第八十二話 図書館
第八十二話 図書館
サイド 剣崎 蒼太
既に空が赤らみ始めた頃、自分は黒薔薇男子高校の中へと堂々と侵入していた。
麻里さんが用意してくれた制服のおかげである。土曜日のこの時間に制服で、というのは怪しまれるかとも思ったが、この高校の校則でたとえ部活動や委員会で休日に登校する場合でも、学校指定の制服かジャージを着用するよう義務付けられているのだとか。
運動部ならともかく、文化部や委員会ならこの格好で問題ない。そして、東京の一件がまだ全国に与えた影響は大きい。それは教育現場でも変わらず、日程の遅れなどでしわ寄せが酷いから休みの日でも部活や委員会は忙しいそうな。
うちの高校?いや、中堅のうちと名門の黒薔薇男子高校を比べられても困る。今は部活も入ってないし。
そんなこんなで怪しまれずに侵入できた。伊達メガネとマスク。そして九条さんが持っていた髪用スプレーで不自然にならない範囲で茶髪にもしている。
しかし、やけにこの制服動きやすいな。ピッタリのサイズだ。まさかあの変態、見ただけで相手の体つきがミリ単位でわかるとか言い出さないだろうな。
『美女や美少女を視姦する為に鍛えたこの眼力を崇めろぉ!』
やべえ、凄く言いそう。
とにかく、今は内部の捜査だ。宇佐美さん達が見つけたという要石が、それ一つとも思えない。なんせ範囲がこの広い敷地全体だ。あのサイズの要石では、よほどの代物でないと維持できないはず。
そう思い、探索する事二十分ほど。第六感覚に従って捜索した結果見つけたのは三つ。例のも合わせれば四つか。少し違和感のある数字である。
別に、これが四方に配置されているなら気にはしないが、配置自体はバラバラだ。となると、魔法の構築的にもう一つか二つあるか?
スマホにいれた麻里さんから貰った地図を見つつ、赤い点で目印をつけていく。あの人、なんでこんな地図を……いや、たぶんグウィンの写真を撮った変態から貰ったな。変態は変態に通ずるか。
「ん……?」
ふと、足が止まる。別に意図しての事ではない。強いて言うなら第六感覚だ。
敵意や魔力を感じ取ったわけではないのだが、妙に気になる。顔を上げてみれば、左手側に図書室の扉があった。
なんとなく、あそこに入るべきな気がした。そう思ってドアを開けて中を見渡せば、カウンターに眼鏡をかけた生徒が一人いるだけで他には誰もいない。むしろ、土曜日のこの時間でも生徒がいる事に驚くべきか。
だが、視線はすぐに図書室に並んだ本棚へと吸い寄せられていく。なんせ、とんでもない蔵書量だ。
この図書室、うちの高校の教室何個分、いや、何十個分だ?高校の図書室とは思えない広さに、きっちりと整列された本棚たち。埃一つ許さないとばかりに整えられた空間に、ちょっとたじろぐ。
じろりと目を向けてきた生徒に軽く会釈して中に入ると、出来るだけ音をたてずに扉を閉める。
さて、なんとなくここに入ったわけだが……どうしよう。
偶にその人の家にある本棚を見れば人となりがわかると聞くが、あいにくそんなスキルは持っていない。ついでに学校の本棚だから、理事長の趣味の割合も不明。
まあ、わからないなら聞くだけだ。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい。なんですか」
うわっ、今時七三眼鏡の高校生初めて見た。
「最近よく借りられている本とかありますか?あとは、理事長ってここによく来たりします?」
「……少々お待ちを」
そう言ってパソコンを操作したりファイルをパラパラとめくった後、男子生徒が顔を上げる。
「最近借りられる事が多いのはアーサー王伝説に関わる本ですね。そして理事長はよく蛇の本を持って来ては並べていますよ」
「アーサー王伝説、ですか……」
ここでまたアーサー王伝説。いや、円卓創世記をやっている生徒が、という可能性もあるか。
そしてどんだけ蛇が好きなんだ理事長。
「しかし、借りられている本はともかく、なぜ理事長が来る頻度を?」
「いやぁ、とりあえず頭良さそうな人が読んでいる本を読んだら、少しは成績上がるかなと」
「……普通に参考書を読んだ方がいいですよ?」
「はい……」
少し呆れたような視線を背に、とぼとぼと本棚に。そして、彼の視線が棚で遮られたら普通に歩き出す。よかった、あらかじめセリフ用意しておいて。
まずはアーサー王伝説関連を見て、その後蛇関係を見るか?どのみち、他の要石がありそうな場所は自分だと入れない所ばかり。大まかな当たりをつけるしかない。
だったら、この機会に色々と見させてもらうとしよう。
そう思い、アーサー王伝説関係の本を流し読んでいく。内容をまあ、凄く端的に言えば、だ。
『ウーサーの子であるアーサーは別の親の元で育てられ、義兄がエクスカリバーを抜きに行ったのについて行ってアーサーが抜いてしまう』
『王となるために諸侯を説得して回るアーサー。その時ガウェインなどの有名どころも傘下に。各地で問題を解決したり説得と言う名の物理攻撃をしたりする』
