第七十七話 蛇
第七十七話 蛇
サイド 剣崎 蒼太
とりあえず、三組にわかれて情報収集する事に。自分、麻里さん、宇佐美さん主従だ。
自分はあの学校について調べる事になった。今は引っ越しているが、通っていた中学はここに近い。グウィンとランスの一件で多少悪評が流れているかもしれないが、土地勘がないわけではないのだ。
まさか、清掃活動や交通安全活動がこんな形で役立つとは思わなんだ。
「ありがとうございました」
話を聞いてくれたお婆さんにお礼を言って移動する。ちなみに、現在自分は伊達メガネとマスク装備だ。
流石にね、自分の素顔が色々危ないのは自覚ができた。中学時代はすれ違う程度なら目で追われたり、スカウトをされたりするぐらいだった。だが、今はちょっと怖い。高校生になって、少し大人びた顔立ちになり始めたからかもしれない。
顔を隠している事もあってか、あまり聞き込みは上手くいっていない。悪くはないが、よくもない。昔の伝手と知識と相殺してしまう形だ。
「あ、すみませーん」
だが、とにかく数だ。
あいにく自分の交渉力は、生徒会時代の経験と前世の新人社会人時代の組み合わせ。甘く見積もって上の下ぐらい。これでも前世単品だった頃よりはかなり上がっている。高校生としては高い方だ。
それでも優れた、とまでは評価できないのだから、もう後は数だ。捜査は足。現代になっても、それは意外と変わらない。
「あー、なんだ?」
少し不機嫌そうに返事をする散歩中のお爺さんに、マスクの下で笑顔を浮かべる。見えなくとも、こういうのは雰囲気や声のトーン的に大事だ。
「今お時間いいでしょうか?『黒薔薇男子高校』についてお伺いしたい事がありまして」
「あの高校について?誰だおめぇさん」
「あ、申し遅れました。私、黒薔薇男子高校で新聞部をしております田中正志と申します。実は、部活の先生から『この学校の歴史について新聞にしろ』と言われてしまいまして。近隣の方々にお話しを聞いているんですよ」
「そうかよ。だがまずはマスクをはずせ。マナーってもんがわかってねえんだよ」
「すみません、実は風邪気味でして。熱は無いのですが、少し鼻水が」
「じゃあなんでわざわざ聞いて回ってんだ。家でネットでも調べてりゃいいだろ」
眉に皺を寄せるお爺さんに、頭をかいて軽く腰を曲げる。
「いやぁ、それがネットの情報だけ頼るなと顧問に叱られてしまいまして」
「あー、確かにそうだ。なんでもネットで鵜呑みにして、間違った情報で騒ぐのが今の世代だからな」
微妙に説教臭い。だが、こういうタイプはある意味楽だ。とりあえずYESマンをやっていたらある程度は勝手に話をしてくれる。
長時間一緒にいるのは絶対いやだがな!前世の先輩やお客さんを滅茶苦茶思い出す。
「ずびー。あ゛ー、すみません。そういうわけでして、お話しいいでしょうか」
わざと鼻をすするふりをして、低姿勢で問いかける。慣れたものだ。むしろ、生徒会時代みたいに人を使う方が個人的には難しい。いや、生徒会長って言っても先生たちに雑用させられるけど。何故か生徒会メンバーどころか風紀委員までこっちに聞いてくるし。
「あそこの教師は鼻につく奴ばっかだからなぁ。特に理事長からして嫌味な奴だ」
「理事長が?」
今の所彼、『盛岡岩息』の悪い噂はほとんど聞いていない。
町内の活動への参加率は低いが、かわりによく差し入れや書類整理などで貢献をしているとか。ダンディな紳士として有名だ。人当たりも良く、物腰も柔らかいが芯のしっかりしている人だと。
だが、場所と役職的にぶっちゃけ滅茶苦茶怪しい人なので、なにかあるなら聞いておきたい。
「いい人だってよく聞きますけど……いや、俺は直接話した事ないんですが」
「あー?しょうがねえなぁ。いいか、あいつは俺達の事を見下してやがるんだよ」
苛立たし気に鼻を鳴らすお爺さんに、ふんふんと頷いて返す。
「見下している、ですか」
「そうだよ。あいつ、紳士ぶりやがって嫌味な野郎だ」
……え、まさかそれだけ?
「まるで俺達ががさつみてぇじゃねえか。あいつは所詮親父から継いだだけの二世のくせに」
「継いだ?」
「ああ?知らねえのか自分の学校なのに」
「いやぁ、まだ一年でして」
「はーん」
少し怪しまれたか?いや、今時男子高校生が自分の学校の事を知らなくても違和感はないはず。なんなら校歌すら適当に誤魔化すからな。
「うちの学校って理事長のお父さんが建てたんですか?」
「おうよ。あいつはそれを継いだだけのボンボンさ。その親父って奴も西洋かぶれでよぉ」
西洋かぶれ。そう言えば、宇佐美さんが理事長に会った時の事について、部屋が英国風のしつらえとか言っていたか?
