第八十一話 群れ
第八十一話 群れ
サイド 剣崎 蒼太
走行中の車内で、小さくため息をつく。
「どうしたの?」
「ああ、いえ。あの警官達はアレな人でしたが……不法侵入したのは事実ですので、もう少しあるべき態度があったんじゃないかと」
不思議そうな宇佐美さんに、頭を掻きながら答える。
正直、あのまま罪を認めるという選択肢はない。今回の一件、アプリや怪物どもの事を考えると、放置すれば最悪死人が出る。それも一人や二人ではない範囲で。
そういうのを防ぐのは自分の役目ではないとわかってはいる。ただの自己満足だ。その為に法を犯すというのは、褒められた事ではない。
ただ、これは魔法がらみだから警察に頼りづらいし、グウィンやランス達が関わる以上無関係ではいたくない。あいつらがどう思っているかは別として、自分は彼らを友人だと思っている。
新垣さん達がいてくれたらと、つい思ってしまう。大人になろうと、かっこつけたいと思いながらも、甘えてしまいそうな自分が気持ち悪い。
「……今更、既存の法律に縛られる必要があるの?」
「はい?」
言っている意味がわからず首を傾げるが、宇佐美さんの視線は下に向けられたままだ。
「法律は、人と言う動物が群れで効率よく生きていくための掟よ。形のない道具と言っていい。だから人は法律に従わなきゃいけない。法を犯し続ければ、群れが破綻し生きていけなくなるから」
「は、はあ」
まあ、法律とかそういうものの発端が倫理観や道徳より先に、人と言う種族の『群れ』が生き残る為にうまれた。という説は置いておいて、言いたい事はわかる。
例えば、日本人という群れが生き残るには、法律と言うルールを厳守しなければ難しい。法を破って誰も彼もが好き勝手を始めれば、そもそも群れでなくなる。そして、群れに属さない動物がどうなるかは、野生動物のドキュメンタリー番組でも見ればわかる。個別に狩られて終わりだ。
「いや、ならなおさら守らなきゃでは?」
群れから追い出されるのは勘弁なのだが?
「貴方に、群れは必要なの?」
「必要ですけど?」
なに言ってんだこの中二病。
「どうして?貴方は強い。どれぐらい強いのか。どういう手札を持っているのかはわからない。けど、今更群れの庇護下にいなくても生きていけるのでしょう?」
「いや生きていけませんけど?」
「……そう。本音を語る気は、ないわよね。まだあって間もないもの」
「本音ですけど?」
ゴリゴリに本音だわ。なんでこの人までうちの義妹みたいな事言い出してんの?胸は義妹とかけ離れているのに!少しはわけてやれよ!いや、ダメだ。この巨峰が欠けるなど、人類史の損失としか言いようがない。すまん、蛍よ。
「あの、俺は」
「ごめんなさい。話が脱線したわ。本題に戻りましょう」
「あー……はい」
汚職警官たちの行動から、ネックなのは『時間』。となれば、一分一秒を節約したいのも事実だ。
ただ、勘違いしないでほしい。自分は群れなしで生きていけるほど強い人間ではない。そんな強い人間は、きっと週三回ぐらいのペースで悪夢を見ては吐きそうにならない。
というか今更人間社会を捨てるとか無理ぞ?ネットも漫画もアニメもゲームも捨てて無人島で生活しろと?人間社会の娯楽と食事、そして衛生環境なめるな?
そして一人という事は必然的に童貞継続じゃん。ふざけんなボケ。
金と年齢が十分になったら絶対に風俗に行くと決めている。ちゃんと高くてパネマジとやらがされない所を選んでだ。前世でモブ顔コミュ障のくせに変な意地をはったから童貞拗らせたのだ。今度こそ卒業のチャンスを逃せねぇ……!
ちゃんと、宇佐美さんには後で俺が人の社会で生きていく事を説明しよう。そしてあわよくばこの事件後も関係がもてるよう頑張ろう。
新垣さん達とのパイプは泣く泣く投げたが、こっちは絶対に手放せない。魔法使いでなおかつ爆乳美人お嬢様を逃がしてたまるか……!
