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言語

作者: 三下

男は有名な言語学者であった。世界のあらゆる言語に精通し、自在に操ることができた。

彼ほどの言語学者ならば、世界のあらゆる言語で書かれた本を読み、古今東西の知見をあますことなく会得しているものだ。だから本を開かずともタイトルだけ見れば本の内容が手に取るようにわかってしまう。そのくらいの極みに達していたのだ。

自分に理解できないもののない生活を送っていた男は長い間退屈していた。

そんなある日、男は自宅近くの古書店で気になるタイトルの本を見つけた。

なぜなら、そのタイトルは彼の脳内にあるどの言語のものでもなかったからである。

要するに、彼にはそのタイトルが読めず、理解もできなかったのだ。

彼にとっては大層久しぶりの「分からないから気になる」経験だった。

書店の店員に聞いてみても、いつ買い取ったかも曖昧で、何もわからないようである。

幸い、値段はジュース1本分ほどの安価だったため、彼は購入して詳細に分析してみることにした。

家で中を調べてみたが、やはりどの言語にもない文字で書かれており、一定の文法法則すらも見つからなかった。似たような言語もなかった。存在しない言語であるから機械で入力できるはずもなく、勿論手書きだった。

本の裏表紙をめくると、作者のものだろうか、前の持ち主のものだろうか、サインがしてあった。そのサインも、無論読めなかったので、おそらくサインだろうという判断しかできなかった。

しかし、本の状態から察するに、書かれてから古くても数十年しか経過していないだろうことはわかった。

彼は本の作者、あるいは持ち主を探す旅に出た。生きている可能性は十分にあった。

彼は世界でもまだ文明の発展していない地域に目星をつけて、重点的に調べていった。彼は存在する言葉のことならなんでも知っている。つまり世界の誰とでも会話ができるのだ。ありとあらゆる人間に声をかけた。

自分のように、言語に精通した者の戯れかと踏んで、他の著名な研究者に手当たり次第確認してみたりもした。全ての言語に精通した者ならば、あえてどの言語でもない言語を作り出すことが可能だからだ。

しかしその本についての情報は一切得られなかった。

彼が家で頭を抱えていると、妻が声をかけてきた。

「どうしたの。」

「ああ、この本なんだけど、この私にもなにがなんだか一切わからないんだ...。」

彼が妻に本をみせると、妻は驚き

「懐かしい!私が小学生の頃書いたものだわ!母が間違えてフリーマーケットに出してしまったから、もう戻ってこないと思ってた!サインもある!」

「え?」

男は妻以上に驚いたが、妻は気にせず話し続けた。

「誰でも一度は思うじゃない、真っ白い本になんの意味もない文章を適当に書き連ねたいって。私も小学生の頃にそう思って、真っ白の本を買ってきて、何も考えずに書きまくったの。勿論全部意味のない言葉よ。サインにも意味はない。でも小学生の私は母国語以外の言葉を知らないから、適当な文字を書いても何かしらの言語に存在する言葉を書いてしまう可能性もあったわね。でもあなたが知らないのなら本当に存在しない言語を私は書いたことにあるわね。」

「そんなことがあっていいのか...。」

「まあでも、日常にもありふれてるじゃない。何も考えずに行動したことが、本当に何の意味も持たないことが。」

「どういうことだ?」

「この世の全ての現象に意味があるわけじゃないってことよ。多分ね。」

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