第七十八話 嘘
第七十八話 嘘
サイド 剣崎 蒼太
『嘘をつくと自分にかえってくるよ』
前世の母に、小さい頃何度も言われていたのを思い出す。ああ、まったくその通りだと、今生にて痛感している。
現在進行形で。
「俺の……俺のせいで……!」
勘弁してくれ……。
* * *
「誰だ、君は?」
呆然と硬直するランスを訝し気に一瞥した後、黒髪の少年がこちらに問いかけてくる。
「ああ、俺は……剣崎蒼太と申します。貴方は?」
「お前が……!」
一瞬偽名を名乗るか迷ったが、ランスもいるので本名を口にする。
先ほどまで不思議そうではあっても柔らかかった少年の口調が荒くなり、その視線が鋭くなる。
まあ、自分の予想があたっているなら。
「俺は阿佐ヶ谷龍二。黒薔薇男子高校の生徒会長だ」
まあ、聞こえてきていたランスとの会話からそんな気はしていた。
「……なんの用だ。こっちは取り込み中なんだが」
「いや、口論する声が聞こえたので、一応様子を見に」
「へえ……通りまで聞こえる声だったのか?そこまで大声じゃないつもりだったんだがな」
やっべ。
ここは路地でも結構奥まった所にある。普通なら通りまでは声が届かないはずの場所だ。
「俺はてっきり、こいつと待ち合わせでもしているのかと思ったぜ」
そう言って阿佐ヶ谷さんがランスを顎でしめす。しかし、視線はこちらからそらさず、少しずつ壁を背にするように移動している。
当然ながら、めっちゃ警戒されているな。
「いいえ。ここに来たのは本当に偶然ですよ。よろしければどういう話しをしていたか教えて頂いても?」
両手をあげて無害をアピールするが、彼の視線は鋭いままだ。
「なぁに、こいつの恋人とやらが今どこにいるのか聞いていただけさ。あんたは何か知らないかい?」
「グウィンについてですか。それなら、俺も探している所ですよ」
「お前も……?」
一瞬警戒が緩んだが、すぐに戻ってしまう。
まあ、同じ立場なら自分も俺を疑うしな。
『動機=失恋……失恋?からの恨み』
『状況=人気のない路地裏で二対一』
『関係=元同じ生徒会』
うーん。俺とランスが協力する理由以外はかなり黒だな。我ながらタイミングもあって怪しさしかない。
「信じてくれ。としか言いようがありませんね。強いて言うならランスと俺が協力する理由はない。とでも」
「……ああ。それは俺も思いつかないな」
そっと阿佐ヶ谷さんの手がズボンのポケットへと伸びていく。何か持っているのか?この状況で取り出そうとしているという事は、スマホか武器か。
……いいや、そう言えばあの学校ではスマホがそのまま武器になり得るんだったか。
「『円卓創世記』」
「っ!?」
ポケットに伸びていた手が止まる。やはりか。
「やめておいた方がいいですよ」
「……どういう意味だ?」
「それを使うのなら、こちらも本気で『迎撃』しなければならなくなるので」
ひりついた空気を感じてか、俺の声に警戒心が刺激されたかは知らないが、ランスがハッとした様子でこちらを見てくる。
もちろん、『本気』であっても『全力』を出すつもりはない。場所が場所だ。路地裏とは言え、通りまでの距離は転生者からすれば誤差も同然。一足にて人通りの多い場所まで行ってしまう。
かといって、夜に見た晴夫を考えると無抵抗というのは危険すぎる。あのアプリ、まともに戦えば負けはしないが、無手で棒立ちしていては死ぬ。
作ったマーリンとやらはいったいどんな化け物なのやら。
「……いいぜ」
数秒の沈黙の後、阿佐ヶ谷さんが手の位置を戻す。
「ここで話すのもなんだ。場所を変えよう。奢るぜ?」
「よろしくお願いします!」
ははん?さてはこの人滅茶苦茶いい人だな?
「え、お、おう?」
「か、会長?」
即断で腰を九十度曲げたこちらに二人とも困惑している様子だが、知った事ではない。
確かにこの体は、三日三晩飲まず食わずでも戦えるかもしれない。なんならパフォーマンスも落ちない可能性もある。だが、精神面は違うのだ。
十代の肉体に引っ張られてか、心がカロリーを強く求めている……!