「これが、あの警官が持っていた魔法陣入りの契約書です」
それはそれとして、内心を顔には出さずにポケットから一枚の紙きれを差し出す。
去り際に取り調べをしていたおっさん警官の懐から抜き取った物だ。なんだか触り慣れない材質の紙に、血で魔法陣が描かれている。
「うーん……さっぱりわからん!」
「じゃあなんで最初に覗き込んだんですか……」
「気分!」
何故か真っ先に見に来た麻里さんに呆れながら、宇佐美さんへと回す。
「……随分と強い契約書ね」
「ですよねぇ……」
車に乗ってからきちんと中身を見たのだが、随分と随分な契約書だった。『罪を認めた瞬間、償いの為に自害せよ』とは。殺意強すぎない?
更に言えば、込められている魔力も術式の精度も今まで見てきた魔法の契約書の中で群を抜いている。自分でも、一瞬抗う為に動きが止まるかもしれない。
「専門じゃありませんが、かなりの物ですよ」
「せんもん?」
「いえ、専門も何もそう言えるものはありませんけども」
不思議そうに首を傾げる麻里さんに肩をすくめてみせる。火と剣の属性なら詳しいが、邪神からのもらい物を専門と言っていいのか。
「待って。これは確か」
そう言って宇佐美さんがスマホを取り出すと、画面を操作した。すると、車内にあったテレビにそれらしい物が表示される。
……どうでもいいけど、このテレビ画質いいな。絶対高い奴だ。
「これは例の結界の要石が入れられていた木箱に書かれていた魔法陣よ」
「……似てますね」
「え、どこが?」
一見、麻里さんの言う通り形も下に書かれている呪文もまるっきり違う。
だが、魔法と言うのはなんだかんだ個人差が出る。それはそうだ。工場生産ではなく、基本的にハンドメイドなのだから。
「癖とでも言えばいいのか。作り方に独特な感じがあるんですよね」
「え、そうなの?」
「そうなんです」
「ちなみに私もわかりません」
「黒江」
「はい」
「ちょっと、黙って」
「はい」
なんであんな自信満々なんだ九条さん。
「私達、わからない者同士だね!一緒に勉強しよ?ついでに夜の保健体育も……」
「あ、私年収一千万円以下は眼中にないので」
「あふん」
なんか生ごみが撃沈してる。ざまぁ。
「この魔法陣を書いたのは同じ人物。少なくとも無関係の人間ではなさそうね」
「ですね」
やはり、あの警官たちの後ろにいる魔法使いは学校に関係するか。益々あそこを放置できなくなったな。
「こちらからも情報があるわ。まず、盛岡理事長はイギリスに発ったそうよ。親戚が倒れたという名目で」
「イギリスに。そう言えば、近所の人から彼はやけにイギリスに拘っていたという話が。なんでも高校の建材にやたらイギリスの物を使っていたとか。彼のお父さんで学校の創設者という人も、建てる際にわざわざイギリスから業者を呼んでいたそうな」
「……なるほど。それは興味深いわね」
こうもイギリス、イギリス、と出てくると、いったい何があそこにあるんだという話しになってくる。そもそも円卓の騎士どうこうまでアプリで出ているし。
「それと、花園さんから連絡があって調べてみれば、どうもあの近辺で行方不明事件がいくつもあったそうよ。ただし、十五年前ぐらいからなくなったらしいけど」
「十五年前?」
はて、その頃なにかあっただろうか。心当たりはない。いや、待て。そう言えばバタフライ伊藤が、東京の件が終わったあと会いに来た時に……。
「……十五年前どうこうは、気にしなくていいかと。行方不明事件が止まった理由は心当たりがあります」
「……どういう事か聞いても?」
「知らない方がいいかと」
「そう」
いや、ほんと。邪神とか知らないなら知らないままの方がいい。あれは関わるだけで人を不幸にする。しかも嬉々として、故意でやってくる。だから邪神なのだ。
「それより、その行方不明事件とは」
「およそ年に二、三人のペースで起きていたらしいわ。そして、大型の肉食獣に食い荒らされた被害者の遺体も見つかった事が二回」
「そんな事が……」
「けど私。そういうの一切聞いてないんだよねぇ。いくら小さかったとは言え、だったら逆に外を出歩くなーとか言われているはずなんだけどねぇ」
麻里さんが頭の後ろで手を組みながらそう言えば、宇佐美さんが頷く。
「ええ。なんせ当時の警察が握りつぶしていたのだもの。一般人に話がいかないわけだわ」
