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第七十二話 合流

第七十二話 合流


サイド 宇佐美 京子



「ふっ!」


 最初に動いたのは黒江だった。一番前のスケルトンの顔面に拳を叩き込み、頭蓋を粉砕する。


 衝撃で仰け反る体を掴み、横薙ぎにするように放り投げる。ドミノ倒しで倒れていく後続。


「お嬢様、退避を」


「京子ちゃんこっち!」


「え、ええ」


 花園麻里に手を引かれて走る。向かう先は先ほどの倉庫。


 そうか。どういう理由かはわからないが、この空間に来てしまったきっかけはあの水晶のはず。あれにどうにかして干渉できれば……!


 だが、床から湧き出るように何かが出てくる。それは半透明な骸骨だった。ただし、先ほどのスケルトンと違い下半身がなく、宙を浮いている。レイスとでも呼ぶべきか。


 どちらにせよ、友好的とは思えない。骸骨の表情なんて知らないが。


「おおお!?悪霊退散!清めの塩!」


 そう叫びながら花園麻里が懐から白い粉を振りまく。だが効果はなかったようだ。レイスが花園麻里の体を通り抜けていく。


「あふん」


 変な声をあげながら膝をつく花園麻里。自然と、手を握られていた自分も前につんのめってしまう。


「ちょ、ちょっと!」


「ごめぇん。なんか力が抜けて……」


 咄嗟に彼女に肩を貸し、どうにか立ち上がらせる。使えないわねこの人!


 右手で花園麻里を支えながら、左手に魔導書を構える。


 だが困った。私も人の事が言えない。というのも、私の使える魔術は対生物に特化したものばかり。霊体への攻撃手段は限られている。なにより発動までに時間がかかる。


「くっ……!」


「お嬢様、外に!」


 迷っている最中に聞こえた黒江の声に従い、魔術で強化した四肢で床を蹴りつけて窓ガラスへと跳び込む。


 あっさりと砕け散り、紅い月明りで破片を反射させる窓ガラス。その中を落ちていき、両足で地面に着地する。


「っ……」


 肉体労働系は苦手だ。魔術で強化しているとは言え、足首を捻ったらしい。


「わー!あっちあっち!」


 元気を取り戻したらしい花園麻里が騒ぎ出す。彼女が指さす方を見れば、三体の異形がこっちに走っている所だった。


 青と白の体毛で全身に覆われ、野犬めいた顔。こちらには四足で走ってくるが、近づくにつれて二足歩行へと変化していく。口にくわえていた警棒めいた鉄棒を手に持ち替えた。


 コボルト。これまた見覚えのない、そして魔術師としては聞き慣れない存在が現れた。


 明らかにこちらと敵対的な視線に、唸り声。重心を低く、いつでも獲物に跳びかかるための姿勢にしか見えない。


 一難去ってまた一難。敵地なのだから、当たり前か。


「黒江!」


 すぐには動けない。ならば動ける奴を呼ぶとしよう。


 上の方で何かが砕ける音がしたのと、コボルトたちがこちらに跳びかかってくるのが同時。


「おおおお!?」


 隣の変態がうるさいうえに邪魔だ。


 上から三本のナイフがコボルトたちの頭に突き刺さり、その命をそれぞれ一撃で奪い去る。


「お嬢様、動けますか」


 スカートをひるがえして降り立つ黒江。隣で『見えない!』と変態が叫んでいるが無視だ。


「なんとか」


「花園様は走れますか?走れるならお嬢様を先導してください」


「わ、わかった!」


「逃げましょう。いちいち相手にしていたらキリがありません」


 右手に大ぶりなナイフを持ち、黒江が周囲に視線を配る。


「……強行突破しかなさそうです。お嬢様」


「そのようね……」


 テニスコート等がある方面から緑色の人外ども。推定ゴブリンが五体。左方向からコボルトが七体。上にはレイスが三体飛んでいる。


 背後には校舎。中に逃げ込んでも追い詰められる可能性が高い。かといって屋外を走りまわるには機動力が……!


