第八十話 濡れ衣にみせかけて本当にやらかしている話
第八十話 濡れ衣にみせかけて本当にやらかしている事
サイド 剣崎 蒼太
「で、なんで黒薔薇男子高校に侵入したの」
前世含めて、初めて取調室に入った。
あの後、あれよあれよという間にパトカーに乗せられ、警察署に。自分を連れてきたお巡りさん達から『人を殴るのが趣味です』って顔のおっさん二人に受け渡され、こうして対面している。
おかしい、普通こういうのって、もっとこう。あるだろう、色々と書類とか説明が。
「すみません。これって任意ですよね?」
「あ?」
うっわガラ悪。めっちゃ睨んできた。
だが、逮捕もされていないし、そもそもここに連れてこられた理由も聞いていない。
「何言ってんの君」
「罪を犯した自覚ある?不法侵入は犯罪だよ」
いやそこはぐうの音も出ないけども。実際やっちゃったし。
「なんの事だかわかりません」
だからと言って素直に頷く気はないが。そこまで真面目ではない。
それはそれとして、今背中の汗ヤバいけどな!やべーよ……親呼ばれた上に学校にも話が行って停学、最悪退学もあるよ。少年院は……流石に一発ではないだろうが。
「しらばっくれるのはよくないなー」
「親御さんに連絡してもいいんだよ?」
「帰ります」
椅子から立ち上がるが、目の前に片方が遮ってくる。
「なんですか?」
「なに逃げようとしてるの」
「逃げるって事は、やっぱ自覚あるんだねぇ」
いや本当になんだこいつら。
「……言っておきますが、この会話録音していますからね?」
パトカーに入れられた段階で、『あれ?』となったので一応スマホのを起動している。何気に初めて使ったので、ちゃんと録音できているか不安だが。
「ふーん、警官を脅迫かぁ。罪を重ねるねぇ」
「君みたいな子供は知らないかもしれないけど、世の中便利な物があってねぇ」
まだ座っている方が、ポケットからスマホより一回り大きい機械の様な物を取り出す。耳を済ませれば、微かに機械音が聞こえる。
まさか、あれで録音を遮っているのか?見覚えのない機械だが、後で明里にでも聞いてみるか。
「普通、取り調べってもっと色々書類を見せてくれたり、事前に説明してくれるものじゃないですかね」
「ごちゃごちゃ言ってないで、座りなよ」
「早く認めれば、罪は軽くなるよ?今ならさ、謝れば許してもらえると思うよ?」
途端に猫撫で声を出してくる座っている方のおっさん。え、キモッ。
露骨な『いい警官と悪い警官』だ。まさか自分がやられるとは。
「だいたいさぁ、そのマスク取りなよ。礼儀ってものがないのかね」
「風邪気味でして。それより、これだけ帰さないようにするってのは、よほどの証拠でもあったんですか?」
「ほらきた!証拠を出せって言うのは犯人だよねぇ」
だめだ、会話にならない。
というか、たぶんこいつら会話をする気がない。ただひたすらこちらの癇に障る事を言って、怒らせたいだけだ。
怒鳴って暴れればよし。そうでなくとも、拘束し続けて精神面で追い込ませればよし。どういう思惑かは知らないが、その作戦は半分ぐらい達成していると言っていい。
だって、三回ぐらい『こいつらお望み通りぶん殴ってやろうか。本気で』と考えているので。
やらないけどね?社会倫理的に。ついでに殺しちゃいかねないし。
あ、こういう風に言うとなんか強キャラっぽいな。まあ実際は俺より強い奴に心当たりがあり過ぎて悲しくなってくるが。どこぞの怪獣とか金ぴかテロリストとか。死んだけども。死んでないのだとバタフライ伊藤とか。
「帰らせてもらいます」
付き合ってやる義理はない。立ちふさがるおっさんの脇を通り抜けようとすると、腕を強引に掴まれた。
「なんですか」
「おいガキ。あんま調子のってんじゃねえぞ」
「……貴方達、本当に警察官ですか?」
