第七十三話 同盟保留
第七十三話 同盟保留
サイド 剣崎 蒼太
なにやら殺意を向けられている気がするが、気のせいだろう。周囲を警戒するが、とりあえず敵はいなさそうだ。
「え、あ、え?蒼太君、だよね?」
「はい。貴女に数々の厄介ごとを押し付けられてきた剣崎蒼太です」
「騙されちゃいけないこいつは偽物だよ京子ちゃん黒江ちゃん!」
どやかましいわこの生ごみ。唐突に俺の偽物が現れてたまるか。
「いいえ、お嬢様の胸をチラ見し続けている所から間違いなく本物です。先ほどへたり込んでいるお嬢様の乳尻太ももをそれはもう舐め回すように視姦していらっしゃいました」
「はいすみません俺は偽物です!本物の剣崎蒼太はとっても紳士的な好青年です!」
「なるほど、本物だね」
「あなた達」
「「「はい」」」
「ちょっと、黙って」
「「「はい」」」
うーむ。この有無を言わさぬ圧力。これが王者の風格か。衣服も乳尻太ももで大変な圧力を受けている。正に王者。
……いかん。どこぞの生ごみとここ二、三日一緒にいるせいで脳が侵食されている。元の紳士的でモテモテな俺に戻るんだ。あ、なかったわそんな瞬間。
「……まず、助けてくれた事に感謝を」
「いえいえ、そんなお気になさらず」
綺麗な姿勢で頭を下げる宇佐美さんと、それに追従する九条さん。そして宇佐美さんの動きに合わせて動く胸。
彼女たちを助けられて本当によかった。これでまた、人類の希望が増えたのだから。
「というかさぁ、その恰好本当になに?遅れてきた中二病?」
「いやお前は感謝しやがれください」
「サーンキュ☆」
「ちっ」
うざい。なにがアレって、ちょっと可愛いと思ってしまった。クソが。
「で、マジでなんなのさ、それ」
「私も気になるわね。どこで手に入れたのかしら」
宇佐美さんの視線が鋭くなっているのに気が付く。
コスプレが趣味らしいし、恐らく高級であろうこの衣装が気になるのだろう。
「ふっ……彼女コーデと言うやつですよ」
「はいダウト」
「!?」
「君は彼女が出来たら知り合いに片っ端から自慢するタイプだからね。それがないという事は付き合っている相手はいないね」
畜生、生ごみのくせによくご存じで!
「い、いや、それでも近いものですよ、これは。間違いなく彼女は俺に気がありますからね。断言できますよ」
「蒼太君」
麻里さんが、無駄に優し気な顔で肩を叩いてくる。
「女の子はね?好きな相手にそんな中二拗らせ過ぎた格好はさせないものだよ?」
「う、嘘だ」
「たぶん、その子はふざけ半分でその服を選んだと思うよ?」
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
その場に這いつくばり、慟哭する。
信じられない。このコートも黒衣も、どう考えても数万円から十数万円する高級品のはずだ。手触りでなんとなくわかる。自分が改造してしまうのを躊躇するほどだ。
だ、だが……。
『深夜テンションで決めました!まあ蒼太さんなら着る前に変だなって気づくでしょう!』
とかそんな適当な事を言っている明里の姿が、はっきりと目に浮かぶ。
所詮、童貞が勝手に舞い上がっていただけで、女子側からしたら対して思いを込めていたわけではない品なのかもしれない。
あ、やばい。吐きそう。
「う、うう……」
「剣崎君。その服は誰かの贈り物なの?」
興味深げな宇佐美さんに小さく頷く。
「はい……そうです……仲のいい女の子から貰いました」
「本当に仲いいの?君が一方的にそう思っているだけじゃない?」
「ぐはっ……」
「どれ、親戚のよしみだ。ここはお姉さんがその子の真意を聞いてあげよう。だから紹介して☆」
「てめえさてはそれが狙いだな!?」
「なんのことかにゃー。わからないにゃー」
「ちくしょう!」
見え透いた誤魔化しなのに顔がいい!
