第七十九話 悩み
第七十九話 悩み
サイド 宇佐美 京子
「イギリスに?」
「はい」
現在、車で移動しながら盛岡邸に電話をしていた。
だが、出たのは家のお手伝いさん。彼女曰く、盛岡理事長は急遽イギリスに行ったらしい。そちらに住んでいる親戚が病気で倒れたとか。
「そうですか。では、理事長に『お気をつけて』とお伝えください。最近物騒ですので」
「わかりました」
電話を切り、小さくため息をつく。
怪しい。昨日の今日でこれか。私達が学校の結界に侵入した事に気づき、その対策に動いたとしか思えない。
問題は、彼が『逃げた』のか『隠れた』のか。
逃げたのなら、すぐに危険はあるまい。面倒ではあるが。だが、隠れたのならいつ、どこで仕掛けてくるのかわからなくなる。どちらにせよ面倒だ。
それに、もしも理事長があの結界を作った張本人であった場合……私の実力では。
「お嬢様」
「なにかしら、黒江」
「お嬢様は恵まれています。その事をお忘れなく」
「……わかっているわ」
「お金持ちの家に産まれ、既に中規模の会社を一つ任せられている」
「そうね」
「ご家族には少々距離はあるものの、愛されて育てられました」
「ええ」
「容姿端麗にして健康な肉体。そして男を惑わす魅惑のボディ」
「そう……うん?」
「片方だけで人の頭ぐらいあるダイナマイトボイン。安産型というかもうドスケベ子作りヒップ」
「黒江?」
「それでいて腰はほどほどに細い。ムチムチの太ももながら足もスラリと長い。もはやスケベの権化!」
「ちょっと?」
「お嬢様は世の乳も寿命も経済的にも乏しい方全てに謝るべきです!」
「黒江」
「はい」
「先に謝って。私に」
「ごめんなさい」
「よろしい」
相変わらず無表情で何を言っているのか。
いや、彼女なりに私を励ましているのはわかるのだが、それにしてももう少し、こう……。
「とにかく、これで盛岡理事長が黒である可能性が高まったわね」
「はい。まだ洗脳や誘拐。入れ替わりの可能性もありますが」
「それを言い出したらキリがないわ。敵と仮定して行動すべきよ」
「承知しました」
これでいい。いい、はず。
だが、蓋を開けたら完全に的外れな推理だったら?本当は敵ではなく、味方だったら?彼を殺してしまった後に、それによってよくない事が起きてしまうのでは?
「……敵だとしても、まずは会話を試みる方向で。遭遇しても即殺害の方向にいかないように」
「はっ」
我ながら曖昧な指示だ。私は宇佐美家の孫なのに。次の次、当主となるはずなのに。
臨機応変に現場で判断をしつつ、大目的に沿った行動をせよ。と言ったうえで、更に追加で色々と注文する。いやな上司だ。
……私ではなく、もっと別の人だったら。
例えばそう、剣崎蒼太だったら。彼なら、わざわざ細かい事に気にする必要はない。ただその圧倒的な能力でももって蹂躙すればいい。
あの魔術の数々が道具頼りだとしても、彼が普通の人間だとは思えない。きっと、真の力を解放したらそれだけで国を傾けられる……なんて、そこまで荒唐無稽な事までは考えないが、それでもお爺様クラスの怪物かもしれない。
それだけで全てが解決しないにしても、圧倒的有利に事が進められる。
あれほどの存在は、いったいどんな事を考えているのだろう。きっと、私の様な『出来損ない』とは比べようのない広い視野と高い視点をもっているのだろうな……。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
肉うめぇ。
あの後どうにかランスを宥めすかし、無事ファミレスに。そして頼んだのがこの『ステーキハンバーグ唐揚げマシマシセット』だ。
遠慮?ごめん。ちょっと理性とんでた。
ランスが、ランスが悪いんや……宥めるので精神的に疲れて……変なテンションに……。
「それで、グウィンについてなんだが」
「すみません。今肉の余韻に浸っているので静かに……」
「え、ごめん」
うーん。ファミレスでもいい肉使ってるぜ。肉汁もしっかり逃さず包み込んでいるこのジューシーさ。色々物価が前世より高い世界だが、それでもこの美味しさは素晴らしい。
やっぱ……肉料理は最高やな!
「……もういいか?」
「失礼しました。久々だったので」
「会長……!」
おい泣くなランス。視線が痛い。
「それで……ソ連とロシアとの戦争。中華の三国志といった世界の緊張状態についてですね」
「いやちげえよ。グウィンについてだよ」
「ああ、すみません。唐揚げの美味しさに記憶が」
「唐揚げの美味しさで忘れるのはもうただの馬鹿なんだよ……」
「かいちょうぉ……!!」
おかしい。視線がナイフみたいに痛い。先ほどより切れ味上がってない?柔らかくなったはずなのに殺傷力上がってるよ?
