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Chapter:3 蒼い狼

 今部分でようやく、台詞と名前のみだった凰鵡が登場。本伝に先駆けて、成長した実力の一端を見せつけてくれます。



※この物語には残酷描写や、性的な表現が登場します。

※また宗教的なニュアンスを想起させる単語が登場しますが、本作はいかなる宗教や団体とも関係がありません。


     3



 撮影が終わる頃には20時を回っていた。

 スタジオでは機材が片付けられ、楽屋ではレオンがメイクを落としてシャワーを浴びる。各々の仕事が終わったところで、晩飯の弁当を受けとり各自解散。お疲れ様でした。


 佐竹親子の住まいは事務所近くのマンションにある。それぞれ別の階に部屋を持っていて、普段は別居しているらしい。が、状況が状況なだけに、今夜は母親の家で一緒に過ごしてもらった。

 考えてみれば、蒼い炎の被害者はいずれも一人の状況で発火している。誰かの仕業なら、レオンの仕事中は、そこまで厳重に警戒する必要はなかったかもしれない(トイレに行った瞬間を狙われた前例はあるが)。


 最後の被害者のことを考えて、オレも社長宅にお泊まり。朱璃はマンション全体に結界を張ってもらってから、事務所に戻らせた。

 現場にいてくれると助かるが、本来事務方なので、なるべく無理はさせたくない。

 結界の術式は屋上に敷いてもらった。たいていの妖種は通さないし、近づけば察知も出来る。建物全体を鈴付きネットですっぽり覆うようなイメージだ。

 ただし、真上から来られると術式が破壊されかねない、という弱点がある。


 マンションの階層は二十四階。そしてオレ達がいるのは最上階。二人目の被害者は木の枝に刺されたが、はたして、この高さまで来るかどうか。


「ボディガードって本当に眠らないものなの?」


 居間のソファで思索にふけっていると、ナイトガウン姿の佐竹氏が話しかけてきた。


「眠ることもありますよ。そういうときはたいがいしくじります(・・・・・・)けど」


 時間は……22:40。レオンは三〇分前に別室に入った。母親曰く〝息子が泊まりに来たとき用の部屋〟だそうだ。


「そう。じゃぁ、寝かさないようにした方がいいかしら」


 そう言うなり、佐竹氏が横に座った。


「参りました」


 オレが冗談で上を行かれるとは珍しい。

 というか、冗談でなければ勘弁してくれ。


「もうすぐパートナーも合流するので、どうかその点は御安心ください」


「あら、朱璃さんはあなたのパートナーじゃないの?」


「もちろん彼女もです。我々は三人一組ですから」


「あら、私が言ってるパートナーっていうのは、そういう意味じゃなくて」


「ええ、解っていますよ。ですから三人一組なんです──プライベートでもね」


 佐竹氏が怪訝そうな顔をする。

 まあ、普通は理解できないだろう。

 ともあれ、寂しいシングルマザーへの弾幕を張ったところで、オレの懐から鳴った『Blue Moon of Kentucky』が、会話を打ち切る決め手になった。


「失礼、マナーモードにし忘れてました」


 ソファを発ち、ベランダの側に移動しながら通話に応じる。


「翔、お疲れ様」


 その声に、オレはホッとする。約一日顔を合わさなかっただけで、久しぶりに聞いたような気がした。


「近くまで来てるけど、そっち異常ない?」


「今んとこ問題ない。頼んでた件、どうだった?」


「ごめん、あんまり時間なくて、ネットで分かったことくらいなら」


 後ろの音からするに、車の中らしい。じゃぁ運転してるのは朱璃か。


「いいよ。ありがとう」


「うん。ユユさんて人はモデルだったみたい。すごく綺麗な人だったのに、すぐに引退したらしくって、写真もあんまり残ってなかった。今どうしてるのも分かんなかったけど────」