まあ理事長室が西洋風でも、だから?となるのだが。
「おれぁ建設業で働いていたんだがよぉ。あそこの改修工事もした事あんのさぁ。それがまあ面倒なこと」
「そうなんですか?」
「材料からして『イギリスから取り寄せたものだけ使え』だの。『ここの部分は西暦何年に作られた何々を使え』とか、いらねえ装飾にまで無駄にこだわりやがって。金払い以外褒められる所がねえ」
「あー、それはかなり面倒くさいですね」
……ただの英国かぶれ、とも思えないな。
いや、普段なら本当にただ面倒な人、で済ませるのだが。現状だとそれが魔法の術式に必要だったからと思えてくる。
「なんでもあいつの父親が建てた時も、イギリスからわざわざ業者を呼んでいたって親方が言っていたぜ。そんなに外国がいいなら、そっちに住めってんだ」
「わざわざイギリスからですか?そこまでします?」
「だよなぁ。俺達の腕が信用ならねえのかって話だよ。改修工事中もずっと監視してきやがって」
イギリス……円卓の騎士、というかアーサー王伝説の舞台ブリテンのあった土地とも言われている。今でもイギリスではかの王と騎士たちは強い人気をもっているとか。日本でいう織田信長とかだろうか?あいにく、自分は漫画やゲームレベルの知識しかないが。
「理事長、実は英語が苦手だとか?それでイギリスに行けないとか」
「はっはっは!かもなぁ。あいつが詳しいのは紅茶と蛇についてだけだ」
「蛇?」
「ああ。あいつ、なんか爬虫類にやたら詳しくってよぉ」
いや個人的にはあんたが理事長について詳し過ぎるよ。びっくり通り過ぎて少しひいてるからね?
なんか今まで集めた情報の倍ぐらいの密度喋ってるからね?なんなの?実は理事長のこと好きなの?それとも熱心なアンチなの?
「昔この辺で毒蛇が出たって時、町内で探したんだよ。危ないからな。そしたら、あいつは一人であっさり見つけてきてな。そこから蛇は悪くないだの、優れた生物だのとうるさいのなんの」
「蛇が優れた生物?」
「俺もなんのこっちゃって思って聞いたらな?あいつ、『大昔は蛇こそが地球を支配していた』とか大真面目に言ってたんだぜ?恐竜とごっちゃにしてんのかって!」
馬鹿にしたように笑うお爺さん。
蛇が地球を支配……ダメだ、思い出せない。なんかそれっぽい話を昔どこかで聞いた気がするのだが、それが今生だったか前世だったかも曖昧だ。
「だから、俺のいた建設会社ではあいつの事をこう呼んでんのよ」
お爺さんが、人差し指をたてて小声で告げる。
「『蛇男』ってな」
* * *
お爺さんにお礼を言って別れた後、しばらく街中を歩いて回る。途中途中で住民に話を聞いていくが、先ほど以上の話はきけなかった。
気づけばもう一時すぎ。昼は……と考えたが、懐事情を考えてやめた。
高校の学費は義父母が出してくれているが、それ以外はこちらから断っている。前世社会人として、色々思う所あったわけだが……ちょっと後悔しそう。
駄菓子屋でも探してどうにか打開策が見つからないかと考えていると、少し先の路地裏から話し声が聞こえる。
常人には聞こえない範囲だが、自分は聞こえてしまったのなら仕方がない。喧嘩かカツアゲの類か。どちらにせよ路地裏で大声というのは大抵碌な事じゃない。一応、第六感覚的に流血沙汰とも思えないが、念のため。
足をそちらの方に向け、早歩きに進めば片方の声が聞き慣れたものである事に気づく。
「お前が犯人じゃないのか!?」
怒声。こちらは知らない。だが、それに答えるのは知っている。
「ですから、俺は知らないと言っているではないですか……!?」
「ランス?」
角を曲がれば、数メートルの直線に行き当たる。そこには二人の少年が向かい合い、今にも掴み合いになりそうな雰囲気でにらみ合っていた。
「うん?」
訝し気に振り返る黒髪の少年。凛々し気な顔立ちに純日本人的な肌と瞳。服の上からでも中々に鍛えられているのがわかる。背は同年代の平均ぐらいだろうか。
「かい、ちょう……?」
短く切りそろえられた金髪に、少し垂れ目気味の碧眼。優し気な顔立ちは整っており、それでいて首から下はがっしりとした体つきをしている。背も日本人の平均より頭一つ分近くでかい。
大泉ランス。自分の元生徒会メンバーであり、岸峰グウィンの恋人が呆然とこちらを見ていた。
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