「おうお巡りさんだよぉ。愛と平和のために、やっすい給料で馬車馬みたいにこき使われているお巡りさんさぁ」
ニヤニヤと小馬鹿にしたように笑う座っているおっさん。
「ほら、早く座りなよ」
「あ、あれ、こ、この……!」
余裕そうな態度の座っているおっさんとは逆に、腕を掴んでいるおっさんが必死にこちらを引っ張っている。
今更普通の人間が出せる膂力に逆らえない体ではないし、座ってやる理由もない。引っ張られながら、それを無視してドアに向かう。
「おい、なにやってる」
「ちが、引っ張ってるのに……!」
ドアに手をかけたが、鍵がかかっているようだ。
「逃がすな!こいつを逃がしたら……!」
「大丈夫だ、鍵はかけてる!」
壊すか?というか、座っているおっさんが焦って何か言いかけたが、誰かの指示で自分をここに縛っているらしい。
「おい、これ以上逆らうなら公務執行妨害で捕まえるぞ!」
「ついでに警官への暴行も追加でな!」
「……はあ」
なんだか、怒りと一緒に呆れまで出てきた。こんなんが警察手帳をもてる時代なのか。
「で、貴方達は何を俺に求めているので?」
握りつぶさないよう気を付けながら、掴まれている腕をはずして座っている方の男に視線を向ける。
「……罪を償い、刑に処されるんだな?」
ざわりと、第六感覚に反応。これは魔法の契約……?
すぐさま部屋の中に視線を巡らせれば、魔力の流れは座っているおっさんの胸元。恐らく背広の内ポケット。
「貴方、魔法使いですか?」
「はあ?」
「……薬をやってるみたいだな」
立っている方は知らない。座っている方は確信犯か。
だが、どうにもこのおっさんが魔法使いとも思えない。となれば、こいつらを動かしたのが魔法使いで、ポケットにあるだろう契約書を用意したのもそいつか。
「色々、聞きたい事が出来ましたね」
思わぬ形で、思わぬところから収穫がありそうだ。
問題は……。
「ふざけるな!質問に答えるのはお前だろうが!」
「罪を認めろ!そうすればすぐに返してやるぞ!」
こいつらをどうするか。
思えば、ついて来た事自体が失策だったかもしれない。麻里さんの警告に従い、逃げるべきだったか?
いや、警察相手に事を構えて、一番困るのは義父母と義妹だ。声をかけられた場所は、黒薔薇男子高校にも近く、必然的に家ともそう距離はない。警察と揉めたなんて噂、あっという間に流れてしまう。ただでさえ中学の一件が後を引いているのに。
本当に面倒くさい。こんな事なら新垣さんの連絡先を貰っておくんだった。契約上、島で使っていた通信機は返却しちゃったし。
「いくら貰ったんです?依頼した人に。もっと金払いがいい所紹介しますよ?」
適当に宇佐美さん辺りに紹介すればいいか?彼女が断っても、ここを穏便に出られればどうとでもなるし。
「ああ?お前みたいなガキがホラ吹いてんじゃねえぞ」
「……なんの話かわからないな。もしや、警官を買収しようとしたのか?」
交渉は決裂。
武力行使による強行突破は最終手段だ。彼らが魔法で操られているならともかく、何らかの理由により『自分の意思で』この行動をしている。
であれば、まずそこは既存の司法に問いかけるべき事だ。魔法使いの関りは、まあ別として、汚職警官は法律で裁かれるべきだ。後でどうにかしてチクろう。
……あまりやりたくはないが、このままここで粘るか。時間はこちらの味方。取調室を長く使うのなら、他の警官にも色々と話を通さないといけない。別の警官が様子を見に来ればこちらの勝ちだ。
一番いいのは、普通にスマホで外に連絡できる事なのだが……たぶんあの機械でそっちも妨害されているよなぁ。
これは長期戦になるかと、天井を仰ぎ見る。だがそこで、ふと思ったのだ。
もしかして、自分を足止めする事自体が目的なのではないかと。どれだけここに留めたいのかはわからないが、動かれると困る奴がいる?