「……その彼女さんとやら、私にも紹介してくれないかしら。とっても興味があるわ」
にっこりと笑みを浮かべる宇佐美さん。うわぁ、なんて練度の営業スマイル。しかもバリバリに発せられる上流階級のオーラ。気分は取引先の大企業の社長さんに接待を要求されているみたいだ。
だが、だ。
「すみませんが、できません」
ここは譲れない。宇佐美さんがどういう意図で明里に接触したいのかは知らないが、不用意に魔法使い関連の人物と引き合わせたくはない。
自分が異端である自覚はある。そんな俺の同盟者だ、どう扱われるかわからない。あいにく、宇佐美さんへの信頼度は明里を任せられるほどではない。
「そう……理由を聞いても?」
「『こっち側』だから。それ以上の説明が必要ですか?」
やや高圧的に告げる。たとえこの場で戦闘になったとしても、超えてはならない一線は存在する。
そう覚悟して睨みつけたが、意外なほどあっさりと宇佐美さんは目をそらした。
「なら、いいわ。ごめんなさい」
「え、いえ。謝られるほどでは」
てっきりもっと食い下がるかと思ったが、どうしたのだろうか、もしかして本当にただコスプレの相談がしたかっただけなのかもしれない。
それにしても、本物の魔法使いが中二病かぁ……。
わかる。わかるよ宇佐美さん。本当に不思議な力があるからこそ。
『ふっ、こっち側の事を知られるわけにはいかないな』
とか。
『今日は風が騒がしい……少しだけ、流れに逆らってみようか』
とかしたくなるよね。とってもわかる。
けどそういうノリで歩くと、実際に変な生物が人を襲おうとしている所に遭遇するので、こっそり轢き潰すのが最近の日課である。いやぁ、温かくなると変なのって増えるね。
少しだけ、宇佐美さんに親近感を覚える。
「……それはそうと、貴方も魔術師だったのね」
「あー、いや。魔法使いかと言われると、ちょっと」
話題を変えるように口を開く宇佐美さんに、後頭部を掻きながら答える。あまり中二病な部分をほじくるのはやめてあげよう。
「俺の場合、道具だよりですね。自力で魔法を使うのはちょっと……」
魔法が使える道具は作れるのだが、俺単体で魔法を、ってなるとかなり難易度があがる。雑に火炎放射とかはできるが、それ以外だとほとんど出来ない。
なので、魔法使いと名乗るのは憚られる。どちらかと言うと職人とか?
「そう。さっきの炎もその装備で?」
「ええ。この杖の力ですね」
剣ではないが、火の属性だけあって性能は保証できる。転生者でも直撃させればただでは……ダメだ。平然と受ける奴を一人と一体。涼しい顔で両断する奴が一人いたわ。
やっぱ自分は魔法使い名乗れないのでは?普通に剣振り回した方が強いし。
「……ちなみに、その杖を十億円で購入すると言ったら、売ってくれるかしら」
「お嬢様」
咎める様な声を出す黒江さんを、宇佐美さんが視線で黙らせる。
「それは出来ません。なんせ大切な人からの贈り物なので」
改造はしたが、ベースは明里から貰った物だ。誰かに売るなんてできない。
決して揺らいでなどいない。十億円と聞いて一瞬土下座して差し出しそうになったが、ギリ理性が勝った。これがもう少し現実味のある数字なら危なかった。
まあ、そもそも自分の血をかなり使って改造したから、売り物には出来ないのだが。普通に危険物である。
「でしょうね」
これまたあっさり引き下がる宇佐美さん。九条さんも心なしかホッとしている気がする。
まあ、主が突然コスプレグッズに十億出すとか言い出したら止めるよな。どんだけコスプレに命懸けてんだと。
「まあ、これで俺が『こういう事件』に関われる人間だと知ってもらえたと思います。もう一度、協力関係を結びませんか?」
彼女らが俺と麻里さんを遠ざけようとした理由は、恐らく一般人に魔法を知らせない為だろう。であれば、今なら問題ないはず。
宇佐美さんにそう言いながら杖を左手に持ち替え、右手を差し出す。
「……お互い、どんなメリットがあるのかしら」
「そうですね。俺が提供できるのは戦力ぐらいですが、そちらには情報面で色々お願いしたいですね」
別に断られても構わない。なんせ、こちらとしても宇佐美さん達を信じ切れていない。それは向こうも同じだろう。
だが、どうせなら視界に入れておきたい。いや目の保養的な意味ではなく。
「……少しだけ時間を頂けるかしら」
「わかりました」
「明日には結論を出すわ」
手を引っ込めながら、頷いて返す。それでもいい。即断で手を組まなかった。それだけでも『情報』になる。
「ちなみに私は京子ちゃん陣営だぜ☆」
「あ、そっすか」
どうでもいい。というかなんでここにいんの、この人。
まあ、自分の炎に動揺した様子はあっても疑問には思っていないようだから、なんらかの事情でこっち側については知っているのだろう。
「とりあえず、この空間から脱出しましょう。今日得られた情報の共有はその時に」
「……そうですね。そうしましょうか」
本音を言えばもう少し探索をしたかったが、雑に歩き回るには少々怪しすぎる場所な気もする。慎重なのも悪くはない。
だが、それを提案したのは宇佐美さんだと覚えておこう。
明里の様ななりたてでもなく、新垣さんのように魔法使いより公安が肩書として先に出る人とは違う。初めてしっかりと接する魔法使い。
自然と、自分の中で彼女への警戒心が上がる。
「早速、脱出の手掛かりになりそうな物がある場所に向かいましょう」
「はい。わかりました」
そう言って、窓から校舎の中へと入っていく。なんだが不良になったみたいでちょっとドキドキする。
どうやらその手掛かりとやらは二階にあるらしい。九条さんの先導に従い廊下を歩く。
「剣崎君」
「はい?」
少しの間無言で進んでいると、宇佐美さんがこちらを見ずに口を開く。
「なにか面白い事を言ってちょうだい」
「はい!?」
なにその唐突な無茶ぶり!?
