Chapter:2 翔とレオン
Chapterは全部で5つの予定です。
起承転結でいうと、ここは起と承への間といったところです。
※この物語には残酷描写や、性的な表現が登場します。
※また宗教的なニュアンスを想起させる単語が登場しますが、本作はいかなる宗教や団体とも関係がありません。
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外向きの顔だらけの仕事ってのは本当にたいへんだなぁと、こういう業界の人に関わるたびに思わされる。
なにせ命を狙われているのに、そんなことをおくびにも出さず、カメラや関係者に笑顔を向けにゃならんのだから。
しかも、社長の希望でボディガードを雇ったというのは秘密。狙われているということすら、オレ達以外は誰も知らない。八方美人ならぬ八方ポーカーフェイスだ。
契約が完了するや、雑誌用の撮影があるとかで、社長は自分の車にレオンを乗せて大急ぎでスタジオへ急行。オレと朱璃も後部座席に便乗した。
佐竹氏の事務所には専属・預かり含めて十数人のタレントがいるが、主戦力というだけあって、レオンのマネージャーは社長直々に務めているらしい。
おかげで今日のように、二人きりのお忍びで探偵事務所を訪ねるなんてことも出来るわけだ。肝煎りというか箱入りというか、ご子息に対するお母様のご執心、恐れ入る。
息子のほうは何を思っているのやら。幼少期にお袋を亡くしたオレには、一生味わえん感覚だろう。
警護の都合上、レオンの撮影現場には、部外者であるオレ達も同行することになる。そのままだと「誰だコイツら」と思われかねない(とくに人相の悪いオレは)。
なので、オレは気配を消させてもらった。
サラッと言ったが、修得にはかなり苦労した技だ。自分で言うのもなんだがそこそこの巧者で、訓練されたヒトや妖種が相手でも、簡単には察知されない自信がある。
ただ、朱璃のほうはオレほど得意じゃない。下手にコソコソしてバレると厄介だ。
顔とスタイルならグラビアアイドルに負けていないので、〝見学で同行した事務所の新人タレント〟を装ってはと提案したが、本人の猛反対で断念。それに「カメラマンとか、現場の人に目をつけられたら面倒」と言われれば、一理も二理もあるので引き退がらざるを得ない。
結局、ノートPCやら事務用品を持参してることもあって〝研修中のマネージャー候補〟ということで落ち着いた。
撮影は午後いっぱいの予定。まずは楽屋で昼食。その後、メイクをして本番。以上、横からスケジュール表を盗み見て覚えた。
昼食は仕出し弁当。気配を消しているオレが貰うわけにもいかず、絶食のまま任務続行だ。
ちなみに社長は小会議室にて、食事のついでに雑誌社と会議。彼女の警護のために朱璃はそちらに同行した。
「モデルってそんなに食べない印象だけど、レオンくんは食べる方なの?」
楽屋のなか、他に誰もいないタイミングを見計らって話しかけてみた。
言っておくが、おこぼれが欲しかったわけではない。
「──ひッ?! あ、大鳥さん」
今まで消えていたオレの再登場にしっかり驚いてくれる。ノリがよくて助かる。
「食事制限は普段からしてますし、お腹出して撮影する日は食べないこともありますけど、今日は着衣ですしね。それに今回は長丁場ですから、食べないと保ちませんよ。大鳥さんこそ、食べないんですか?」
彼の態度に、オレは妙な手応えを感じた。
実のところ、彼には事務所や車内でも、公的私的入り混ぜつつ何度か話を振っていたのだが、ここまで饒舌に返してくれたことはなかった。
よそよそしく、つねに緊張している様子だった。てっきり、命を狙われているせいかと思っていたが。
「翔でいいよ。オレは大丈夫。三日くらいは絶食出来るようになってる」
「すごいですね。特殊部隊の人みたい」
「みたいっていうか、元特殊部隊ってとこかな。この業界じゃ珍しくないよ」
「じゃぁ、やっぱり、お強いんですね。羨ましい」