誰が、いつまでここにいて欲しいのかはわからないが、どこに行ってほしくないのかは察しがつく。
黒薔薇男子高校。やはりあそこに行くべきか。
となると、このまま長期戦に持ち込むのは愚策。かといって自力での打開策は……彼らの思惑通り、暴れるしかないか?
いっそ派手にやり過ぎれば、『人力では無理』と判断されて俺の犯行とは普通の警察に思われないかもしれない。
どこまで暴れるかを考えていると、外からドアがノックされた。
「あ?こっちは取り込み中だぞ……」
座っていた方がドアをあけると、廊下から焦った様子の警官が耳打ちを彼にしている。
「は?ふざけんなこっちは署長と」
おい今署長って言った?え、署長もグルなの?
「その署長からの指示でして……」
「はあ!?」
が、署長は裏切ったらしい。うーん、これは蝙蝠。
「どういう事だよ……」
「わ、私にもよく……ただ、そこの少年を今すぐ解放しろと」
「ちっ……!おい、放してやれ」
「え、だが」
「上からだ。放せ」
「なに!?」
一歩後退る警官を無視し、出入り口に向かう。
「どうやら、無罪ってわかってもらえたようですね」
「はっ、買収はもう別の奴にしていたってか」
「さあ、どうでしょう」
警察署長を買収できる奴が高校生にファミレス奢ってもらうとかしないと思うなぁ……。
「ああ、それと」
座っていたおっさんに、そっと小声で呼びかける。
「魔法には、あまり関わらない方がいいですよ」
ほんの少しだけ、魔力を流しながら。
「ひっ、あ……」
「え、ちょ!?」
「おい、どうした!?」
腰を抜かしてへたりこむおっさんを支えて床に座らせるふりをしながら、彼の懐から魔法陣の書かれた契約書を気づかれないように抜き廊下を歩いて行く。自分なりの善意と、ついでにイラつかされた仕返しだ。
背後からする刺激臭を、息を止めて無視。替えのパンツを常備していない己を呪うがいい。悪徳警官なおっさんよ……!
……それはそれとして、不法侵入したのは事実なのであんまり強く恨めないのだが。
「やっぱり、貴女でしたか」
警察署を出ると、駐車場にでかい高級車が止まっていた。そして、それを背に宇佐美さんと九条さんが立っている。
そして麻里さんは簀巻きにされて地面に転がされていた。なにしたんだ生ごみ。
「ええ、メールが来た時は驚いたわ」
そう、パトカーに乗せられる時行ったスマホの操作は録音だけではない。事前に聞いていた宇佐美さんの連絡先にメールを送っていたのだ。
一応と思ってしただけだったのだが、やっぱ金持ちってすげぇ。
「ありがとうございます。助かりました」
「別に。貴方ならどうとでもできたでしょう」
「いえいえ。俺はほんと、こういう搦め手に弱くって」
宇佐美さんに頭を下げるが、白々しいとばかりに目を細められてしまう。
はて、何か気に障っただろうか。
「うう……私ファインプレーしたじゃんかぁ」
何やら泣いている生ごみ。
「ええ。ここの警察署が情報をいくつも握りつぶしたり、盛岡理事長と関係が深い事を教えてくれたのは感謝するわ」
「でしょー。だからご褒美にお尻に顔をうずめるぐらいいいじゃんかー」
「なんでいいと思ったの……?」
「本当に、うちの従姉がすみません……」
ちょうど警察署もあるし、こいつだけ置いていった方がいいのだろか。社会のために。
「そんなー。私がせっかくペットから情報をゲットしたのにー」
「……ちなみに、そのペットとは」
「え?調教した婦警の子。いい尻してるよ」
「ああ、うん、そう……」
なんでこいつが未だ捕まっていないか。その理由の一端が分かった気がした。
日本の警察、やばいわ。
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剣崎「お望み通り、派手に暴れるか……?」
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剣崎「日本の警察、やばいわ」
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