「それで、グウィンについてですね。あいつは家出だと警察は言っているようですが」
「ああ。普通に考えたら警察が正しいんだろうよ。だがな、お前も知っているんだろ?」
そう言って阿佐ヶ谷先輩がスマホを取り出す。
「『円卓創世記』と、あの学校の夜現れる謎の空間と化け物ども」
「……ええ。正直、俺もそれがあいつの失踪と関係しているのではと思っています」
「俺も同意見だ」
スマホを戻し、阿佐ヶ谷先輩がコーラを一口飲んでから俺の横に座るランスへと視線を向ける。
「そこのランスが何か知ってるんじゃねえのか、って思ってな。『仮にも』あいつの彼氏なんだから」
「……俺は、グウィンは自分でどこかに行ったと思っています」
「それは、自分自身の意思で家出したって意味か?」
「はい……」
沈んだ様子で頷くランスに、阿佐ヶ谷先輩が視線を鋭くする。
「……あいつが消える前、お前ら変な空気だったよな。その家出ってのが本当だとして、その理由は浮かぶのか?」
「ああ、一応書置きの内容を聞いてます」
そう言って、宇佐美さんから聞いたグウィンの書置きについて説明する。
「……会長は、まだ彼のご両親と仲がいいのですね。俺は、門前払いされてしまいましたが……」
「いや、聞いたのは俺じゃないからな?グウィンの親戚の人からまた聞きしただけだからな?」
謎にへこむランス。もうこいつ面倒くせぇ。というか、中学時代はこんなんじゃなかったろうに。いったいどうしたというのか。
「自分探し、ねえ……なんで、俺も連れて行ってくれなかったのやら」
阿佐ヶ谷先輩は先輩でなんか黄昏てるし。え、なんなの?
「俺は、あいつのどこか陰のある笑顔を見て、それが忘れられなくなったんだ。ああ、こいつの心からの笑顔を見られたら、きっと凄く幸せなんだろうなって」
おい、この先輩突然語りだしたぞ。
まあ奢ってもらったし聞くのだが。デザートのアイス美味しい。
「ランスと付き合っているって聞いた時、それもそうかって思ったさ。あれだけ綺麗な奴なんだから、誰とも付き合ってないなんて都合がいい事ありえないよなって」
おかしい。これ男子校の話だよね?
「けどよ。お前はあいつを笑顔にしてやれたのか?あいつに……心からの笑顔ってやつをさせてやれたのか?」
え、もしかして昼ドラ案件?
「……俺は、不甲斐ない男です。ですが、それは貴方に関係ないはずだ」
顔を上げたランスが、じっとりと暗い瞳で阿佐ヶ谷先輩を睨みつける。
「貴方が俺達に余計なちょっかいをかけたから、彼の心は……!」
「そもそも、お前があいつを苦しめていたんじゃないか?俺はあいつの心に刺さった棘を抜きたかっただけさ」
「その棘を、深く差しなおしたのは貴方の不躾な言動じゃないか……!」
「俺のせいだってか?最初に奪ったのはお前だろ。笑顔も、あいつ自身も」
「それは……!」
やだ……食べ終わったから帰りたくなってきた。なにこの湿度。
「あー……ちょっといいですか?」
「……なんだ」
「阿佐ヶ谷先輩。そもそも、あの空間ってなんなんでしょうか?マーリンとかいう魔法使いが作ったって聞いたんですけど……」
話を変えるついでに聞いてみるが、二人そろってお互いを見つめたままだ。
「あいにく、俺もそれ以上の事は知らないな。理事長や教師たちにそれとなく探りはいれたが、これと言って情報はなかったぜ」
「こちらも、知り合いの伝手を頼りましたが特には」
「おいおい、お前本気で調べたのか?」
「成果がなかったのはお互い様でしょう」
一周まわってこいつら仲いいんじゃねえの?
「そっかー。あ、ちょっとお手洗いに」
適当言ってトイレに行くと、スマホで助っ人に電話をかけた。
『はいはいこちらスーパーパーフェクト美少女ですが?』
「剣崎だ。今ちょっといいか?相談したい事が」
『おや蒼太さん。この天才たる私に頼るとは、本来なら一分百万円は要求する所ですよ?ですがまあ?偶々暇だったので話ぐらいは聞いてあげましょう』
「助かる。実は男同士の痴情のもつれに巻き込まれてな。どうすれば」
『グッドラック』
速攻で切られた。解せぬ。しかも直後にメールで。
『私のような物静かで清楚系な美少女を色物時空に巻き込まないでください』
と送られてきた。
お前お互い助け合おうとか、私こそが天才とか言っていたくせにぶん投げんじゃねえとか、色々と言いたい事はあるが、ひとまず。
「お前のような清楚系で物静かな奴がいるか……!」
その後、三十分ぐらい延々と口論をしていたランスと阿佐ヶ谷先輩だったが、遂に店員さんが外に放り出して解散となった。ありがとう店員さん。俺まで二度とくんなって睨まれたけど。
「はあ……」
腹は膨れたが、精神的に疲れた。プラマイゼロ……いや、こっそり注文したアイス分でプラスか。
恥はないのかって?いやもう……いいかなって。
そう思っていると、スマホに着信が来る。なんだろうか。どこぞのパーフェクト美少女が『さっきはごめんなさい☆お詫びに今度オッパイ触らせてあげるね☆』とか言ってくれるといいのだが。
『やあ、私麻里。京子ちゃん達の後ろにいるの』
「宇佐美さん逃げて!」
『さっき黒江ちゃんに蹴られたよ。羨ましいかい?』
「いやそっちの趣味ないんで」
電話先で馬鹿を言っている生ごみに、目の前にいるわけでもないのに目を細める。
こいつと戸籍上親戚ってやっぱやだなぁ……強く生きて蛍。血が繋がっているぶんお前の方がダメージでかいかもしれんけど。
『それでまあ、一応伝えておこうかと思ってね』
「ごめん、ちょっといいかな?」
「はい?」
振り返ると、青い制服を来た男性が二人立っていた。
「ちょっとお話しいいかな?」
『警察を信用しない方がいいよ』
お巡りさんが、明らかに愛想笑いとわかる笑みをにっこりと浮べていた。
読んでいただきありがとうございます。
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某公安の人「ふっ……まだセーフだ。セーフだとも」