 凰鵡の言葉は、途中からオレの脳に入らなくなっていた。

 …………上にいる。


「オレが出たら鍵を閉めてください。窓には近づかないように」


 早口で社長に指示しながら、玄関へと走った。


「え? なに?」


「帰ってくるときはまず、そちらに連絡を入れます。それ以外、玄関を開けないで」


 理解しているかどうか知らないが、伝えるだけ伝えて走った。エレベーターより階段の方が早い。

 屋上に出た。

 ざくり──背中に針山が刺さったような悪寒。

 身を灼かれんばかりの殺気。


「翔?」


 耳に当てっぱなしだったスマホから、凰鵡の声が聞こえる。

 その姿勢のまま振り向いて、オレはそいつを見た。

 そいつも瞳のない(だが怒りを感じさせる)眼で、こっちを見ていた。

 鼻の高さは、あろうことかオレの目線。

 敵意に剥かれた唇。牙の隙間からは、吐息に交じって青白い火の粉が漏れている。

 妖種──蒼い光に包まれた、巨大な狼。

 こいつが、事件の正体か。


「出たらしい」


 オレがそう言ったのと同時に、狼が飛び掛かってきた。ゴウッと、毛並みが火柱になって波打つ。

 横に跳んで避けたものの、全身を熱波が包む。いきなりサウナに放り込まれたようだ。

 全身の毛穴が汗を噴き、目が眩む。

 ズキリ──背中がうめいた。

 スマホを遠くに滑らせ、胸のホルスターから得物を抜いた。

 ベルギー製の小型拳銃、消音器(サプレッサー)付き。小口径で弾数も六発と一見頼りないが、見た目の威力は問題じゃない。

 装填している弾丸には、妖種の肉体を破壊する呪力が籠められている。

 抜銃している間に第二波が来た。デカいうえに速い。おまけに、指一本でも触れれば火だるまにされそうだ。

 出せる限りの全速力で回避。組織時代に身につけた駿足の技《雲脚(うんきゃく)》なら、凰鵡にも負けない自信がある。

 そして回避と同時に、オレは右眼の力を解放した。

 右の視界が、蒼い狼の右前肢(まえあし)だけを残して、真っ暗闇になる。

 銃の引き金を絞った。狙いもつけずに放った弾は物理法則を無視して、オレの視ていた場所に直撃した。

 ボッ──体表の火柱が散る。

 間髪入れず二連射。明後日の方向に撃ったそれらも、初弾と寸分違わず同じ位置に入る。


 オレの右眼──《正中眼(せいちゅうがん)》の魔力だ。いわゆる《邪眼》の一種で、標的を見ている限り、宿主が放った物体を必ず命中させる力を持っている。『魔弾の射手』にちなんだ《魔弾眼》という別名もある。


 狼が体勢を崩す。が、すぐに立て直した。

 こっちを睨みつけながら、弧を描くように歩く。足下のモルタルが、熱で融け始めている。

 ほぼノーダメージか──熱波による汗に、冷や汗が混じる。

 強い。これほどのヤツが出てくるとは、まったくの予想外だった。

 ──いや、そもそも、コイツ(・・・)はなんだ(・・・・)