「どこにしますか先輩。ラーメン屋ですか?牛丼屋ですか?」
「え、ああ。ファミレスとか?」
「ごちになります、先輩」
「先輩って……いや、ランスと同い年なんだから一年なのか?」
え、高校生にたかって恥ずかしくないのかって?ぼくこうこういちねんせいだからよくわかんなーい。
「会長」
「「うん?」」
阿佐ヶ谷先輩と二人そろって振り返ると、ランスが気まずそうに言葉に詰まる。
ああ、そう言えば阿佐ヶ谷先輩も生徒会長だったか。というか、むしろあちらは現役でこっちは『元』だな。
しかし、視線的に奴は俺の方に呼びかけたらしい。
「ランス。俺を呼ぶときは普通に名前で呼べ」
「いえ、しかし……」
「お前のいる学校は黒薔薇男子高校で、そこの生徒会長は阿佐ヶ谷先輩だ。それに、俺はもう生徒会でもなんでもない。知っているだろう?」
「……っ!」
なんでそこで苦虫を嚙み潰したような顔をするのか。阿佐ヶ谷先輩困っているだろう。奢ってもらえなくなったらどうする。
「あー、まあ俺は普段から会長って呼ばれていないし、別に気にしないぜ?」
「いえいえ、阿佐ヶ谷先輩は現役なんですから」
「つっても、呼び方ってのはすぐに変えづらいもんだ。流してやれよ」
「まあ、そこまでおっしゃるなら」
奢ってもらう立場なので、ここは素直に頷いておこう。あと早く肉食いたい。
「で、ランス。どうした」
「……会長は、経済的に困窮していらっしゃるんですか?」
「お前聞きづらい事ストレートに言うね」
そういう所は相変わらずか。こいつが転校してきたばかりの頃、それで他の生徒とよくもめ事になったものだ。生徒会長で同じクラスという事もあり、仲裁させられた身としてはいい加減なおせと言いたい。
「まあ、色々とな」
「高校では奨学金を受けるという話しは」
「あー。まあ、それも色々と」
成績面での奨学金は、内申点の消失と十二月のごたごたでなかった事になった。生活支援系の福祉案件としては、保護者が経済的な面でも健在な事から受けられないので当然そちらも却下。
ぶっちゃけ、本当なら普通に義父母に頼ればいいのに見栄を張った結果に過ぎない。自業自得だ。
阿佐ヶ谷先輩に奢ってもらうのはいいのかって?ほら、あっちから言ってきたし。一食だけだし。そのうち奢りかえすし。たぶん。恐らく。いつかは。
「俺の……」
「うん?」
「俺のせいで……!」
「ランス?」
その場で突然ランスが跪いたかと思うと、泣き出してしまった。
え、なんで?
「ちょ、どうした」
「な、なんだよ、泣くなよ」
阿佐ヶ谷先輩と二人、しゃがんでランスに顔を寄せるが、あいつは俯いたまま涙をながしている。
「俺が、俺のせいで会長は、ひもじい思いを……!」
「いや、お前のせいじゃないが?」
「ですが、奨学金も、ご実家にいられなくなった理由も……!」
「え、だからそれは……」
あっ。
もはや先ほどまで忘れていたのだが……去年の十二月。受験生だというのに急遽東京に行く必要があったわけで。
精神に干渉する類の魔道具は専門外だった事もあり、周りが納得しやすい理由をでっちあげたのだった。
『グウィンの一件での傷心旅行』
そう周りに嘘をついて、自分は東京に向かった。
その前まで自分はひたすらランスや晴夫達に『俺は気にしてない。そもそもグウィンとは付き合っていない。好きなのは巨乳の美女だ』と言い続けていた。
だが、そこにきて突然の傷心旅行。『やっぱ気にしてたんじゃねえか』とこいつらが思うのも無理ないかもしれない。
弁明をさせてもらうなら、あの時は精神的に限界間近だったのだ。
邪神からの一方的な神託。強制的に参加させられる殺し合い宣言。その状況で冷静な判断力を保ち、色々と準備をしながら周りを誤魔化す角の立たない理由をでっちあげるなんて、自分にはできない。
結果、こいつの中では『グウィンの一件で心に傷を負った剣崎蒼太は、高校受験にも失敗し奨学金を受けられなくなった』と解釈したわけだ。
更に悪い事に、自分は『会長派』と『ランス派』という二勢力が学校で大乱闘を起こさないようにするため、泥をかぶる形で事態の鎮静化をはかった。
具体的には、ランスも俺も剣道部に生徒会と兼部していたので、試合で決着をつけようと周囲に公表。そして、あらかじめ関係者には『自分がわざと無様に負ける』と説明し、実際に反則行為をした上で面をとられるという醜態をさらしたわけだ。
これにより『会長派』とかいう知らない間にできた俺の派閥は消え、『ランス派』による勝利で中学はどうにか収まった。
……今更ながら、どういう中学だ。
とにかく、こいつは『剣崎蒼太が実家を離れ、その支援を受けずに生活しないといけないのはその八百長のせいだ』と思っているかもしれない。
回り回って、二つの『嘘』がこういう形でかえってきてしまったわけか。
「え、えーっと」
どうしよう、説明しようにも……邪神も魔法も、転生の事も話せんぞ。
男泣きをしながら謝り続けるランス。困惑した様子で俺と奴を交互に見ている阿佐ヶ谷先輩。そして引きつった顔で言葉を探す俺。
うん。ほぼほぼバタフライ伊藤が悪い。やっぱ邪神ってクソだわ。
どう説明すればいいのか困り果て、そっと空を見上げる。すると、こちらを馬鹿にしているかのような、清々しいほどの青空が出迎えるのであった。
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