたらしい。

 果たして、それがレオンの策略だったか否か…………


「翔、何考えてんの?」


 ソファの隣に座った凰鵡が、横から覗き込んでくる。二人揃って朱璃のご飯待ちだ。

 なにを考えて……と言われれば、色々。


「運命の相手って、信じるか?」


「赤い糸で結ばれた?」


「ああ」


「うん、信じる」


 予想外の即答に、オレの方が目を円くする。


「ハトが豆鉄砲当てられたみたいな顔してるよ、翔」


 クスクスと笑って、頭をオレの肩に預けてくる。ハネっ気の強い毛先が頬に触れて、くすぐったい。


「ボクは予知能力者じゃないから、未来のことは分かんない。けど、今までやってきたことがあるから、今こうしてられるのは分かる。そうやって過去を思い出したときに、その人と一緒にいることや、一緒にいたことを実感できたら、それが運命の人なんじゃないかな」


 なるほど、凰鵡らしい答えだ。


「だから、翔はボクの運命の人ー」


 猫みたいに、顔をぐりぐりとオレの肩に擦り付けてくる。


「私はー?」


 カウンターの向こうからバッチリ聞こえてる。さすが朱璃ちゃん。


「朱璃さんもー」


「もし、オレとお前……あるいは朱璃ちゃんとが、一年後に仲違いしていたり、なにか事件があって、一緒にいられなくなるとしたら…………それでも今、オレをそうだって言えるか?」


「……うん。ボクらの今も、いつかは過去になる。けど、嘘にはならない」


 嘘にはならない……か。

 こういう話をすると、本当にあの人達の弟だなと思う。


「そういえば翔くんは、ユユさんみたいな妖種が目の前に現れたらどうするの? あなたが私の運命の相手ですぅ、なんて言ってさ」


 これまた予想外の質問に、オレの思考回路が止まる。

 二人の視線が刺さる。


「はい。私達が納得する答えを出せたら、食べていいですよー」


 朱璃の手が、オムライスの載った皿をカウンターに置く。


「オムライス! 翔、答えられなくていいよ! いただきます!」


 たちまち凰鵡がカウンターに飛びつく。

 やばい、これは本気でふた皿(たいら)げかねない。

 朱璃もエプロンを脱いで、食事モードに入る。


「え、お前らはどうすんだよ?! その……運命の相手系が現れたら──」


「私達は現れようがないので問題なーし」


「ずるっ! えっと、オレは…………やっぱ、ゴメンって謝るしか──」


「その人、絶望して死んじゃうかも。かわいそう」


「え……、じゃぁ、お前らにはゴメンだけど、ここに、もうひとり──」


「うっわ、これ以上囲う気? サイテー」


「今だって別にオレが囲ってるンじゃねぇだろうが?!」


 結局、二人が納得してくれる解答を出せたのは、オレのオムライスが凰鵡によってスプーン一杯ぶん削られたあとだった。

 お読みいただきありがとうございます。

 あっけない幕切れとなりましたが、本作はこれで完結となります。

 また、別の物語でお逢いしましょう。

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