「うわぁ……」
法律ガン無視しておいてなんだが、なにやってんだ警察。
「流石に証拠まではこの時間だと掴めなかったけど、前と今の警察署長の口座に不審な入金がいくつもあったわ。その一つが、盛岡理事長の口座の一つといくつかの別口座を経由して繋がっていた。となれば」
「やっぱりあの人が黒、と」
頷く宇佐美さんに、こちらも頷く。
恐らく、イギリスに発ったというのも嘘。本当はどこかに潜んでいるに違いない。いや、イギリスに拠点があってそこに逃げたのかもしれないが……だとしたら、自分をあのタイミングで足止めした意味がわからない。逃げるだけなら、もっと前の段階で少し妨害すればいい。
「ちなみに、私からは警察が怪しいって情報を出したわけだけど、もう一個あるよー」
自慢げに笑いながら、麻里さんが一枚の写真を取り出す。
「これは黒薔薇男子高校をいつも盗撮している女の子から貰った物なんだけどね?」
「ちょっと待って?」
「なにさ。今大事な話をしているのに」
「盗撮?」
「うん。盗撮。男の子同士のを見るのが趣味らしいよ。私にはわからないけど、生ものに手を出して盗撮とかイカレてるね!」
「お前が言うな」
今世紀トップテンに入るイカレがほざくな。いや、その人も大概だけど。
「で、その子がくれたこの写真なんだけどさぁ」
「これは……!」
渡された写真をのぞき込めば、そこには金髪の長髪をなびかせた少女の様な男子生徒が一人。夜の学校に入っていく所だった。
間違いない。グウィンだ。
「それ、撮影されたのは五日前なんだよ。行方不明になっているはずのタイミングだね」
「なんで……」
偶に暴走する奴ではあるが、今回は本当に理由がわからない。理事長に操られている?それとも他の理由か?
「なんにせよ、これでこの事件と岸峰グウィン君が関わっている事が明確になったねぇ。私の手柄だよ。褒めたまえ!」
「……そうですね。ありがとうございます」
「え、素直過ぎて気持ち悪い」
「黙れ生ごみ」
「よかったいつもの蒼太君だ……」
「そこは安心する所なの……?」
何やら色々聞こえるが、右から左へ聞き流す。
今まではあくまで勘によるものでしかなかったが、あいつの失踪とこの事件が関わっている明確な証拠が出た。
ならば。
「宇佐美さん」
彼女の方を見て視線に力を込めれば、びくりと肩を跳ねさせて顔をこちらに向ける。目は、泳いでいるがそこはどうでもいい。
「先日お話しした同盟の件。考えて頂けたでしょうか」
「……ええ。こちらとしても、貴方の協力は心強いわ」
「こちらも、色々と頼らせて頂きます。では」
「ええ」
席から立ち、反対側の座席に座る宇佐美さんに近寄る。本当に広い車内だ。腰を少し曲げるだけで普通に歩ける。
宇佐美さんの隣に人一人分空けて座り、手を差し出す。それに応え、彼女もこちらの手を握ってくれた。
柔らかく、華奢で白い手だ。恐る恐る握られた手を優しく握り、そっと手放す。
「これで、同盟は正式に組んだという事で」
「そうね」
「私も握手していいかな!?」
「今スカートの中に手を突っ込んでから差し出してきましたね?このウルトラメイドの目は誤魔化せませんよ」
「ああん、黒江ちゃんそれは消毒スプレーじゃなくって王水って書いてあるぞ♪お茶目さんだなぁ」
「ご安心を。マジです」
「助けて蒼太君!」
馬鹿が馬鹿やっている。
「あ、そうそう。今って例の高校に向かってるんだよね」
「ええ、そうだけど」
「じゃあこれ。蒼太君に貸してあげる」
そう言って、麻里さんがバックを放り投げてくる。
「これは?」
「言ったろう?私が仲良くしているマダムにはあそこに通う息子をもっている人もいるって」
運動部が使っていそうなバックのファスナーを開けてみれば、そこには黒薔薇男子高校の制服が入っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.罪を認めず金と権力で無罪をもぎ取る剣崎って極悪人では?
A.もしも普通に捜査されて手順を踏んで取り調べされた場合冷や汗だらだら流しながら「黙秘します」と震え声で言うだけの生物になります。そして某公安の人が泣きます。
Q.宇佐美さんマジの中二病なの?
A.力に対する嫉妬と魔術師的価値観でこういう事を言っているだけです。
剣崎「なに言ってんだこの中二病」