『ヴァーディガーンという黒龍が攻めてきてガウェインが負け、駆け付けたアーサーがガウェインの剣と二刀流して最後に槍で止めをさした。これ以外にも色々な戦いを経験』
『ランスロットがギネヴィアと不倫。それを別の騎士に暴かれ、ランスロット逃亡。後に、連行されるギネヴィアをランスロットが救出。この時ガウェインの弟が二人死亡』
『アーサー派とランスロット派で内戦発生。アーサーが留守を円卓の騎士モードレッドに任せる。アーサー、ランスロットを仕留めきれず撤退』
『戻って来たアーサーだがモードレッドが反逆。これによりアーサーとガウェイン含め主要な騎士が多数死亡。相打ちでモードレッドも死ぬ』
『アーサーの最期を看取った隻腕の騎士ベディビエール。彼がエクスカリバーを湖の乙女へと返却し、これにてアーサー王の物語は終了』
これが大雑把なアーサー王伝説だ。まあ、細かい所は諸説あるわけだが。例えばランスロットはいなくてそのポジションにベディビエールがいたり。エクスカリバーが最初は別の剣だったり。そもそもアーサーやベディビエールの読み方が違ったり。色々だ。
他にはヴァーディガーンは別の王様だという説もあったか?まあそこはどうでもいいか。
アーサー王伝説はこの辺でいいとして。次に見たのはこの高校の歴史が書かれた本だった。本と言っても、どちらかと言えばファイルが学習スペースの隅に置かれているだけだが。
それをパラパラとめくっていく。所々に写真もはってあり、文章も読みやすい。
だが、ふとその写真に違和感を覚えた。気になってもう一度最初から読み直して、ようやく違和感の正体に気付く。
前理事長と、現理事長が一緒に映った写真が一枚もない。別に、だからどうしたという話しだが……妙に気になる。特に、彼が魔法使いだとわかった後だと余計に。
その時、背後から気配を感じ取った。カウンターにいた七三頭の生徒だ。
「少しいいですか?」
「なんでしょうか?」
不思議そうに首を傾げながら、扉までのルートを確認する。
流石に怪しまれたか?やはり理事長について探ったのがまずかったかもしれない。
窓を割って逃げるのは……やめておこう。それをやったら今度こそ警察沙汰だ。ほどほどの速度で走って逃げれば、変な生徒がいただけで済む。
「貴方の視線。仕草。じっくり観察させて頂きました。だからこそ、お聞きしたい事があります」
「……と、言いますと?」
「貴方にとって『おっぱい』とはなんですか?」
「……はい?」
ちょっと何言ってるかわからない。
「女性のおっぱいを、貴方はどう思っているのかお聞きしたい」
あまりにも、曇りのない瞳が眼鏡越しに向けられる。まるで赤子のように澄んだその目は、どこまでも純粋だった。
この瞳には、嘘はつけない。いいや、つきたくない。
「……夢。希望。母性。飾り立てる言葉はいくらでもあります。ですが、それでも言葉として表すのなら」
「表すのなら?」
「エッチ。エロ。人における、人としてのエロの原点にして頂点だと思っています」
かつて、人となる前の動物は『尻』こそがエロの象徴だった。しかし、人が己の足で立つことができた時、その視線は高見へと昇ったのだ。
そこにあったものこそ、おっぱい。
つまり、おっぱいとは『人』が最初に見たエッチな光景に他ならない。故に、これこそが人類原初のエロだと俺は思う。
だが、そんな理屈はただの前置きだ。ただひたすらに、俺はおっぱいこそが最もエロいと思うだけの事。それ故に、頂点とまで言ってのけた。
ああ、これだけは絶対に嘘じゃない。俺は――おっぱいが、大好きだ。
「――素晴らしい」
七三眼鏡は、いいや。七三先輩は涙した。まるで新たなる信徒を迎える聖職者のように、朗らかに笑いながら。
「この学校に、同志はまだいたのですね。女体の神秘にこそ、人の未来は繋がっているのだと……」
「七三先輩……」
「貴方に、これを。この本を」
そう言って七三先輩が一冊の本を取り出す。
『ドスケベ円卓大戦。うちの騎士たちが全員エッチな女騎士だった件について』
「これは……」
「我らレジスタンスが有する、漢の証。どうか、これを君に持っていてほしい」
すげぇ。今ここが男子校だって凄く実感している。
「女体に興味をもつなど不潔だと叫び、厳しく取り締まる風紀委員会には、くれぐれもお気を付けください。見つかれば最後……」
あれ?風紀委員がエロ本を取り締まるのは普通なのに、何故だかちょっと怖いぞ?
そう考えながらも、自分は片膝をついてできうる限りの敬意を払いながら、性書を受け取るのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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アーサー王伝説については、諸説ありとさせて頂きます。どこか間違っている所があっても、暖かい目でみてくださると幸いです。
原初のエロについては、諸説ありとさせて頂きます。いいや、尻が最高だ。唇が一番エッチ。太ももに住みたい。つむじが天国。指の間が至高。色々ご意見あると思いますが、暖かい目で見てくださると幸いです。