「ゴブリンらしき者達側から突破するわ!」


「承知」


「マジで!?」


 まだ自分の魔術が効く可能性のある生物型。そして数も少ない方に行く。


 自分の判断が正しいかわからない。だが、しかし。いや、今からでもやっぱり校舎に逃げた方が――。


 迷いが動きに出た。集中力を必要とする身体強化が途切れ、膝が一瞬おちる。


「しまっ」


「京子ちゃん!?」


「きます」


 上から飛んでくるレイスども。駆けてくるゴブリン達。武器を構えるコボルトの群れ。


 判断が遅れた。やはり、私は―――。


「伏せてください」


 透き通るような、そんな声が聞こえてくる。柔らかい声音なのに、有無を言わさぬ『何か』がある。そんな、王者の命令。


 自然とその場に花園麻里と伏せ、その上に黒江が覆いかぶさってくる。


 黒江に抱えられながら、夜の闇が紅く照らされるのを見た。


 燃え盛る紅蓮の炎。それが蛇のように荒れ狂い、レイスを、コボルトを、ゴブリンを飲み込んでいく。


 それはほんの数秒のこと。瞬きでもしていたら終わってしまう程に短い出来事だった。自分達に襲い来るはずだった怪物どもは悉く消え失せ、炭化した残骸が粒子となって消えていく。


「大丈夫ですか」


 声の主が現れる。


 紅い月光をスポットライトのように浴びながら、悠然と歩いてくる一人の魔術師。


 時代錯誤のコートには過度な装飾がほどこされ、その下の黒衣にも意味不明なベルトが巻かれている。


 革製の帽子を片手でずらし、こちらを見る様はまるで舞台役者だ。他の誰かが平時にやったのならば、笑いものとなるだろう。


 だがこの場にそんな事が出来るものなどいはしない。


 その魔性と評すべき美貌は不可思議な格好を当たり前のように着こなし、これこそが常識だと言っているようだ。


 なにより、魔術師である自分にはアレがどれだけ異常なのかがわかる。いいや、語弊があった。異常なのは一目でわかる。だが、どれほどまでに異常なのかは理解できない。


 まるでそう、目の前に突然、抗いようのない災害が現れた様な、そんな理不尽な光景。


 優れているとか、そんな表現では語れない。そもそも立っているステージが違う。


 ゴリゴリと、自分の中で大切な何かが削れていくのを感じ取る。ダメだ。これはこの世にいてはいけない存在だ。いいや、むしろ私こそいてはならないのではないか。


 これほどの存在が目の前に現れる。それはつまり、世界が私に消えろと言っているのではないか。そう思えてきた。


 私の様な半端者が、いていいはずなどなかったのだ。今すぐにでも己が喉を搔っ切って、息絶えるべきなのだ。


 そうでなければ、この災害に押しつぶされる。尊厳も何もかも無意味と踏みにじられ、ただの塵芥にすら劣る何かとして焼き潰されるのだ。


 いい考えだ。これこそが『正解』だ。今すぐ隠し持つナイフを引き抜き、自害してしまおう。


 そう考えながら靴に隠したナイフへと手を伸ばしていると、非常識の中で生きる魔術師から見ても、非常識の権化たる男はこちらを見て口を開く。


「え、コスプレ?」


 とんでもなく理不尽な事を言われた気がする。この抜いたナイフはあいつに突き刺した方がいい気がしてきた。



*  *    *



サイド 剣崎 蒼太



 突然襲って来たゴブリン達をまとめて焼き尽くしてから少しだけ後悔した。一体ぐらい生け捕りにして、少しでも情報を探るべきだったか。


 せめて死体から何かでないかと思って焼け跡を見るのだが……。


「あれ?」


 少し焦げた地面だけが残り、ゴブリン達の死体どころか持っていた剣の残骸すら見つからなかった。


 おかしい。確かに人体を炭化させる熱量をぶつけたが、それでもここまで消え失せる事はないだろう。奴らの体が紙細工だったとも思えない。それに、剣については多少わかる。あれは、錆びていたし手入れもされていないようだったが、確かに鉄で出来ていた。多少溶けても、原型ぐらいは残るだろうに。


 ……大気中の油も、少し変だ。なんの異常もない。一定以上の大きさをもつ生物が燃えれば、もう少し空気が皮膚に纏わりつくような粘り気をもつはずだ。それは東京で散々学んだ。


 先ほどまでのは幻影?第六感覚と固有異能『エリクシルブラッド』を持つ自分に?