「いいぞぉ、やれやれぇ!」
「剣崎様の、ちょっといいとこ見てみたい」
即座にのっかる生ごみと無表情メイド。ちょ、手拍子やめて。
え、なに、この、なに。なんでこんないきなりキラーパスされたの?なにかの精神攻撃?いや、そういう類の魔術を受けているとも思えない。本当になんだ。
だ、だが、ここで間を置きすぎるとハードルは上がるばかり。すぐに何か言わなければ。
畜生、前世の飲み会で係長に突然無茶ぶりされた時の事を思い出させられる!宇佐美さんの無自覚な『上役エリート』なオーラもきつい!
「は、『腹切り』をする『ばる切りー』……な、なぁんて」
よし、殺せ。俺を。
「ないわー」
うるせえ腹搔っ捌くぞ生ごみ。
「いいわ。その調子でどんどん言っていって」
「アンコール。アンコール」
「地獄かな?」
なんであそこの主従は追い詰めてくるの?これが上流階級の遊びなの?しかも妙に真剣な顔をしている気も……いや、なんか目がグルグルしているというか、パニックてる?
いや、二人そろってパニクる要素などないはずだ。あと、何故かこちらからひたすら目をそらしている気もするのだが。いったい……。
「ふっ、代われ童貞ヶ埼非モテ雄。ここは私の鉄板ネタを」
「黙って」
「口を縫い付けますよ」
「ちょっと待てそのあだ名」
「なんか辛辣過ぎない!?」
うん、それはちょっと思った。なに、俺にだだ滑りさせる事が目的なの?陰険過ぎない?
そっと宇佐美さん達への好感度を下げる。まあ、美女二人という段階で初期好感度が百あるのだが。普通の友達で五十ぐらいとして。
「うん?」
第六感覚の反応に、立ち止まって杖を構える。視界の端で宇佐美さんと九条さんが肩を刎ねさせるが、あちらも気づいたのだろうか。それにしても乳が揺れたな。好感度が二百に上がる。
「誰かが戦闘をしています」
「そうなの?」
そうなのって、気づいたわけではなかったのか?じゃあ何故びくついたのか。
「これは……近づいてきています。俺の後ろに」
「OK。頑張れ肉盾!」
「装備品にしてやろうか」
真っ先に自分の背を押して突き出してくる馬鹿にイラっと来ながらも、魔力を杖に流し込む。
その瞬間、壁が打ち砕かれて大柄な人型が突っ込んできた。気配から人外と判断。味方とも思えなかったので、受け止めず足で踏みつけて止める。
床にめり込んだそれを見れば、青い皮膚の鬼だった。いや、日本風ではないし、どちらかと言えばオーガと呼んだ方がいいのか?
「ふっはっは!勝利!これでまた一歩、平和に近づいたな!」
聞き覚えのある、やたら快活な声。いっそ暑苦しいとも言えるそれに、冷や汗が流れる。
マジか。いや、可能性はあった。黒木のあの反応から、『奴』がこの空間で何かしているかもしれないとは頭の隅で思っていたのだ。
会わなければいいな、というのは、ただの願望に過ぎなかった。
「さあさあ!俺はここにいるぞ!我こそはと言う者はかかってくるがいい!」
崩れた壁から現れたのは、青と金で彩られた鎧姿の大男。身長は二メートル近くあり、今生ではかなり長身の自分ですら見上げる程。
鎧の下からでも、栄養は縦にだけいったとは断じてないと言える厚みがあり、それがしっかりと筋肉に変換されている。記憶が確かなら、純粋に筋肉一辺倒というよりは、少しだけ筋肉の上に脂肪も防御用にのせられていたが。
「……え?」
こちらに気づいたのか、驚いたように目を見開く大男、いや。年齢を考えれば『大柄な少年』と言った方がいいかもしれない。
「久しぶりだな、晴夫」
日向晴夫。昼間会った黒木の兄であり、旧生徒会メンバーの一人である。
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宇佐美「目の前に突然ウ●トラ怪獣が現れてこちらを睨んできても冷静でいられる者だけ石を投げなさい」