快活だった態度が、一瞬、陰る。
「いいことばっかじゃないけどな。なんかあったの?」
「そりゃ、アイドルみたいなことしてても、僕だって人間ですからね。でも、大鳥さんに相談するような類の悩みじゃありませんよ」
「翔でいいって」
「分かりました、翔さん」
微笑む──どこか悲しげに。
こういう顔を、オレは何度か見ている。
心がざわつく。
嫌な予感……というか、襲撃者とやらの姿も見ていないうちから〝それだけでは終わらない〟という気がしてきた。
「これ、オレの。いらなかったら捨てていいし」
電話番号を走り書いたメモ用紙をレオンに渡した。
昨今、何に使われるか分かったもんじゃないから、他人に個人番号なんて滅多に教えない。
レオンのほうも、ちょっとありがた迷惑そうな顔をしたが「ありがとうございます」と言って、それをショルダーバッグにしまい込んだ。
一瞬、そのバッグの奥に照明が入りこんで、透明なビニールポーチを映し出す。
なかには髪の毛の束──ウィッグだろうか。撮影用とも思えないが。
*
今日初めて知ったのだが、レオンはゴシックやパンク方面じゃ人気モデルのひとりらしい。
細身と色白の肌、主張の少ない細面、そして憂えを帯びた目元。どこか浮世離れした雰囲気を持ちながら、西洋系のガッチリしたジャケットやスーツも意外とすんなり着こなしてしまう。
スタジオの隅から撮影を眺めていると、彼の周囲だけ、切り取ったかのように世界観が違う。幸薄げな優男という平素の印象が嘘のような迫力だ。
今回はコスプレ方面。ほの暗い洋館を舞台に、妖艶な吸血鬼レオンが来訪者を魅了するストーリー仕立てらしい。
衰えぬ美貌、生ける芸術品、美しき不死者はいつの世も人を魅了する。その幻想の伝道師たらんとして、カメラマンは神の御業を被写体のなかに捜し求める。
が、素人目にも、今日の探求者はどこか焦っているように見えた。「あーその視線最高だよー」とか「もう少し上半身こっちにー」とか色々声は飛ぶのだが、どうにもわざとらしい(もともと、そういうものかもしれないが)。表情も固く、いくらシャッターを切っても納得できてない様子だ。
すると僥倖、オレの近くにいたスタッフらのヒソヒソ雑談。
「やっぱり堺ちゃんには荷が重かったかな」
「けど、大幡さんがあんなことになって、ピンチヒッターで来られるの彼しかいなかったからね」
堺というのが今日のカメラマン。大幡は山を巻き込んで串焼きにされた人だ。
雑談はさらに噂話へとエスカレートする。
「例の蒼い炎の犯人、まだ分かってないのかな」
「らしいよ。妖種事件の捜査じゃ、警察もまだまだあてになんないしね」
「その手の連中集めてさ、危険なヤツ片っ端から駆除してくれる組織とか作って欲しいよな」
「わかるー。ホント面倒だわ、妖種」
カチン──あやうく手が出そうになる。
「やっぱさ、ユユじゃないの?」
「ええ、あの噂信じてんの? いやいや、ないでしょ。あんなことの出来る子じゃないよ。いま、どうしてるかも分かんないけど」
抑えてよかった。この名前は重要なキーワードだと、オレの勘が言っている。
その情報に免じて、鉄拳制裁は控えてやるよ御両人。
が、その名をここで出すのは気まずいと思ったのか、彼らが口を閉ざしてしまったせいで、それ以上の収穫はなかった。
その一時間後、凰鵡からメールが来た。
『朱璃さんから新しい依頼の最中って聞いたからメールでごめんね。こっちはもう少しかかりそう。遅くなってて本当ごめん。そっちの状況と、背中、大丈夫?』
打った本人が喋っているところを容易に想像できる文面だ。
オレは少し考えてから、まず、色んな気遣いに対する礼を言って、それからこっちと背中はどっちも大丈夫ということを伝え、ついでに時間があったら〝ユユ〟なる人物について調べて欲しいと頼み、最後に「愛してる」と結んで送信した。
しょうじき、モデルの仕事については調べきれなかった部分が多々あるので、誰か教えてくださるとありがたいです……