「一旦休戦して話し合いたい。いいか?」


 遅すぎるかもしれないが、出来るかぎり交渉は図る。なるべく眼は合わせないように。

 無駄だった。

 蒼炎がジグザグに迫ってきた。こっちの銃を警戒した、高い知性を感じさせる動きだ。

 感心してる場合じゃない。青白く光る大爪をすんでのところで避けつつ、距離を取る。無駄弾は撃たない。


「──あつッ?!」


 左脚のすそに赤い火が着いた。紙一重で避けてもこれか。

 手を伸ばし、燃え広がらぬうちに、思い切って火を握り潰す。

 その一瞬で、距離を詰められた。

 爪が来た──両腕でガードするしかない。

 衝撃と熱がオレを吹っ飛ばした。


「が──ッ!」


 転落防止用フェンスに背中から激突。

 息が詰まるが、呼吸を整えている暇はない。

 ジャケットのそでが、切り裂かれた部分から燃えていた。

 生地を肩から力任せに引き裂く。その勢いで、下に着ているシャツの袖は消火できた。

 ──なんてことをやってる間に、真正面から追撃が来た。

 死ぬ気で避ける──出来なかった。背中のダメージが脚に来ている。

 ガスバーナーを何十本も並べたような大顎が目の前に広がる。

 喰らわれるわけにはいかない。

 いちかばちか。オレは眼の力を使い、その燃え盛る口のド真ん中に、残る三発をぶち込んだ。

 ──ガグッ!

 顎が閉まる。効いたか。

 だが、突進の勢いは衰えなかった。

 ガァン──でかい犬っ(ぱな)に腹をド突かれ、オレはふたたびフェンスに叩きつけられた。

 ぶっ壊れたのはオレでも犬っ鼻でもなく、鉄柵だった。

 固定ボルトが抜け、溶接部が引きちぎれた。

 その裂け目から、オレは地上二四プラス一階ぶんの虚空に投げ出された。


「翔!」


 その瞬間、マンションの壁面から光のロープが延びてきて、オレの身体に巻き付いた。

 ぐっ、と強い力で屋上に戻される。

 ロープの持ち主が抱きとめて、着地をアシストしてくれた。


「また無茶して……ッ!」


 くりくりした大きな目が、責めるようにオレを見上げる。人智をはるかに超えた今の動きからは想像もつかない仔猫顔だ。

 凰鵡──間一髪で、相棒の登場というわけだ。


「壁、駆け上がってきた?」


「うん。二〇階くらいまでは朱璃さんに投げてもらったけどね」


 相変わらずとんでもない奴らだ。だからこそ頼もしい。


「あとは任せて」


 オレに背を向け、凰鵡は蒼炎の狼と対峙する。

 狼は口から唸り声と火花を漏らしつつ、ふたたび弧を描いて歩む。新たな邪魔者を警戒しているようだ。

 かたや、凰鵡のほうは身構えもせず、ただ突っ立っている。オレのような武器も持っていない。


 白状すると、《CRIMSON PHOENIX》のメンバーで本気の殴り合いをした場合、真っ先に負けるのはオレだ。

 朱璃ちゃんには腕力とタフネスで押し負ける。

 凰鵡はそもそも、次元が違う。


 狼が動いた。逆立つ毛並みを炎の波に変え、オレにも見せたジグザク走法で襲いかかってくる。

 が、その動きが止まった。

 突然、地面から何本もの光のロープが延び、狼の身体に巻き付いたのだ。

 脱出しようと身をよじるが、戒めは決して破れない。

 オレを助けたのと同じ、凰鵡の操る光のロープだ。

 その正体は凰鵡の《気》──念で実体化した、イマジネーションの塊。

 縄に限らず、望むがままに形を変えることが出来るし、オレの弾丸のように物理法則を無視して動かすことも出来る。


「……もし言葉が分かるなら応えて。あなたは、どうしてヒトを憎むの?」


 捕らわれの獣に、凰鵡が語りかける。

 蒼き狼は応えず、観念したように動きを止めた。

 白い目が、じっとオレ達を睨む。

 が、次の瞬間、意を決したように身体を捻った。


「だめ!」


 凰鵡の悲痛な叫びが響く。

 ざうっ──食い込むロープが狼を引き裂いた。

 いや、狼は自分から身体をちぎりにいったのだ。 

 頭につながったのは胴体の半分と前肢。

 その姿で、星空に飛んだ。

 フェンスを跳び越え、人魂のような蒼い炎となって、夜の彼方に消えていった。


「どうして、そんなに……」


 自問するように小さく呟き、凰鵡は光る縄に向かって手を振った。

 残った狼の体が光に包まれ、すべてが消えた。


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