 その可能性は捨てきれないが、万一そうだった場合の対処方法がない。転生者同士でもできなさそうなのに、それが出来る使い手となると、それこそ神格クラスだ。


 バタフライ伊藤……は、ないな。奴は自分から俺をゲームに招待する事はないと言っていた。それを覆すと思えないし、こっちが紛れ込んだ場合は警告の一つも飛ばしてくる……かも?ちょっと自信なくなってきた。


 なんにせよ、相手をどこぞの神格と考えるより、あれがそもそも実体のない何かと仮定した方が建設的だ。


 数分程その場で痕跡がないか探るが、収穫は無し。他に似たような怪物はいないかと辺りに意識を巡らせていると、校舎の向こう側で何かが割れる音と悲鳴が聞こえた。


 ……聞き覚えのある悲鳴だ。正直行きたくない。行きたくないが、死なれても寝覚めが悪い。嫌々ながら走って向かう事にした。


 駆け寄っていけば、人影が三つ、怪物たちに囲まれている。咄嗟に声をかけて魔道具を発動させた。


 あいにく、自分自身はあまり魔法が使えない。授けられた知識も技術も、あくまで『作り手』としてのものだ。


 だから、魔法を使おうと思ったら魔道具に魔力を流し込んで、大まかなイメージをするだけ。それだけでこの杖は魔力を燃料に炎の大蛇を生み出し、次々と怪物どもを喰らいつくす。無論、人影は避けるように。校舎等にも燃え移らないように注意をしたうえで、だ。


 炎を消せば、炭化した怪物どもの死体が粒子となって消えていくのが見えた。なるほど、死ねばああして消えるのか。どうりで見つからないはずだ。生け捕りを一体ぐらい。とも思ったが、今は救助が優先だ。


 とりあえず怪物どもは倒した。こちらの言葉通り伏せている人達の方へと歩み寄る。


「大丈夫ですか?」


 呼びかけに応えてこちらに視線を向ける彼女たち。やはり一人は生ごみだったか。


 そして、もう二人もある意味予想通り。九条さんと宇佐美さんだ。九条さんが相変わらずのメイド姿なのはいいとして……。


「え、コスプレ?」


 思わずそう言ってしまった自分は悪くない。


 濃紺をベースに銀細工や青と白で彩った、不思議な格好。まるで特殊部隊の服と中世の貴族服をごちゃ混ぜにしたみたいだ。戦闘服なのかもしれないが、身に纏うのがミスドスケベボディな宇佐美さんなので、強そうとかカッコイイよりもエッチィと浮かぶ。コスプレでは?


 真夜中にコスプレする御令嬢。もしや……この人は中二病というやつなのか?


 なんともいたたまれない雰囲気で、へたり込んでこちらを見上げる宇佐美さんから目をそらした。


 それが武士の情けだと思って。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


本日、短編で『乙女ゲー世界でキャットファイト……に、なるはずだったタイガーファイト』を投稿させて頂きました。そちらも見て頂けたら幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] コスプレがコスプレに見えないとか何それ絵で見てみたい。外から見ると神々しい(いっそ禍々しい?)のに中身は親しみやすい一般人というギャップ楽しい。 [気になる点] 主人公の魔力影響、毎度えぐ…
[一言] 見ただけで正気度チェックが入るようなコスプレをしている御仁がナニカ言っておられる。
[一言] カス「あ、あはは。君のそれもコスプレじゃないか。」
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